第243話 パワーバランス
「フェリックスを次期公爵に。マルーブルクを摂政とか実務面を任せるナンバーツーにするのがベストだと思う」
俺の案に公爵は特段驚いた様子もなく、顎髭に手を当てながら頷きを返す。
「公国をこの先運営していくのでしたら、私も同意見です。フェリックスのカリスマとマルーブルクの頭脳が噛み合えば、ですな」
「うん。マルーブルクは地位や名誉を気にしないし、裏側の方が動きやすいとさえ思うだろうから。となると、領民にあれだけ慕われていたフェリックスが表に立てばと思ったんだ」
「
おや、二人をクリスタルパレス公国に戻るよう説得して欲しいとかじゃないのか。
公爵はこの先一体どうするつもりなのだろうか?
俺の視線に気が付いたのか、公爵は上品に笑い言葉を続けた。
「クリスタルパレス公国のことは、ご心配なさらずとも何とか致しますぞ。まずは魔族との交渉からですな」
「うん。うまくいくよう祈っているよ」
「今日は有意義なお話しをさせていただき、感謝いたします」
「こちらこそ。マクシミリアンさんの気持ちを聞けて、マルーブルクとフェリックスが愛されていることも分かったし、ありがとう」
「ははは。親バカで申し訳ない」
二人揃って立ち上がり、部屋を後にする。
◇◇◇
翌日早朝に魔族が到着した。魔族は暗いと飛行できないってフレイから聞いていたんだけど……朝日が昇るなり光を背にしてこちらに向かったそうだ。
彼らは全部で三人と少数だった。彼らと別に護衛らしきガーゴイルが四体いる。それで魔族の集団が全てだった。クリスタルパレス公国に比べ、全体の数がとても少ない。
荷物もガーゴイルが抱えるバックパックだけと、とてもシンプルだ。
これはフレイの提言によるところが大きい。彼女は俺の意思を組み、魔族に身軽な格好で来るように勧めた。魔族の国はクリスタルパレス公国に比べ、サマルカンドまでの距離が五倍以上遠い。なので、飛行に支障無い最低限の食糧だけ持ってやって来たというわけだ。
帰りの食糧はこちらで準備することも伝達済みである。
「聖者様。魔族の者は全て宿に入りました」
「お、おう……」
自室の窓からフレイが覗き込んできたから開けてやったんだよ。
したら、当然ながら室内に入ってきて……片膝をついてご報告ってわけだ。
しかし、俺はいまお着替え中なのだよ。ジャージからジャージにな。
ちょうどトランクス一枚な時に顔を出すものだから、着替えが途中で止まってしまったじゃないか。いやーん。恥ずかしい(棒)。
気を取り直し、まずはズボンからと片足を通したところで、後ろから荒い息遣いが聞こえてくる。
「せ、聖者様。お手伝いいたしますっ!」
「いや、いいから、こらあ、何をするう」
「きゃー、大胆です!」
「俺のジャージを引っ張るんじゃないざますうー!」
ずったんばったん。
ゴロゴロとフローリングの床を転がる俺とフレイ。
全く何やってんだよ、こんな時に。
だからそれは俺の……諦めたはいいが今度はさっきまで着ていたジャージを掴んで……。
「そろそろ正気に戻れ」
チョップをかましたら、フレイの目に光が戻った。
「……私は一体何を。このズボンは……」
「それ俺のジャージな」
「頂いても?」
「……分かった。もういいからそれ持って帰れ、な」
ジャージを胸に抱く美女とか、絵にならねえよ。
この分だとまたすぐにご乱心モードになりそうだし、魔族が無事サマルカンドに到着し、宿にいる。
これでもういいや。
魔族への連絡は他の人でもできるし。
「聖者様。会談をすぐにでも開いた方がよろしいかと愚考いたします」
「ん?」
マジか。
まだ理性を保っているとは。
「聖者様の建造物、設備に驚愕している間に事を進められた方が。何事も慣れとは怖いものです。便利なものであっても当たり前になってしまいますので」
