第234話大演説

「我は望む。対話を。静かな世界を。煩わしいのは好みではない。我は静かに暮らしたいのだからな」

「大変申し訳ありません。導師様の高尚なお言葉を矮小なる者どもにも理解できるように言いなおして頂けますと」

「そうだな。諸君ら、人間、魔族、ゴブリンに至るまでどうしてこうも殴り合うのだ? まさか全ての種族が種の保存ではなく絶滅を望むわけではあるまい」


 ようやく核心に至る。

 回りくどいけど、いきなり仲良くすることを望んでますって言ったところで効果が薄いからな。

 公爵だけでなく今も俺たちの会話を聞いている魔族にとっても荒唐無稽な話なのだから。


「当然です。民は皆、平穏な暮らしを望んでおります」


 うんうん、そう答えるよな。


「我はな。大草原に居を構えている。公国の諸君は知らぬかもしれぬが、大草原は我はともかく並みの者では安定して暮らしていくことは非常に難しい」

「そうだったのですか……私はそこにマルーブルクを」


 ずっと超越者だと勘違いしている相手に対し気丈に振舞っていた公爵が渋面を浮かべた。

 だけど、この件で彼が気に病むのは本意ではないし、目的とも異なる。


「知らぬは失態だったな。だがそのことはどうでもいい。話を戻す。大草原は大災害が頻繁に起こる。我にとってはそれが都合よく隠棲するのによい」


 なのでバッサリと切って捨て、話の方向を大草原の事情に戻す。


「大魔術師様でしたら、大災害があれば人が寄り付かない。それこそが望ましいということですね」

「その通りだ。だから我は驚いたぞ。大草原で公国の者と獣人が愚かな殴り合いをはじめたのだからな」

「そのようなことがあったのですね」

「先ほど申した通り我は平穏を望む。だから、促したのだ。獣人と公国の者に。対話せよと。住む場所が無いのなら、我が与えようとお互いに伝えてな」

「……にわかには信じられませぬが、獣人と公国の者が大草原で共存しているのですかな?」

「いかにも。お互いの言葉は我が翻訳した」

「大魔術師様のお話し、ようやく私の理解が追いつきました」


 公爵が深く頷くと、その場で立ち上がり両拳を握りしめる。


「ならば、どうする? 貴君は何を望む?」

「魔族との対話を」

「承ろう。それこそ、我がここへ来た目的なのだからな。ゴブリンとは良いのか?」

「ゴブリンもまた会話ができる種族なのですか!?」


 公爵が驚愕し、目を見開く。

 実は喋るんだよねえ。ゴブリン達。「小麦」しか言わないけどさ。


「まあよい。ゴブリンらも我の『友人』だ。貴君が憂うことは何一つない」

「な、なんと……ゴブリンとまで対話で平和的に共存しているのですか……」

「そのようなものだ。言っただろう? 我は平穏を望むと。まず対話せよ。それでも尚、戦いを望むというのなら止めはしまい」

「正直に申し上げます。我らは魔族に対し劣勢です。我らがこれ以上の戦を望まぬとも魔族が望むのでは、と」

「対談をしてみないと分からぬではないか。だが、もしそうなった場合、領土は保障できないが、貴君らクリスタルパレス公国の民の命は我が護ろう」

「大魔術師様自らがおまもりになってくださるのですか。しかしながら、我らの人口は」

「全く……それほど我が大魔術に信がおけぬと?」

「決してそのようなことは……」


 いや、そうだろうよ。

 クリスタルの道を一瞬にして作って、城門の前まで来た。

 だから、俺が大魔術を使うことについて疑いはないだろう。しかし、建築の大魔術だけで人は守り切れないと思うのは至極当然の流れだ。

 城壁を築こうとも、籠城してはいずれ食糧が尽きるからな。

 人が住むのは公都クリスタルパレスだけではない。


 拡声器を口元につけ、大きく息を吸い込んだ。


「おい、モフ龍、グバア、どっちでもいい。どうせ見ているんだろう?」


