第233話 公爵

「初めてお目にかかります。クリスタルパレス公爵でございます」

「ふむ」


 高貴な雰囲気漂うナイスミドルに横柄な態度を取ることは本意ではない。

 だけど、ことこの場においては必要なのだ。心の中で謝罪しつつ、鷹揚に頷く。


「導師様、お隠れになられたとばかり。今になって何故このような」

「導師か。貴君は導師の子孫だったか?」


 迷いなく堂々と頷きを返すオールバックの男に対し、両手を広げ首をかしげてみせた。

 彼は導師の子孫という問いかけに誇たらしく肯定したのだ。となれば、彼はクリスタルパレス公国の公爵その人だろう。

 動きを悟られないよう、ローブの裾を指先で挟み顎に寄せる。

 中にはこれまでフレイと通信したインカムが仕込んであるのだ。

 もちろん、通信できるのは彼女だけではない。あの場にいる全ての人と通信可能である。

 

『マルーブルク』

『うん。キミの予想通り。あの人はボクの父マクシミリアン・ヴァン・クリスタルパレス。現公爵だよ』


 念押しも兼ねてインカム越しにマルーブルクに尋ねたら、予想通りの答えが返ってきた。

 顎から手を離し、困ったように眉をひそめる。


「一つ言っておこう。我は『導師』などではない。アレは俗物に過ぎる」


 公国で今も慕われ尊敬されている導師をあからさまにおとしめたことで、兵士と騎士がざわつく。

 赤マントの騎士でさえ、腰の剣に手をかけようとしたほどだ。

 しかし、オールバックの男こと公爵だけは僅かに眉間へ皺を寄せたものの、俺の言葉の意図を探っているようだった。

 彼は思った以上に思慮深い為政者なのかもしれない。あのマルーブルクの父親だしな。

 この父あって、あの息子ありってことか。


「しばし待つが良い。我と導師の違いはすぐに分かる」


 そう言って体の向きを変え、大きく息を吸い込んだ。


「もちろん、『魔導王』でもないぞ。魔族の諸君」


 公爵にも聞こえるように声を張り上げる。


「魔族と聞こえましたが……」

「いかにも。ほら、そろそろ来たぞ」


 公爵に顔を向け、空を指差す。

 空にはワギャンを乗せたハトがばっさばっさと飛んでいた。

 

『パネエッス!』


 いつもの鳴き声と共に、ハトが弧を描いて俺の後ろに降り立った。

 俺に背を向けたワギャンが片手をあげる。

 すると彼の呼びかけに応じ、雄壮な鬨が耳に届く。

 

 リュティエを先頭にした獣人の戦士達が堂々たる歩みでクリスタルの道を行進してくる。

 先頭のリュティエのみシロクマに騎乗し、残りの戦士たちは徒歩だ。


 ウオオオオオ――。

 謳い上げるように吠え声が響き、ワギャンの後ろまで来たところで、全員が背筋を伸ばし直立する。

 続いて全員が右腕を天に向け一際大きな声で叫ぶ。


大魔術師メイガスふじちま様。獣人の戦士、馳せ参じました」


 リュティエの号令に応じ戦士たちが一斉に片膝をつき、一糸乱れぬ態度で頭を垂れた。


「公爵よ。理解したか? 我は導師ではない。あやつのように人間の頂点に立ちご満悦するようなことなど片腹痛い」

「こ、この獣たちは一体……神話から出たような」

「彼らは獣人だ。大草原の向こうから『生き場』を求めてやってきたのだ」


 リュティエ達は戦いを望んでいたわけではない。現に竜人との戦いを避け、種族ごと放浪の旅に出る決断をしたのだから。

 しかし、決死の覚悟で進出した大草原でマルーブルク率いる公国と遭遇してしまう。

 不幸なことに小競り合いから戦いに発展してしまった。

 事情は分かる。公国はゴブリンやガーゴイルという『言葉が通じない』種族から問答無用で戦いを仕掛けられていたのだから。

 マルーブルクらからしたら、獣人もゴブリンやガーゴイルと同じに見えてしまって仕方ない。

 

