第237話 どうしてこうなった(何度目か不明)

 どうしてこうなった、どうしてこうなった。大事なことだから二回繰り返してみる。

 サマルカンドの東入場門のところまでは、うきうきとドライブを楽しんで戻って来たんだよ。

 しかし、門の前にはフレデリックとクラウスだけじゃなくえんらい人だかりが。

 住人達から車を確認できるくらいの距離まで来たところでもう、大騒ぎである。

 俺がサマルカンドを出るときは、いつもどこからか情報を嗅ぎつけた住人のみなさんが集まって来ていた。だけど、手を振って送ってくれるだけで、大合唱まではなかったんだけど……。


 門の前で車を停車し、ドアを開けたら「うおおおっ」て大歓声が耳に痛い。

 な、なんなんだ一体。


大魔術師メイガス様! 万歳!」

大魔術師メイガス様に栄光あれ!」


 あれ、聖者や導師じゃないの?

 俺、何だかとても嫌な予感がするんだ。

 思わず助手席のマルーブルクに目をやると、彼は「任せて」とばかりに鼻をならす。

 助手席側のドアを開けたマルーブルクは、堂々たる仕草で群衆に向かい右手を上げる。

 すると、途端にシーンと静まり返る群衆。

 こういうところはさすが為政者たる貫禄ってやつだな。年少ではあるが、みんなから尊敬すべきリーダーだって慕われているんだ。マルーブルクは。

 前に出てきたフレデリックとクラウスが片膝を付き、首を垂れる。

 対するマルーブルクは右手を下ろし、群衆を一人一人眺めるように首を左右に振った。


「諸君。聞き及んでいることと思うが、あえて繰り返そう。大魔術師メイガス殿は我々の故国で、大魔術をお使いになられた」


 ちょ、逐一情報を伝えていたのかよ!

 な、なんて事だ。


「かのお方は我々の故国に向け、提言された。クリスタルパレス公国と魔族の融和を! 皆の者よ、崇高な願いだとは思わないか?」


 ウワアアアア――。

 み、耳が。分かった。反対する人がいないのは分かったからあ。


「我らサマルカンドの民は、獣人と人間が共に暮らしている。隣人に刃を向けるのではなく、愛を説く大魔術師メイガス殿に、我らの想いを伝えようではないか!」


 マルーブルクが車から出て茫然と立ち尽くすばかりの俺に向け傅く。

 やめえええ。もうやめえええ。

 車にUターンしようにも、人の目があるからできない。

 「大魔術師メイガス様」の大合唱に乾いた笑いしか出ない俺であった。

 演説しろと言われなかっただけ、まだマシだったと思うことにしよう。そうしよう。


 ◇◇◇

 

 精神力がガリガリと削られながらも、なんとか自宅に到着した。

 そのままフラフラとソファーにダイブしたら、さっそくカラスがやって来て俺の脛を突っつく。

 

「何だよもう。ポテトチップスはあげたじゃないか」

「大問題があってな」


 カラスが両の翼をばさーっと広げ、嘴を上にあげている。

 何か不測の事態でも外で起こっているのか? 街の中は安全だとしても、囲いの外で何か起こっているのだろうか。

 

「どうした? 何があったんだ?」

「マッスルブがお前と同行していただろ」

「うん。牧場で何かあったのか? ジルバが残っていたはずだが」

「そうじゃねえ。ほら、あれを見てみろ」


 カラスが嘴でキッチンの方をさす。

 何だよと思い、カラスを肩に乗っけた状態でキッチンに行くと、ひょいっと肩から降りたカラスが宝箱(小)の上に降り立つ。

 宝箱を足でペタペタと叩いたカラスがこちらに顔を向ける。

 

「開かないのか」

「そうだ。お前のぞんざいな対応のおかげで、今日までお預けだったんだぞ」

「そいつは確かに盲点だった。開けてやるから、まあ待て」

「追加しろ」

「分かった分かった」


 ポテトチップスを二袋追加で注文し、宝箱(小)を開ける。

 すぐに中からポテトチップスの入った袋を取り出し、ダイニングテーブルの上でパーティ開けした。

 