 ゾクリ――。

 大いなる存在に俺の背筋が総毛だつ。


『グウェインよ。呼ばれたのは我だ』

『そのようなことはない。良辰よ。呼んだのはグバアではなく我のことだろう?』


 だああああ。

 二匹一辺にきたあああ。

 どっちかだけでも来ればラッキー程度に思って呼びかけてみたんだが、俺を挟んで左右に忽然と姿を現しやがった。


「どっちかだけでよかったんだけど?」

『どっちだ』

『どっちなのだ』


 口を揃えて同じことを言うな。

 バチバチとライバル心を燃やすのはいいが、物理的に紫電が迸り周囲へ――。

 そのままだと城だけじゃなく街も大破壊なわけだが、そこはハウジングアプリの絶対無敵のシールドで完全に塞ぎきる。

 二匹の存在は分かりやすいからな。感じた瞬間に素早くタブレットを出し損害を与えぬようハウジングアプリで対処済みだ。


「後でじっくりと話を聞くから、もう帰っていいぞ」

『誠だな』

『誠だろうな』


 うんうんと適当に頷き、シッシと手を振る。


「公爵よ。ガーゴイルや魔族のどのような攻撃であっても、我が護ろう。皆、大草原にまで導こう。完全な安全を保障する」

「しょ、承知いたしました」


 公爵は息絶えだえになり、言葉を返した。

 彼の声はかすれていて、少し気の毒に思ったが、済んでしまったことを悔やんでも仕方ないと割り切ることにする。


「魔族よ。貴君らの国は二つあるのだろう? 両国の代表と公爵の三者で対話をできぬか協議してもらいたい」

『我が国は即座に応じると申しております。ヒルデブラントには使者を出しました。二日以内には返答できるかと』


 すぐにフレイから返答がかえってきた。

 すまん。脅すような真似をして。でも、そうでもしないと国のトップが素直に交渉のテーブルにつくとも思えないからな。


「公爵よ。二日後にまた連絡をする。この場はこれで失礼する」

「しかと承りました」


 公爵が深々と礼を行う。

 対する俺は軽い感じで右手を振り踵を返すのだった。


 ◇◇◇


 ――その日の晩。

 大魔術師を演じた俺は疲れ切っていた。

 長時間風呂に入り、はああと何度もため息を繰り返した後、ソファーでぐでえと寝そべっている。

 戻ってからみんなにうまく行ったなあと肩を叩いて喜び合った。

 一部マルーブルクの案から修正を行ったが、目的であるクリスタルパレス公国と魔族の対話は成ったと見ていいだろう。

 魔族の国のヒルデブラントだったか? そっちはまだ応じるとの回答が来ていないけど、必ず応じるはずだ。

 超越者たる大魔術師を前にして、もう一方の国に出し抜かれることをヒルデブラントは許さないだろうからな。


「うまく行ってよかったな」


 ぽーんと缶ビールを俺に向かって投げたワギャンが、俺を労ってくれる。

 お手玉しつつも缶ビールをキャッチし、プルタブをプシューとする俺。


「何とかなってよかったよ。肩が凝って仕方ない」

「お前の本意ではないと僕もタイタニアも分かっているさ。気に病むことはない」

「ありがとう。だけど、今回のことは俺も望んでやったことだ。対話した上で戦争を望むのなら、もう止めはしない」

「お前らしい。命が無駄に失われることに対し立ち上がったのだろう。称賛されこそすれ卑下されることなんて何もない」

「ははは」


 乾いた笑い声をあげ、それを飲み込むように缶ビールをごきゅごきゅと飲む。

 その時、洗面所からブオオオンとドライヤーの音が聞こえてくる。


「フジィ。何だか絡まっちゃった」


 どこをどうやったら、何が絡まるのか分からないけど、見に行くとするか。

 クスリしつつも、よっこらせっと立ち上がる。

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