第244話 魔族の回答

 画面の向こうでは、ずらっと縦に長い大理石の机が二列並び、その外側に大理石のベンチのような長椅子がある。

 石の上そのままだと固いし冷たいしなので、ふさふさの茶色のラグを敷いた上に一人用の座布団みたいなクッションを置いていた。


 大理石の机同士の距離は二メートル半くらいで、お互いの顔がよく見える。

 机と机の距離は事前に座って確かめたのでバッチリだ。

 もう一つ、扉から見て一番奥に演台があって、フェリックスとフレイが横に並んで両勢力の様子を窺っていた。


『準備が出来たら初めてくれ』


 二人が持つインカムに向け声をかける。

 お互いに顔を見合わせ頷いた後、フェリックスが右手をピシッと上にあげた。


「ヒルデブラントとクリスタルパレス公国の会談を開始させて頂きます。見届け人はわたくし、フェリックスとフレイが執り行わせて頂きます」


 司会がペコリとお辞儀をしても、拍手なんてものはなく場はシーンと静まり返ったままだ。

 重い空気が流れる中、口火をきったのは公国だった。

 

「まずは自己紹介を。クリスタルパレス公国の公爵であるマキシミリアンです。お見知り置きを」


 丁寧な口調で座ったまま公爵が挨拶を行う。

 これに続き魔族のヒルデブラント代表者……確か名前はオーズだったか?

 彼もフレイと同じように頭から山羊のような角が生え、猫の尻尾が椅子から垂れていた。

 50代半ばほどの白髪混じりの紳士って感じだけに、猫の尻尾の可愛さが似合ってない。

 あの真剣で鋭い眼差しを向けられて、尻尾をパタパタなんてされたら……。

 いや、そこは種族差だよな。魔族の物差しだとあれはあれでカッコイイのかもしれない。

 尻尾の先に赤いリボンがついているのも、な。


「お初にお目にかかる。ヒルデブラントの執政官オーズです。大魔術師メイガス様のお導き、きっとこの会談は有意義なものとなると確信しております」

「私もそう思います。大魔術師様は偉大なるお方であるだけでなく、非常に慈悲深いお方。きっと我ら矮小なる者どものことを慮っているに違いありません」


 魔族のオーズに公爵が返す。

 しかし……俺の設定やばくねえか? 痒い、痒いってなんの。

 

「早速でございますが、単刀直入に申し上げます。クリスタルパレス公国は貴国ヒルデブラントと和平を締結したい」


 公爵のいきなりのこの発言には、魔族側だけでなく公国側も唖然とした様子だった。

 交渉の場ってのは、相手の腹を探りながら心に秘めた目標にすり寄りつつ、お互いの妥協点を見出す場だ。

 だけど、公爵は「和平したい」と真っ先に言ってのけた。

 公国は条件次第では滅びるまで戦うと強気にでることもできたはず。


「解説のマルーブルクさん」


 初手、手の内晒しの意図は如何に? 


「なるほどね。父上もキミに会って変わったのかな」

「ん? マキシミリアンさんはさすがマルーブルクの父親って感じのとても切れる人だったよ」

 

 あ、マルーブルクが少し照れた。

 やばい、見ていることに気が付かれたら手ひどい反撃がくるぞ。

 

