第235話 カラスとぽてち

 タイタニアの髪を整え、髪ゴムでくるんと縛る。


「よし、これで」

「ありがとう」


 お礼と共に振り返り満面の笑みを浮かべるタイタニア。

 思わずくすりと声が出た。

 みんなが気を遣ってくれて、今晩はタイタニアとワギャンの二人だけが部屋にいる。お陰様でいつもの日常が戻ったみたいになって落ち着けた。

 魔族の返答があるまで、俺たちはここで待機するのかどうかはまだ分からない。

 相手の出方を待つより、こちらから盤面を動かすのも手だ。

 現状、大魔術師の横槍でクリスタルパレス公国と魔族の国は会談をするかどうかのところまで動かされた。

 あれだけ拉致の力を見せられては、面と向かって俺にどうこう言うことはできないだろうから。

 問題は彼らが本気で取り組んでくれるかにかかっている。

 公国と魔族の会談こそ、一番のターニングポイントとなるはず。ここをどう乗り切るかで今後の展開が大きく変わってくるんだ。


「まあ、今はそんなことより……」

「ん?」

「飲むか」


 タイタニアは床ににペタンと座ったまま首をかしげる。一方でワギャンはすかさず缶ビールをひょいと投げた。

 山なりの軌跡が俺の手のひらに吸い込まれて行く。

 素晴らしいコントロールだな。ワギャン。


「タイタニアはポテトチップスとコーラでいいかな」

「うん!」


 よおし、ちょっとした打ち上げをやろう。

 かんぱーいと缶を打ち付けあった時、頭の中に声が響く。


『おい』

「うお」


 突然仰け反った俺に二人が不思議そうにこちらを見つめてきた。


「カラスだよ。いつもながら唐突なんだよな」

「それは仕方ない。姿が見えないから声が聞こえたら必ず突然になる」


 片耳をペタンと頭につけおどけてみせるワギャン。

 うん、まあそうなんだけどさ。

 声のかけ方ってものがあるだろう。いきなり大音量で来ると確実にひっくり返りそうになるのだから。


 うん、わかっているよ。ワザとやってんだってことは。

 カラスに抗議したら面白がってエスカレートするだろうから何も言わないけどな。


「サマルカンドで何かあったのか?」

『知らん』


 え、えええ……。緊急連絡してくれたんじゃなかったのかよ。


「じゃあ、一体何が?」

『お前、ポテトチップスを喰ってるだろう? 俺にも出せ』

「な、なんでわかるんだ?」

『魔力の流れだ。品物によって魔力の編み方が違うんだよ』

「わ、分かった。俺の自宅にいるのか?」

『そうだ。キッチンの横だ』

「そこにポテトチップスを出すから待ってて」


 お、恐るべしカラス。検証が必要だけど、カラスはゴルダの価格の違いを感じ取っているのかもしれない。

 ポテトチップスと同じ値段のものを注文したら勘違いするかもしれないな。


『ノーマルか。コンソメも出せ』

「わがままだなおい……」

『くああ!』


 分かった分かった。

 出すまで頭の中に声が届きそうだし、ちょいちょいとコンソメ味のポテトチップスを出した方が早い。

 

「やっと満足したみたいだな。声が止まった」

「カラスさん、お腹空いていたのかなあ」

「餌ならたんまりとあるはずなんだけどな……」


 タイタニアが顎に指先をつけて首をかしげるが、俺は即座にかぶりを振り否定する。


「カラスなりにお前のことを案じてくれたのだろう」

「そうかな」

「どう考えるかはお前次第だ」

「うん、そうだよな。俺たちは飲もうか」


 ワギャンの言葉に最もだと思った俺は深く頷き、缶ビールをぷしゅーと開ける。

 うん、やはり仕事の後はこれに限るな。

 それほど飲む方じゃあないんだけど、今日はもう大魔術師のフリでいろいろと疲れたのだ。

 

「ねえねえ。フジィ」

「ん?」


 ポテトチップスの粉を口元につけたタイタニアが、ふと思い出したかのように俺へ声をかける。

 食べ物かな。ポテトチップスはまだある。

 いや、甘い物も出した方がいいかなあ。いやここはおつまみ系の渋いやつの方がいいかもしれん。さきいかとかその辺を。

 

