第四話 柏瀬


エースが響の前に現れてから早一週間。響の店に来る人々はその存在に慣れてきたようだ。意思を持っているかどうかは判断できずとも、悪いことはせず、普通に人間が一人増えただけ、そんな風に接している。

白い息が出始めた朝。先日までに治したバイクなどを引き取りに、朝早くから響のガレージ内には数名が賑やかにしている。


「響! あの黒髪の兄ちゃん、無愛想だけど完璧にバイク治してくれたぜ! いい腕雇ったなぁ」


嬉しそうにバイクを引く客の一人。別の客の対応をしていた響は、完璧に仕上がったバイクに加えていた電子タバコを落としかけた。


「代金、その兄ちゃんに払っといたからよろしく〜!」


響はまだ残っている客のモノを返却し、外にいるレオの元にいく。エースも何事かなと子供のようについていく。

平日の朝早くの住宅街は、通勤通学の人が1、2人歩いているくらいだ。レオは店の壁に寄りかかり、タブレットに何か打ち込んでいるようだった。


「中でやったら? 寒いし」


響がそう声をかける。が、レオの目は手元のタブレットのままだ。


「…」


一通りやることを終えたのか、レオは手を止め、タブレットを懐に挟む。


「なんだ」

「前から修理してくれてるけどさ」


レオは会話を遮るように先ほど貰ったお金を差し出す。


「いや、金のことじゃないんだ。

お前さ、BJASの奴らとは関わってないよな?」

「関わってない。 私がマネジメントとして関わっているのはYURIだけだ」

「ならいいや」

「修理とは関係ない話だな」


響はエーゲ社の社員なのが気になって仕方がない。機械修理の事などどうでも良いのだ。


「私も聞きたいことが1つある。あのクロッツの妹、サクラと言ったか。見た目はロボットであるが、中身は高度なAIでも入っているのか? 反応が生々しいが」


響は帰ろうとしていた足を止める。そのセリフから沈黙が続く。エースは気まずいのかレオと響を交互に見る。


「響、喉が渇きマシた。 朝ごはん食べてないデスよネ」

「ん? まぁ、食ってないけど」

「なら、ホラ! クロッツも起きた様デスよ! ドタドタと足音が聞こえマス!」


エースは響の頭を引っ張り、無理やり家に連れて行く。意外と強い力のか、エースに従って向こうに行く響はレオにこう言い放つ。


「お前が、あの会社辞めるって言うんだったら教えてやるよ」


*


オイルや鉄が溶ける匂いがするガレージから離れ、自宅でクロッツ、エースと昼食を響はとっている。今後、エースをどうするか話していた。レオは会社に用があり本日は一旦帰る様だ。

エースがAIデータを盗んだ定かではないが、本人(人?)は盗んでいないと言っている。エーゲ社も詳細を知らないため、自分たちで調べようとクロッツが提案する。幸い、響は交友関係が仕事柄広い。取り敢えず近場にいるAIに詳しい人物を響は挙げたが、すぐに取り下げる。


「なんでさ! その人世界的に有名な漫画家じゃん! 確か、医学系の大学出て、IT・心理・哲学とかも学んでいる先生だよね。 俺会ってみたかったんだ〜。 よく知り合いになれたね」

「お前だって脚本家として世界を回ってるから人脈の1つや2つはあるだろ」

「ないない!  知ってるだろ? 俺は殆ど逃げているも同然なんだから」


キッチンで食器の片付けをしているサクラにクロッツは目をやる。サクラは「お腹が空かない」というので食べていない。もちろん体は機械なので食事が取れないし、空腹感も湧かない。


「ここも一年したら出て行くのか?」

「う〜ん。 どうしようかな。 久々にのんびりできてるし」

「クロッツは、本当はどこに住んでいたんデスか?」

「俺? 元々は…アメリカあたり」


はぐらかす様に笑顔で食器を片しに行ってしまう。


「響、結局、本日はどこか行くのデスか? 話題になっている漫画家デスか?」

「行きたくねぇけど、近所に住んでいて詳しい奴って言ったらそいつくらいだからなぁ」


腕を組んで響は大きくため息を吐き、脱力する。


「行きたくねぇなぁ」

「響! 今すぐ行こう!」


かぶさる響とクロッツのの声。無邪気に何処に行くのか聞いてくるサクラの声が一層、響の表情を強張らせる。


*


落ち葉が灰色の道路を赤茶色に染めている。大きな木々がトンネルのように覆いかぶさっているが、それ以上に大きな道が遠くまで伸びている。木の後ろには豪勢な門や、野鳥が飛び交う庭、太陽を眩しく反射するいくつもの車など、足を止めてしまう住宅ばかりである。ここは響の自宅から徒歩30分ほど離れた住宅地である。