「……父上は異種族に対する考えをガラっと変えたんだよ」

「ほお」

「エルフやドワーフはともかく、ワギャンのような獣人、そして魔族を見て、キミが彼らに接する様子を見て変わった」

「友好的に接し分かり合おうと思ったのかな」

「友好的に……は間違ってないよ。分かり合うというのは少し違う」

「手の内をあっけらかんと晒して、最初から白旗をあげるってのは勇気がいることだよね」

「そうさ。父上は「分かり合えない」と思ったから、「分かるように」ああしたんだよ」

「……! そういうことか」


 マルーブルクの言葉にしっくりときた。

 壮年のイケメン紳士が尻尾にリボン。人間同士であっても、地域が違えば習慣も文化も異なる。

 頭を撫でられたら侮辱と思う地域もあれば、ハンカチを投げると決闘になる合図ってのもあった。

 俺もこの世界で獣人と人間に接してきて、みんな思いやりを持った人たちだってのは分かったけど、考え方は全然違う。

 そもそも、体の作りからして違うのだから、同じであるはずがない。

 公爵はこちらの意図を「分からない」ことを前提として、戦略を立てたんだ。

 シンプルに、伝えたいことを真っ先に。誤解が生まれる余地の無いように。

 交渉では不利になるかもしれない。だけど、相手が人間ではないのだ。知らないNGワードを呟き、即ご破算になる可能性だってあるからな。

 

 お、魔族の執政官オーズがようやく口を開いたぞ。


「少し驚きました。あなた方の希望は「和平」。では、我が国ヒルデブラントの希望も正直にお応えしましょう」


 そこで一呼吸おいて、オーズが言葉を続ける。

 

「我が国ヒルデブラントは、「どちらでも構わない」が回答です。ですが、私個人としては「和平」が望ましいと思っております」

「それはそれは。痛み入るお言葉です。私も正直に申し上げましょう。ここに来るまで私は貴国の意思が「半々」とは思っておりませんでした。嬉しい誤算です」

「我が国とて、戦争をしないで済むのならそれに越したことはありません。戦争とは多大なリソースを食うものなのです。聡明な公爵殿でしたらお分かりかと」

「戦争に対する認識をお聞かせくださり、感謝いたします。となると、ヒルデブラント、いえ魔族の二国には避けて通ることができない何かがあり、戦争を遂行しているのですな」

「ご名答です。人間の国……少なくとも貴方は友人になれるやもしれぬ御仁だと、私個人としては思います。ならば、まずお話しすべきことがあります。貴国は我ら魔族の事情を知らぬでしょう?」

「私個人としましても、貴殿とは争いたくありませんな。是非、お聞かせください」

「はい。少し長いお話しになりますが――」


 両手を広げて自分を晒すことで友好的に接しようとしていることを示した公爵。

 それに応じて、自らも同じように率直に目的を語った執政官オーズ。

 どちらも、為政者として優れた存在だと思う。

 魔族の事情を語ることはオーズ個人としての誠意だろう。公爵の義に応じようってところか。

 魔族の事情を知った公爵はどう応えるのだろうか。

 

「『アルフヘイム約束の地』ですか。導師様のことは大魔術師メイガス様からお聞きしております」

「我ら魔族は『アルフヘイム約束の地』を取り戻すため、ずっと耐えてきたのです。今更引くことができないこともご理解いただけましたかな?」

「分かりました。全て……とはいきませんが、公国領の半分でいかがですか?」

「剛毅な……。しかし、我らが目的が変わらぬのはお分かりいただけたかと」

「もちろんです。ですが、我が公国も『生きて行かねば』なりませんから。それとも、我ら公国を従属させますかな?」


 あっさりと領土を手放すといった公爵だったが、『アルフヘイム約束の地』に拘る魔族にとっては、領土割譲ではなく、場所が重要なんだよな。

 『アルフヘイム約束の地』はどこからどこまでなんだろう。


「地図を」


 オーズが隣の魔族に告げる。

 命じられた魔族はすぐに巻物を取り出し開き始めた。

 開いて出てきたのは、横二メートル、縦一メートルほどの地図だった。描かれているのは公国とその周辺地域。


「色分けされているのが見えますか?」

「はい。しかと」

「色が付いている地域が『アルフヘイム約束の地』の一部です」


 地図には緑色に薄く塗った箇所がある。

 あ、あれは、割譲無理だな。うん。

 だって、クリスタルパレスとクリスタルレイクが含まれているんだもの。

 ここを割譲して出ていけってのは不可能だ。公国の中心地であり、たしか全人口の三分の一くらいがクリスタルパレスともう一つの街に集中しているんだっけか。

 もう一つの街も広大な湖クリスタルレイクにほど近い場所にあるという。

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