「フジィが演説で言っていた『導師様が乱した』ってどういうことなの?」

「甘い物がいい? ん?」

「うん! 甘い物もあった方が嬉しいよ」

「お、おう。えっと、何だっけ、導師の話だったか」

「うん」


 頭をかき、コホンてワザとらしい咳をして誤魔化す。

 誤魔化しつつもちゃんと、チョコレートとビスケットを出す俺である。

 

「導師の伝説について、マルーブルクとタイタニアから聞かせてもらったじゃない」

「うんうん。導師様は公国へ幸福をもたらしてくれたんだよ」

「彼自身が何を考えていたのかは分からない。実績から見るに、彼の思いとは崇高なものだったんだろう」


 と前置きしタイタニアだけじゃなく、耳をピンと立てて聞く態勢に入っていたワギャンへも目を向ける。

 導師の話はフレイからも聞いていた。

 マルーブルク達とフレイの話を鑑みるに、導師の存在した時代ってのは魔族がまだ『アルフヘイム約束の地』に君臨していた時代にまで遡る。

 当時の人間は魔族をはじめとした他の種族に対し、劣勢で小さな国土に過酷な環境の元、細々と暮らしていた。

 いつ食糧が尽きるやもしれない不安定な暮らしを送る人間たちは、恐らく不作やモンスターの襲撃などがあれば簡単に多くの人が亡くなったことだろう。

 そこに登場したのが、導師だ。

 導師は絶大な魔力を持つ者で、恐らくは人間かそれに類する知的生命体であったと推測される。

 どんな魔法も使いこなす伝説から、姿形が自由自在に変えることができるとも。

 まあ、姿形はともかく、彼は「人間の味方」だった。

 明日をも見えぬ人間達を救うため、先頭に立ちモンスターを打ち倒し、魔族や他の種族を追い出した。

 その結果、人間の国は大きくなり大帝国と呼ばれるまでになる。後に帝国が分裂し、今の三か国が並び立つ時代となった。

 

「ここまでは伝説を元にした俺の推測だ」

「フレイさんのお話しと合わせたんだね」

「そそ。ここからが本番だ」

「うん!」


 導師はその後、人間の頂点に君臨し人々が幸せになれるよう導いた。

 人間に統治とは何かを教え、作物が豊かになる方法を教え、建築、冶金などなど人間のために尽くしたのだという。

 理想の君主による、理想の統治が導師によって実現した。

 導師が「お隠れになる」までが、人間の国にとって今は伝説となっているってわけだ。

 

「繰り返すけど、導師は『人間』の理想だったわけなんだよ」

「人間の? あ」


 タイタニアが察したようにポンと手を打つ。

 一方でワギャンの耳もピクリと動く。


 導師は私心を捨て皆の幸福のために全ての力を惜しげもなく使った。

 聖者とは導師のような人物のことを指すのだろう。後の時代になっても、信仰を抱かれるのも理解できる。

 だけど、この世界にいる知的生命体は人間だけじゃあない。

 人間と一緒に暮らすと聞いたエルフやドワーフは別にして、獣人、竜人、魔族……と様々な種族がいるんだ。

 この世界に来てまだ僅かな期間だけど、この世界の環境は過酷に過ぎる。

 普通に作物を育てるだけでも困難が伴うほどだ。害獣が強すぎるし、自然災害も激しい。

 火山にはクジラがいるし、空を魚が飛んで襲い掛かって来るし……ただ生きて行くだけでも大変な世界なのだ。

 導師に追いやられた種族だとて、人間と同じような感情を持ち、向上心、復讐心も持つ。

 魔族が技術を磨き、ゴーレムを編み出して『アルフヘイム約束の地』を取り返そうとするように。

 

「導師は人間だけに味方することで、これまで築き上げてきた世界を『乱した』んだよ」

「説明してくれてありがとう。フジィ」


 タイタニアはふんわりとした笑顔を浮かべ、両こぶしを握り締めるのだった。

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