「そうだな。うん。本日中に会談の手筈を整えよう。マルーブルク達にも頼むよ」
「承知しました。こちらはこちらで動きます」
「分かった」
「それでは」
深々と頭を下げたフレイは、俺のジャージを握りしめ窓から飛んで出て行った。
いや、本当に持って行くんだな……。
◇◇◇
「えー、ただいま俺は会談場所の神殿にほど近い温泉施設にある一室にきております。この会談はわたくし、藤島と解説のマルーブルクでお送りいたします」
「なんだい、それ」
「いや、ノリってやつだよ」
「せめて、俺なのかわたくしなのか統一しなよ」
「いや、その場のノリってやつで……」
レポート中継風に語ったところで、マルーブルクに分かるわけがないか。
……ともかく。
会談場所の神殿にクリスタルパレス公国と魔族の首脳が左右に分かれ、それぞれ着席している。
クリスタルパレス公国側の見届け人はフェリックス。魔族側はフレイだ。
俺はさきほどのレポート風解説の通り、公爵とお話しした和風の部屋に巨大モニターを置いて、マルーブルクと一緒に観戦している。
「会談前に解説のマルーブルクさん、何か一言」
「だから、統一しなって。まあいいよ。魔族は二か国あるんだったよね。今回来ているのはヒルデブラントのオーズ国王だったかい?」
「うん。もう一方の国オベロニアの首脳は来てないみたいだな」
「フレイの国がヒルデブラント。つまりそういうことさ」
どう言う事なんだよ!
じとーっとマルーブルクに目をやると、ものすごく嫌そうな顔をされてしまった。
「フレイがモニターを魔族の国に持って行ってくれた。俺と公爵のやり取りを見ていたのは彼女の国であるヒルデブラントだけってことかな?」
「一応考えているんじゃないか。安心したよ。矮小なる者たちの営みには思考力を使わないからね、キミは」
いや、そもそもの前提が間違っている。
深い洞察力や思考力なんて俺にはないんだからな。ははは。
しかし、そんなことを言うわけにもいかず、曖昧に笑って誤魔化す賢い俺である。
「人間側も公国だけだし、まあ、いいんじゃないのかな」
「少なくとも一国と会談できたんだ。クリスタルパレス公国からしたら御の字さ」
「そうなのかな」
「そうさ。フレイがもう一つの魔族の国にどこまで接触しているのかは、この際どうでもいい。重要なことは、曲がりなりにも領域を支配する国同士が決め事をする場に赴いたことなんだよ」
「全体がまとまる大目標に向けた一歩ってわけか」
「うん。クリスタルパレス公国とヒルデブラントが友好関係になってみなよ。世界のパワーバランスは一変するよ」
「おお」
「いや、もう既に世界のパワーバランスなんてぐちゃぐちゃになっているけどね」
「そうなんだ」
「キミがいるからね。サマルカンドは、神鳥でさえ侵すことができないんだよ。これがどういうことか一般人目線に立って考えてみるよいいよ。難しいかもしれないけどさ」
俺、一般人。
まさに凡人。いや、ハウジングアプリは超チートだからな……確かに既に世界のパワーバランスなんて崩壊している。
だから、クリスタルパレス公国とヒルデブラントがあっさりと会談に応じたわけだものな。
「お、そろそろ始まるぞ」
「そうだね。開始の合図くらいキミがやってもよかったんじゃないのかい?」
「いや、俺が出ると、アレだろ」
「ふうん。それもそうだね」
アレで勝手に理解してくれるマルーブルクに感謝。
俺が出ると、威圧してまうかなあとか適当な理由をつけたわけだが、本当のところは単に演説をしたくないだけだ。
威圧っていうなら、既にこれでもかこれでもかってほどしているからな……クリスタルパレスでの出来事といい、ここにある建物群といい……。
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