第236話 帰路につく
「フジィのやりたいこと、わたしは大賛成だよ。種族を問わず、争わず、みんなが笑顔で生きていける素敵な世界」
「話し合いの結果、どうなるか分からない。だけど、僕達は話合い、お互いを理解することができた」
タイタニアの言葉にワギャンが続く。
「うん。話し合っても、戦争になるかもしれない。だけど、相手の事情を知らぬままただただ戦うだけなんて悲しいことだと思ったから」
「でも、やっぱり、戦いになっちゃったら……」
「止めない。だけど、一方が戦いを放棄するなら護るよ」
白旗をあげている人たちへそれでも関係ないと殴りかかった場合、見過ごすことなんてできないよ。
その時は護る。
「護るか、お前らしい。だが、如何にしても護るんだ?」
「そこは会談が始まる前までに協議しないとだよな」
「そうだな。サマルカンドに集めるのが理想か」
護るとなった場合、クリスタルパレス公国になるだろう。魔族側は優位な状況だしな。「約束の地を取り戻す」という目標もあるわけだし。
うまく両国の妥協点を見い出せればよいのだが……。
クリスタルパレス公国の人たちを退避させる場合、範囲が広大になる。ワギャンの言うようにサマルカンドで囲い込むのなら、何ら問題はない。
となれば、サマルカンドに至るまでの安全をいかにして確保するか、だなあ。
街道を我が土地に入れ替える、としてもすぐに終わるものじゃないし。
魔族の侵攻ルートを塞いで時間を稼ぎ、その間に退避させるとか工夫が必要だな。
「でも、きっと戦いにはならないよ! みんな好んで戦いたいわけじゃないんだもの」
根拠のないタイタニアの言葉は、妙な説得力があった。彼女の言うことはもっともだと俺も思う。
個人個人としては、誰が好んで戦いに赴くんだって話だ。
だけどこれが国……とまではいかなくても集団になると話が異なってくる。
集団と集団の利害関係によっては、戦いによる解決が求められることもあるのだ。
話し合いで全てが解決するのなら、戦争なんてとっくの昔に無くなっている。地球の話だけどな。
だけどこの世界は地球とは異なる。目に見える共通の敵がいるからな。
それは――「過酷過ぎる環境」に他ならない。
マナがある世界故の有り得ない大災害こそ、誰もが抱く共通の敵と言えよう。
クリスタルパレス公国だけでも未開発の土地の方が人の住む土地より遥かに多いんだ。もちろん、その土地は砂漠や険しい山脈といった不毛な大地ではない。
魔族やゴブリンの侵攻という要因があったにしろ、詰みの状況に至るまでには長い時間があった。それでも、開発が進んでいない。
「そうだな、うん。今日のところは深く考えず、リフレッシュしなきゃだな」
新しい缶ビールをぷしゅーと開け、そのままごくごくと飲む。
難しいことはマルーブルクらも交えて話をすりゃいいさ。
三人集まれば文珠の知恵ってね。
楽しいひと時を過ごした後、ワギャンとタイタニアは自分の部屋に戻り、一人ベッドに寝転がる。
ここに来た頃はまさか国と国の間に割って入るなんて想像もしていなかった。
最初の人間と獣人の戦争を止めたことは、決して崇高な思いがあってやったことじゃあない。
あの時はもうこれ以上、誰かが血を流して倒れるのを見たくない。埋葬を続けたことで俺の心は荒みきっていた。
だから、何とかして争いを止めようと思ったんだ。自分の心が残酷な事実に耐えきれず、壊れてしまう前に。
だけど、今回は違う。
自分の心には余裕があり、サマルカンドではみんなの力があって平和な暮らしを送っている。
ある意味お節介なことかもしれないけど、マフーブルクらの故郷が苦境に喘ぎ、魔族のフレイとも友達になった。
自分の知る人たちにも故郷に大切な人たちががいる。
となると、このまま見過ごせないじゃないか。
傲慢だと思う。
だけど、俺にはハウジングアプリという力がある。これを活かさぬまま放置を決め込むことはできなかった。もちろん、仲間のみんなが背中を押してくれたからだけどね。
◇◇◇
翌日午前の会議の結果、フェリックスとジェレミーに彼らの護衛として獣人の戦士を少数名残すことになった。俺を含めた残りの人たちはこの場から撤収する。
というのは、朝早くにフレイを通じて魔族から返答があったからだ。
魔族はクリスタルパレス公国との会談を受けるってね。
予想通りと言えばその通りなんだけど、魔族からの返答にほっと胸を撫で下ろした。
その際、クリスタルパレス公国、魔族の両側から要請があったんだよ。
できれば両国の首脳が顔を付き合わせ、直接会談を行いたいってさ。
俺もその案には大賛成だ。電話やテレビの発達した現代日本でも、首脳が直接国を訪問することが多々ある。
やはり、重要なことは顔を合わせて話をするに限るってもんだ。
なら、場所はどうするのか?
中立地帯、かつ、安全が確保できる場所となると答えは一つ。
そう、「サマルカンド」で会談を行う。
魔族は飛行できるので、フレイの操るガーゴイルの導きの元、サマルカンドに向かう。
一方でクリスタルパレス公国は、我が道を馬車で進みサマルカンドまでやって来る予定だ。
会談は余裕を見て今から十日後。彼らがサマルカンドで滞在する場所は、俺が責任をもって準備すると彼らに約束した。
車に乗り込み、フェリックスとジェレミーに向け手を振る。
「連絡の仕方は大丈夫かな?」
「はい。教えて頂いた通りに実施いたします。いつでも良辰様の声を聞けるなんて、嬉しいです」
ぽやぽやと頬を紅潮させるフェリックスに一抹の不安を感じるが、隣で真剣な顔をしているジェレミーがいるので問題ないだろ。
彼が目的を見失ったとしても、ジェレミーが何とかしてくれる。
頼んだぞ。ジェレミー。
無言で彼に目配せすると、フェリックスに見えないよう僅かに首を縦に振って応じてくれた。
「それじゃあ、しばらくの間、ここを任せたよ」
「はい! お任せください!」
窓越しにフェリックス、ジェレミーと順に握手を交わし車の窓を閉める。
「それじゃあ、サマルカンドに戻るとしようか!」
「おー」
後部座席に座るタイタニアとワギャンが元気よく口を揃え、右手を上げた。
助手席のマルーブルクと、ガーゴイルに集中しているフレイは何も反応を見せない。
フレイはともかく、マルーブルクのノリがよくないなあ……お子様なんだからこんな時くらい、ほら、はしゃいでもいいじゃないか。
「何かな?」
「いや、何もない、よ」
マルーブルクは相変わらず鋭い。
微妙な空気を感じ取り、すぐに突っ込んでくるのはさすがだ。
「動くぞお」
あからさまに話を誤魔化した賢い俺は、アクセルをゆっくりと踏み込んだ。
ブルブルブルと独特のエンジン音が響き始め、車が前へ動き始める。
ああ、今日も天気がいいなあ。
雲一つない青空に、照り付ける太陽の光。
真っ直ぐに敷かれた我が道は地平線の向こうまで続いている。
絵になるなあ。
何事も無ければ、こんなにも世界は美しいのだ。
「変に黄昏ているとどこかにぶつけやしないか心配だよ」
「あ、そうね」
マルーブルクの言葉に現実逃避をやめ、ちゃんと前を向いて運転をし始める俺であった。
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