第245話 ふじちまの想い
「マルーブルク」
地図の色分けを見た時、居ても立っても居られなくなってマルーブルクの名を呼ぶ。
彼なら、何か名案があるんじゃないだろうか。
ところが、彼は首を左右に振り小さく肩をすくめてしまった。
「父上は半分と言ったけど、三分の二なら特に痛手なくヒルデブラントに引き渡し可能だね。むしろそれで魔族の攻勢が止まるなら安いものさ」
「それで、滅亡を回避できるから?」
「うん。失う物は名だけだよ。そもそも、実効支配できていないんだから。農場にもならないし、モンスターやら戦場やらで使い物にならない土地なんだよ」
「以前、その話は聞いた気がする」
「だけど、クリスタルパレスとラクティアは渡せない。二つの街は公国そのものと言ってもいいからね」
「そらそうだよな……公都だものな」
首都と副都とその周辺地域の穀倉地帯を寄越せと言われて、はいどうぞってのは無理だろうな。
引き渡すと、クリスタルパレス公国の民は食べていくことさえできなくなってしまう。
「打開策はないのかな」
「そうだね。三つ、かな」
「お、おお! あるのか!」
すっげえ。さすマル。俺には一つも思いつかなかったてのに、彼は既に三つも思いついていたのか。
「あるといっても……魔族に懇願し彼らに従属して住まわせてもらう道。もう一つは、防衛ラインをクリスタルレイクだけに絞り、最後の一人になるまで戦う道」
「……最後の一つは……?」
「帝国と共和国に流民となってなだれ込むことかな」
「どれも……厳しいな」
「そうだね。戦争に敗れた国が併合されて従属というのは良くある話だけど、今回はこれまでの歴史と様相が異なることを考慮しなきゃらならないからね」
ヒルデブラントの代表たちはともかく、一般市民は人間に対して恨み浸透ってのが民意なんだ。
人間が奴隷のように扱われるならまだマシで、追放か、考えたくないけど根絶やしもあり得る。
「となると、マルーブルクの言うようにクリスタルレイク防衛だけに戦力を集中させるしかないよな」
「うん。父上も公国を滅亡させることに最後まで足掻くだろうね。今までは達観して無気力だったけど、目に力が戻っているし」
「マルーブルク。キミならどうする?」
「そうだね。あとがないんだ。ボクなら、帝国に囁くね。クリスタルレイク周辺以外の領土を全て切り取り自由だから、手伝ってってね」
「それで、勝てるのか?」
「勝てたとしても、公国が無くなることはほぼ確実かなあ。ボクも公国を生かす道を考えなかったわけじゃないよ」
「マクシミリアンさんと同じで、公国はもう詰んでいるって結論が出たんだよな?」
「うん。公国は終わるとしても、人間の国全部が滅びるとは限らないんだよ。父上は事ここに来て、人類全体のことを考えるんじゃないのかな」
「そっか……」
俺が焚きつけてしまったのかもしれない。
でも、本当になんともならないのか。
血みどろの戦いを終えて、帝国も共和国も魔族の国全てがボロボロになって、それでいいのか?
譲れないモノがあることは分かる。だけど、だけど……。
「行ってくる」
「ボクも行こうか?」
「ううん。俺がやらなきゃ、俺が自分でやらなきゃ」
「ふふ。まあ、頑張ってよ。ボクはキミのそんなところ、嫌いじゃないよ」
クスクスとおどけてみせたマルーブルクが立ち上がり、拳を突き出してくる。
コツン――。
「よっし!」
彼と拳を打ち付けあい、自分の頬をパシンと叩く。
◇◇◇
「正直に申し上げます。ヒルデブラントが貴国を併合した場合、貴国の民の安全を保障することは難しいでしょう」
「オーズ執政官殿、貴君の誠意しかと心に刻みました。貴君のその人柄、本当に惜しい。私は貴君のような者が公国を治めてくださるのなら、喜んで譲りたい」
「公爵殿。私とて同じ気持ちです。まさか、人間がこのような……いえ、貴方だけかもしれませんが、少なくとも、人間にも知性に溢れ、民のことを想い、優れた人格を持つ方がいたことに驚きを禁じ得ません。できれば、友として一席設けたいところでした。ですが……」
「分かっております。我ら公国の執る道も、致し方ない」
息を切らせ、会談の場に到着した時、今まさにクリスタルパレス公国とヒルデブラントの交渉が決裂しようとしていたところだった。
公爵と執政官はお互いに認め合っている。尊敬し合えている。だけど、戦うことを選んだ。
ダメなのか。これが限界なのか?
誠心誠意、腹を割って話し合った結果、戦いを選ぶなら仕方ないと思っていた。
だけど、この先は阿鼻叫喚の地獄絵図。
本当に仕方ないのか?
「二人とも、待ってくれ」
どうすべきか考える前に声が出た。
これで話が終わりだと腰を浮かせかけていた首脳陣全てが、椅子に深く座りなおし一斉に俺の方を見てきた。
「俺は、詳しくない。魔族の人間の譲れないモノってのが。だが、俺はマキシミリアンとオーズが聡明で民の安寧を願っていることだけは分かっているつもりだ」
「その通りです。
「オーズ。一つ、仮定の話をしようか」
「仮定でございますか……?」
彼は先ほどハッキリと、自国が公国を占領した場合、人間の安全を保障できないと言った。
逆に言えば、民の統制をとることができないってことだ。民……ではないかもしれないけどね。
魔族はヒルデブラントとオベロニアという二つの国がある。公国が落ちたとなれば、二国で引っ張り合いもあるだろうし、それぞれの国にいる貴族や有力者の思惑も様々だ。
「余力を残した状態でクリスタルパレス公国が潰走し、他の人間の国に逃げ込んだとしようか」
「……その可能性は確かにありますが、そこまで魔族が愚かだとは……」
この一言だけで理解するとは、さすが一国のトップだな。
「そうでもないさ。さっきオーズは認めていたな。マキシミリアンは聡明だってさ」
「自国を捨て、元自国を舞台にした焦土作戦ですか……」
「そうさ。新しい領土ができて、様々な思惑が交差するところで、人間が裏で蠢動する。魔族の有力者それぞれに諫言し、時には破壊工作も行い……やりようはいくらでもあるぞ」
「ならば、人間を根絶やしにすればよいだけのこと」
「できるかな。どれだけ強かろうが、結局のところ食べるモノがないと何事も立ち行かないんだよ。ましてや絶滅戦争となれば、お互い死に物狂いだ。終わるのか? 憎しみは憎しみを生み、終わりがない。魔族が約束の地を求めたように、人間もまた魔族の全滅を願うだろう。ただ一心にそれだけを」
「……それでも、行くしかないのです。
声を荒げ、かぶりを振るオーズ。
そらそうだよな。どちらも、俺なんかより深く深く考え、その結果、戦いに至ったんだ。
国の事情を知らぬ俺が想像できることなんて、とっくの昔に考慮している。
ならば、俺は俺にしかできない案を出してやろうじゃないか。
手出しはすまいと思っていたけど、俺はこの先の未来を変える力を持っている。納得するとかしないとか、強大な力を使うことに対する忌避とかそんなこと言っていられない。
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