 そう、仕方なかったんだ。

 でも、だから何だってんだよ。

 誤解があったのなら、また腹を割って話せばいい。

 魔族と公国、他の人間の国家だってそうだ。まだ、遅くはない。

 彼らはまだ生きているのだから。

 

「その方たちは、大魔術師メイガス様の眷属でしょうか」

「眷属? そのようなものではない。彼らは俺の『友人』だ。公爵よ。俺の姿は何に見える? 獣人か?」


 問いかけに、公爵が返答に困っているように見えた。

 しばしの沈黙が流れ、彼は絞り出すように言葉を返す。


「……人間と同様に見えます」

「我は貴君ら公国の民に危害を加えていないからな。ならば、少なくとも敵ではないのではないかと考え、その結果、我を『導師』と呼んだのだろう?」

「まさに大魔術師メイガス様のおっしゃる通りです」

「我が姿形など超越した存在だとは考えはしなかったのか?」

「折り込みました。しかし、それでも尚、人の姿を取られたのです」


 なるほどな。

 俺がどのような姿を取れるとしても、わざわざ人の姿を取って高圧的ながらも代表を呼び会話を行っている。

 高圧的なのは、超越者特有のものだと思えば、まあ超越者なりに友好的に接しようとしていると考えても不思議ではない。

 うん、安心した。

 公爵もマルーブルクら大草原に進出してきた公国の人たちと同じような感情や考え方をしていると分かって。

 

 ならば、語ろうじゃないか。

 夢物語を。


「貴君には理解できぬのだろう。そうだとも。ここにいるフェリックスだけでなく、公国一聡明なマルーブルクでさえ獣人と理解し合えるなど考えもしなかったのだから」

「フェリックス、マルーブルクが大魔術師メイガス様に恭順したことは理解しております」

「彼らをクリスタルパレス公国へ帰順させて欲しいと?」

「いえ、フェリックスの顔を見れば分かります。これでも一応、親ですので。もちろん、マルーブルクが顔を見せないことも彼が自ら進んで協力してことが明白です」

「二人は得難い人材だと思うのだが、惜しくないのかね?」

「惜しいですとも。大魔術師メイガス様には隠し立てしようが全てお見通しでしょう」


 フェリックスのカリスマは優秀な参謀役を付ければ、民が皆ついてきてくれるに違いない。

 マルーブルクの智謀は、クリスタルパレス公国を最善に導くだろう。

 二人とも、公爵は二人を末っ子と四男だから軽く扱っているなどとは思っていないようだぞ。

 公爵もまた「見えて」いたんだな。

 クリスタルパレス公国の未来が。だから、彼らを遠ざけた。

 親としての公爵がそうさせたのかは分からない。だけど、二人のことを大事に思っていると俺は確信している。

 

「『見えて』いて尚、公爵は動かぬのか?」

「動かぬのではありませぬ。『動けぬ』のです」


 民の前だから、さすがに「公国はもう滅亡しまーす」なんて言えないよな。

 どこから切り込むか……。

 人差し指を立て、ため息をつく。

 

「公爵よ。先ほど、二人が『恭順』していると言ったな」

「はい」

「そこは訂正してもらいたいものだ。彼らもまた獣人と同じ『友人』なのだから」

「友人ですか……私もまた友となれるのでしょうか?」

「もちろんだとも。我が何故わざわざここまで出向いて来たと?」

「クリスタルパレス公国の視察……でしょうか?」


 公爵は答えるが、本人もこれが正解とは思っていないことは明白だ。

 単に彼は俺と話を合わせるために言ったに過ぎない。俺の顔を立てるためなのだろうな。


「我は一人静かに暮らすことを望む。だが、そうも言っていられない事態になっていることにようやく気がついてな」

「と言いますと?」

「導師だよ。公爵。あの愚か者がむやみに場を乱した。我はその乱れについて、諸君らも知っておいた方がいいだろうと老婆心ながらここに顔を出したというわけだ」


 うん。理解できないよね。

 ワザと偉そうに意味深だけど、掴みどころがないように言ったんだもの。

 頷くしかできない公爵に向け言葉を続ける。

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