「豪邸ばっかだな」

「すごいデスね。 こんな広い庭は見たことありマセンね」


クロッツとエースは興味津々に家を覗く。そんな二人を響は急かしながら迷いなく歩いていく。

いつも以上に靴音を鳴らしながら、響は一番豪勢な家の前で止まる。門は人を優に超え、手前は青く手入れされた美しい芝生、主張のしない平屋が一層裕福さを表している。

クロッツとエースが見惚れている内に、響はインターホンを親指で強く押す。エコーするコールに続いて冷然とした女性の声が戻ってくる。


「向坂 響様ですね。どの様なご用件でしょうか」

「柏瀬に用がある。中で話させてくれ」


女性が詳しい要件を聞き出そうとするが、誰かに呼び止められる。しばらく待った後、門の鍵が重々しく開いた。3人は長い長い芝生を通り、平屋から出てくる女性の元へ近づく。眉一つ動かさない表情が冷たい印象を強くする。女性のこめかみには製造日と生産を読み取るバーコードが書かれていた。クロッツは女性がロボットであるかを尋ねた。


「私は柏瀬様のメイドロボット、ハルと申します」


響が続けて説明する。


「柏瀬が特注で頼んだロボットでな。漫画や脚本、漫才、落語とか、ストーリーのアドバイスや解析ができるんだ。 お前も見てもらったら? いつも持ち歩いているんだろう?」

「え!? 見せていいの?!」

「ボロクソに言われるけどな」


クロッツを鼻で笑いながら、響は玄関で立ち止まる。部屋全体が見える広い空間は日の光だけで明るさを保っていた。そこにできた影の中からタバコ臭い男が現れる。日が眩しく細めた目と、眉間に寄ったシワ、人を見下す笑い方が出会った人を腹立たしくさせる。


「何年振りかな。 忘れちまったわ、意気地なし」


響はその男と顔を合わせずに会話を始めた。


「忘れてもらって結構だ、柏瀬。 聞きに来ただけだ」


響はエースを掴み、エースの存在を柏瀬に教える。

一方、玄関先ではハルがクロッツの脚本を確認していた。手持ちの脚本が書きかけしかない事をクロッツは伝えたが、ハルは構わないと半ば強制的に脚本を受け取った。


「舞台用ですね。この内容なら改善の余地があります。まず、脚本は小説ではありません。情緒の描写は劇中の映像を想像して書く事をお勧めします。ちなみにこちらの人物ですが、性格の形成理由が弱いです。どうせフィクションであるなら多少大げさな方が良いです。現実に忠実であるべき、と言う文句に対しては耳を傾ける必要はありません。そんな人間は芸というものを見下している傾向があるからです」


たった数秒でハルは脚本について批評を始める。クロッツは想像以上の量に呆けつつも、ハルの素晴らしさに頬が上がる。

息継ぎも出ずに淡々とハルは述べていく。クロッツはハルの速さに負けずと、相槌を打ちながらタブレットに記録していく。明らかに慣れている手つきにハルは口を閉じた。


「指摘事項を記録することは有効です。しかし、全てを記録する意味はありません。あなたは記録書を作っているわけではありませんよね?」


ハルはクロッツに脚本を差し返す。


「手を記録に使うくらいなら、今すぐ書き直す方が効率的です。多少の訂正なら今すぐ書けます。時間は有限ですよ」


脚本は修正すべき場所に線が引かれていた。そして線の横には「ここの心情は一体なんだ?」と疑問形式で質問が書いてあった。本人が考え、表現できるまで続けるとハルは言う。

一方、一通り話しを聞いた柏瀬はエースの事をよく見ようと上から鷲掴みする。


「ギャー!(´;Д;`)」


エースは突然掴まれたことに驚き、柏瀬に力を込めて頭突きをし、響の背へと逃げてしまった。おでこを抑えている柏瀬は肩を揺らしながら笑い始めた


「はははっ。 確かに対人機能に問題があるな。エーゲ社と関係あるAIならありえんことはないな」

「何か知ってるのか」

「お前には教えねぇよ。 エーゲ社に刃向かうことすらしなかったお子ちゃまにはよ」


響の瞼が動く。何かを言いかけて唇を噛み締め、己の握り拳に抑えた。エースは響の腕につかまりながら、柏瀬を睨む響を心配そうに見つめた。


「それとも、今から復帰を目指すためにネタ集めか? 自我を持ったAIなんて騒ぎになりそうだしな。そいつを使ってエーゲ社でも潰すのか? だははは! 今のエーゲ社は、敵になるものを消すくらい余裕な企業になった。お前のいた芸能界だってもうエーゲ社の言いなりさ。仲間を捨てて一人逃げた腰抜けのお前が」

