第246話 俺んとこ
「公爵。大草原に来ないか? クリスタルパレス公国の民はどれくらいになる?」
「正確には申し上げることはできませんが、50万人ほどです」
「では、帝国と共和国を合わせてどれくらいになる?」
「全てとなりましても1000万未満でしょう」
「分かった。フレイ」
急に話を振られたフレイはピクリと肩を震わせたものの、片膝を付き真っ直ぐに俺を見上げてくる。
「はい。あなた様のフレイはここに」
「大草原、その北の大湿原の面積はどの程度だ?」
「広大です。『
「ガーゴイルで調査したのか?」
「はい。それでも全てではありませんが……。大草原・大湿原は神鳥の住まう神域であり、神龍との争いの場でもありましたため」
「あいつら、しょっちゅう暴れているからな……。ありがとう、フレイ」
再び、公爵の方へ目をやる。
「マキシミリアンさん! クリスタルパレス公国の名誉も尊厳も踏みにじっていることは分かる! だけど、俺は恥も外聞もなく頼みたい。大草原に来てくれないか」
「大魔術師……藤島殿……」
「飢えてボロボロになって死んでしまうより、余程マシだ! 譲れないものがあるのは承知している。だけど、俺は願う。生きることを。生きていればいつか笑顔になれることを信じている」
思いの丈をぶつける。想いだけを伝えた言葉はぐちゃぐちゃだ。だけど、俺の言わんとしていることが伝わっているはず。
公爵だけでなく、彼の側近も、オーズたちまでもが、皆一様に口を結び眉間に皺を寄せていた。
しばしの沈黙が流れ、公爵がガタリとその場で立ち上がり、俺の元まで歩いてきた。
そこで踵を返し、クリスタルパレス首脳へ目を向ける。
「フィン、アーチボルト、メレディス 、キャメロン。」
「父上」
部下一人一人の名を読んだ公爵に対し、長男のフィンだけが言葉を返す。
他の首脳は静かに頷くことだけで、公爵への返答としたようだ。
「藤島殿!」
「え……」
両手両膝を床に付け、顔をあげるマキシミリアン。その青い瞳はしかと俺を見据えていた。
対する俺は、突然の彼の動きに戸惑ってしまう。
「生きる道を示して下さり、感謝に耐えません。我々は生きていける。それだけでどれだけ救われるか。どうか、公国をよろしくお願いします。慈愛溢れる貴殿の元なら、民も幸せに暮らすことができるでしょう」
「申し出を受けようとしてくれてありがとう。国内の調整、どうかお願いします」
自然と敬礼していた。
「大草原に行くぞ」と指示を出したからといって、全ての公国の民がついて行くとは限らない。
反発も起こるだろう。
「ご心配なく。反発は起きるでしょう。ですが、一人でも多くの民を説得してみせます」
「内乱まで発展してしまったら、手伝わせて欲しい」
「ははは。大魔術師殿はどこまでお人良しなのですか。しかし、世に疎いその清いお考え、尊敬しております」
朗らかな笑みを浮かべた公爵がようやく立ち上がって、今度はヒルデブラントの首脳へ体の向きを変えた。
「オーズ殿。我ら公国の領地は明け渡します。ですが、退避期間を設けさせてもらいたい」
「公爵殿。オベロニアと調整せねばなりませぬが、半年はお約束できるかと」
「一年だ。最低一年、できれば二年の期間にしてもらえないか?」
二人の会話に割って入る。
退避すると言ってんだ。全ての民が故国を捨て、移住するって。それがどれほどの痛みを伴うのか理解できない魔族ではないだろう。
自分達が故地を取り戻そうと、長年躍起になってきたのだから。
「考えてみろ。食糧の貯え、物資の調達から、移住を完了させるまでには一年以上かかるだろう?」
「ですが、大魔術師様」
移住してからもまともに収穫できるようになるまでどれだけの期間がかかると思っているんだ? 新しい土地に慣れるまでには更にかかる。
たった二年待つだけで、何もしなくても領土が手に入るんだぞ。それの何が不満なんだってんだよ。
いっそ、魔族との境界線を全て我が土地で塞いでやろうかと喉元まで出かかった時、いつの間にか傍に来ていたフレイが俺の前でかしずいた。
「聖者様。クリスタルパレス公国を受け入れてくださるのでしたら……不躾なお願い申し訳ありませんが、私の領民も住まわせていただけませんでしょうか?」
「フレイ。気遣いで言ってくれているのだろうけど、大丈夫だよ。俺の魔族に対する印象は変わっていないから。どの種族に対しても俺の気持ちは同じだよ」
今のやり取りで俺が魔族に対する気持ちを硬化させたと思わせちゃったかな。
そんなことはないさ。どの国にだってそれぞれの事情があることは分かっている。
「聖者様ならば、そのようにお考えになっていることは承知しております。私と私の領民は、大草原に住まうことなど不可能と思っておりました。ですが、クリスタルパレス公国に恵みを与えてくださったので……私たちも……と失礼な考えを。申し訳ありません……」
「本気でただサマルカンドに来たい、ってことだったのか」
「はい……。この会談がどのような形で終結していたとしても、聖者様にお願い申し上げるつもりだったのです。会談前に申し上げると、不都合になるかと思い、黙っていたのです」
「でも……って、フレイってどこかの領主なの?」
「お恥ずかしながら、魔族二万の代表を務めております。辺境の部族の一つなのですが」
「そうだったのか! でも、二万もの民を説得するなんて、フレイの気持ちだけでどうにかなるものじゃあないだろ」
「いえ、聖者様の御威光は我が領民全てが」
とろんと陶酔したように頬を紅潮させるフレイ。
な、なんか、ダメな予感がするぞ。みんなフレイみたいなんじゃあないだろうな。
「分かった。来るもの拒まずがサマルカンド精神だ」
「ありがとうございます!」
「ただし、連れてきた領民の統治はフレイがやってくれよ」
「そ、そんな……私たちは聖者様にこそ上に立ち導いて頂きたいのに……」
「ダメだ。サマルカンドの統治を知っているだろ。フレイ達も同じにするからな」
「わ、分かりました……仕方ありませんね……」
「集会場への出席はフレイだけでもいいから、区画だけ、マルーブルクとリュティエと一緒に相談させてくれ」
「はい」
二万だったら、現在のサマルカンドの人口より多いんだぞ。
サマルカンドの周辺のどこかに区画を作るとするかなあ。クリスタルパレス公国は、サマルカンドから一日ほどの距離に統治者ごとの区画を分けるかあ。
クリスタルパレス公国の場合、規模が大きすぎるからいくつかの街に分けた方がいいだろう。
「マキシミリアンさん」
「はい」
「聞こえていたと思うけど、移住した後はこれまで通りの統治制度を敷いて欲しい。俺は上に立たないから、ただし、誰か一人か二人を民会みたいなところに出仕させて欲しい」
「ですがそれでは、大魔術師殿に利益が何も」
「利益ならあるさ。みんなが安心して暮らせること。ゴミ箱にいろんなものをいっぱい捨ててくれれば、俺は大満足だよ」
ゴルダうめえからな。
政治や統治なんぞに関わったら、ノンビリとすごしていけないじゃないか。
俺の目的は惰眠を貪りつつ、適度に体を動かし、時には汗水たらして畑でも耕せればいい。
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