 ガツガツとポテトチップスを嘴で突っつくカラスを眺めていたら、キッチン前に立ったタイタニアから声がかかる。

 車を降りてからマルーブルクは自宅に戻り、ワギャンはジルバと牧場の様子を見に行った。

 フレイは二階に上がってガーゴイルを操る為に集中。ハトは、知らん。

 というわけで、俺とタイタニアが今、俺の自宅にいるってわけだ。

 

「紅茶かコーヒーのどっちかでいいかな?」

「うん、コーヒーでお願い」

「うん!」


 さっそくコーヒーメーカーを動かし始めるタイタニア。もうすっかり、コーヒーの作り方にも慣れた様子だ。


「どうぞ」

「ありがとう」


 マグカップに入ったコーヒーをタイタニアから受け取り、ふーふーとコーヒーに息を吹きかける。

 んー。美味しい。

 この香り、苦み。やはりコーヒーは良い物だ。

 見知らぬ異世界に来たわけだが、ハウジングアプリがあるおかげで日本にいた時とほぼ変わらぬ物を飲み食いすることができている。

 もしハウジングアプリが建物だけしか準備できなかったらと思うと、ゾッとするな。

 今でこそ、タイタニアやワギャン、フレデリックにマルーブルク、リュティエに……と沢山の仲間がいる。だから、彼らから食材の情報を聞きながら、食事をすることもできるだろう。

 だけど、来たばかりの時は、俺一人。もし、建物だけだったら、今頃こうしてコーヒーを優雅に楽しむこともなく野垂れ死んでいたに違いない。

 俺がどうやってこの世界に来たのかも謎だけど、ハウジングアプリが何処から来たのかだって手がかり一つ掴めていないんだよな。

 一つ分かっていることと言えば、ひたすらポテトチップスを突っついている生意気な鳥から教えてもらったことくらいだ。

 ええっと、確かハウジングアプリは魔力で作られているだっけか。

 俺にはタブレットとして見え、触れることができるが、俺以外の人には見えないし触ることもできない。

 その理由はこのタブレットが魔力でできているからだそうだ。カラスの言葉を借りると、タブレットが魔力術式が込められた魔道具みたいなもので、素材も魔力。

 だから、目に見えないとのこと。

 

 魔力……魔力かあ。

 そういや、魔導王とかいうグバアのお仲間は、魔法に詳しいんだっけ。

 何度か名前を耳にして、機会があれば話をと思っていたけど、今になってもまだ自分から積極的に会いに行く気にはなれないなあ。

 だって、グバアやモフ龍と同類だぞ? 笑うだけで大災害な奴らと会いたいなんて思わないだろう?

 

「ねえねえ、フジィ」

「ん?」


 魔導王のことで微妙な表情になっていた俺へタイタニアが声をかけてくる。


「公爵様と魔族の人を呼ぶんだよね?」

「うん」

「新しく何か作るの?」


 ワクワクした様子で目を輝かせるタイタニア。

 そうだなあ、なるべく既存の物で済ませたいところだけど、そうも言っていられないか。

 

「宿舎は作ろう。思ったより来る人が多かったら同じ建物を増設すればいいかな」

「おー。会場はどこにするの?」

「スタジアムでもいいかなと思ったけど、広すぎるよな。迎賓館的なものを作るか」

「どんな建物なんだろう。楽しみ!」

「ははは」


 そんな期待されても……今回はクラッシックモードで楽しようと思っている。

 クリスタルパレスでやったようなインパクトとかは必要ないからさ。

 

「お? 面白そうなことをやるんだな。俺も混ぜろ」

「分かったから、ポテトチップスを飛ばすな」


 主張するのはいいが、翼をはためかせると風で粉々になったポテトチップスが飛び散る。

 鳥って飛べるからさ、翼をばさばさーってやると結構な風圧が生まれるんだよね。近くでハトが飛ぶと、ぶわっと強い風が脚に当たっておおっとなるほどに。

 

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