「それ以上響のことバカにスルなら許さないデスよ! 人相悪オトコ!」


エースは響の前に出て、エースに対して唖然としている柏瀬に言葉を投げる。


「売れている漫画家トカなんトカ知りまセンけど、ワタシを面倒見てくレル恩人を悪く言うならもう一発、頭に体当たりしマスよ!」


エースの声だけが家中に響き渡る。犬のように威嚇をする機械に、柏瀬は気だるそうに姿勢を正す。


「本当に口が悪いな。いいぜ。殴りたきゃ殴ってみろよ。日本の財産の俺に、機械が手ぇ出せるなら…」

「フンっ!」


石がぶつかるような鈍い音で柏瀬の減らず口が止まった。エースは頭突きで柏瀬をよろつかせた事を誇らしげに、外へと出て行ってしまった。響も続いて行こうとすると柏瀬が荒く呼び止める。


「エースの厚意に免じて一つ教えてやる! お・ま・えはエーゲ社と金輪際関わるな。エースや連れの金髪なら勝手に放ってろ。ま、AI戦争でも起こしたいなら止めはしねぇけどよ。漫画のおまけネタにでもしてやる」


響は背にその言葉を受け、頷く事なくエースに続いて家を出て行った。

玄関先ではクロッツがハルと連絡先を交換していた。柏瀬の命令で「調査できる相手なら徹底的に調査してこい」とされているからだ。


「帰るぞ。クロッツ」


クロッツはハルに笑顔で挨拶をし、響について行く。よく見れば、響の表情は来た時より柔らかくなっていた。


「騒がしかったようだけど、エースどうしたんだ? 何かわかったか?」

「あいつのためにも、何者かは必ず見つけ出すって決めた。クロッツ、エーゲ社について調べ倒すぞ」


*


響たちが去り、静かさを取り戻した柏瀬宅であったがそれも束の間だった。


「お邪魔しまーす! 昼飯たかりに…いえ、原稿取りに来ました!」


部屋に戻ろうとした柏瀬を引き止めるほどの声量で勢いよく女性が入ってきた。担当編集者のレベッカ長嶺だ。

柏瀬は無反応でそそくさと部屋から原稿を取り、レベッカに投げ渡す。


「紙だと扱いが大事なんですよ〜! デジタルにする気ないなら丁重にお願いしますよぉ〜」


レベッカはヘラヘラと文句を言いながら、堂々と家に上がってすぐそばのソファに寝転びながら座った。


「くつろぐ気だな」


柏瀬はソファの近くの椅子にゆっくりと腰掛け、タバコを咥える。


「何の情報を手に入れた」


レベッカは原稿を放り投げ、待っていましたと言わんばかりにソファに立ち上がり、高らかに語り始めた。


「はははーっ!お目が高いですね!さすが柏瀬先生! 私の情報は聞いただけなので確信がないのに、ご興味をお持ちで!」


耳を裂くほどの声量に対して、柏瀬は至って普通に彼女を急かした。


「素っ気ないですねぇ。ま、いつものことですね!」


子供のように頬を膨らませ、座り直したレベッカは肩をすくめ、二人にしか聞こえない近さで柏瀬に話す。


「エーゲ社、感情を持つロボットを作ろうとしています。最近は人型のが普通のと区別できないレベルの精密さですよね。

そこのハルさんもすっごーく人間の見た目ですよね」

「なんだ?そんな情報前も言っていたじゃないか。新しく無いぞ」

「いつウチが情報はひとつだけと言いましたか?ここからです。

感情を持った風のロボットはできますよね?会話に違和感のない返答をすればそれっぽくなるわけです。では逆に考えてみませんか?

もし、人間が自分を機械だと思い込んでいた場合、それは機械になりうるのか」

「何言ってんだお前」

「ふっふっふ…。機械から人間を作るのではなく、人間を機械にできるかの実験です」

「やる意味は?昔から宗教などのマインドコントロールで同じようなことしてたろ」

「そのマインドコントロールで機械だと完全に思い込んだ人間ができたら?」

「意図的に量産を可能にさせようとしているのか?」

「誰かに危害をさせない形でそれが成り立ったらどうでしょうか?」

「何が言いたい」

「感情という人間が解明できない存在に対して、人間が操作している。そしてそれが合法的に作られたら!

これは凄いですよ。人権問題に関わりますよ!感情という解明不可能の存在を人間がコントロールしようとしているのです!量産的に!大ニュースです!宗教団体も黙りませんよ! 根拠は私の口しかありませんが!」


レベッカは子供のようにぴょんぴょんと跳ね上がる。


「ふーん。だから響を切ったんだな」


柏瀬は肩を揺らしながら笑う。レベッカは柏瀬に詳細を聞こうとするも、柏瀬は軽くあしらった。

柏瀬はそばで茶菓子を用意していたハルにこう告げた。


「ハル、あの金髪とは接触を重ねてこい。響に近い人間だ。些細なことでも報告しろ。そしてこれだけは気をつけておけ」


柏瀬はタバコの火を強く灰皿に押し付け、薄笑いのない表情でハルに告げた。


「響の歌を、お前は絶対に聴くな」


柏瀬の命令を記録したハルは、メイドとしてあるべき対応を返す。


「承知いたしました。柏瀬様」

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ジャンクアリア 赤津雅人 @red_house

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