第207話 メガホン

 フレイは猫のようなグレーカラーの尻尾をピンと伸ばし、凛々しくこちらを見上げ目だけを伏せる。

 長い睫毛は髪色と同じ薄紫色をしており、人間にはない色なこともあって、彼女が物語の中から出てきた登場人物のように思わせるんだ。

 もっとも……編み込まれた髪の隙間から伸びる鬼のようなツノからして、明らかに人間じゃあないんだけどね。


「誓いを」


 彼女は一言だけ述べ、かしづいたまま俺の言葉を待っている。

 「誓い」とか言われても、何すりゃいいんだ?

 あれかな、王と騎士の誓いみたいに彼女へ剣を向けたりすりゃいい?のか?

 しかし、剣なんて持ってはいない。


「まあ、ここじゃあなんだし、昨日のプレハブの中に」

「承知致しました」


 立ち上がり、ふるっと尻尾を横に振るフレイ。

 彼女はピタッとしたロングスカートに上半身だけを覆う金属製の鎧を着ているんだけど、尻尾はどっから出てるんだろ。

 なんて思ったら気になって仕方ない。

 扉を開け、先に彼女を通すことで、しっかりチェックした!

 なるほど。スカートに尻尾用の穴を開けているのか。


 プレハブに入ると、フレイがまたもや先程と同じ姿勢で頭を下げていた。


「では改めてまして。誓いを」


 そう言われてもなあ。

 顎に手を当て、うーんと首を捻る。

 何か持ち物といってもなあ。

 いや、フレイに聞きゃいいだけか。


「フレイ。何をすればいいんだ?」

「先程、聖剣の名をおっしゃっていたではありませんか」


 てことは、王と騎士のような誓いの儀式か。

 魔法的な何かでもあったりするのかと思ったけど、それなら俺でもできそうだ。


「少し待ってくれ。準備する」

「はい。聖剣メガホン。どのような名剣なのか、いえ、魔剣なのかもしれませんね。どちらにしても、拝見するのが楽しみでなりません」


 ……ん?

 ちょい待てえ。

 メガホンが聖剣になっとるがな。

 聖剣の名を俺が言っていたってさっきフレイが口上を述べていたが、まさかメガホンとは。


 あれは剣じゃあねえ。


「メガホンは出さない。別ので」

「……過ぎた期待を申し訳ありませんでした。私などにはまだメガホンは早いと。おっしゃる通りでございます。精進し、誓いを受けることができるよう邁進いたします」


 メガホン、どんだけ評価高いんだよ!

 フレイが実物を知ったらガッカリどころじゃ済まなさそうだ。

 下手したら後ろから斬られそう……。


「あ、えっと、メガホンよりこう、あれだ。もっとフレイに相応しいものを」

「左様でございますか。このフレイ。感激でこの身が震えております」


 彼女、表情は動かないんだな。でも、尻尾がパタパタしていたのを俺は見逃さなかったぜ。

 っと、こうしちゃおれん。

 剣なんてハウジングアプリのメニューにあったかなあ。


 ……無い。

 現代的なものしか無いんだよなあ。

 俺の思想を反映したのかどうかは不明だけど、武器が一切無い(調理器具は除く)。

 現代的な物は揃っているけど、拳銃なんてものも存在しなかった。


 チラリをフレイに目をやると、じっと俺を待っているし……。

 し、仕方ない。剣は剣だろ。


 内心で盛大な冷や汗をかきつつ、宝箱を開ける。

 中には長さだけはショートソードくらいはあるプラスチック製のおもちゃの剣と、憎き黄色のメガホンが鎮座していた。


 おもちゃの剣を手に取り、流石のチャチさにこいつはやべえと口元がひくつく。


「そ、それは……」


 やっべえ。見られちゃったー。もうやり直せない。


 し、仕方ねえ。

 柄にあるスイッチをオンにする。


「こいつはライト……バルムンクという。かつて英雄が握り巨大な龍さえも倒したという剣……を元に俺が魔力で再現したものだ」

「神々しい。光り輝く剣とは恐るべき魔力が込められているのですね」


 あ、うん。

 しょぼさを誤魔化すためにライトモードオンにしたら、緑色に刀身が光ってる、ね。

 ごめん、バルムンクさん。知っている伝説の剣の名前を出しちゃっただけなんだ。

 こんなことになるくらいなら、包丁や果物ナイフみたいな調理器具にしときゃあよかった。


 で、どうすんだこれ……。

 もうやるしかないか。

 バルムンク(仮称)を片手で持ち、白磁のように滑らかなフレイの頬へ刀身を当てる。

 

「フレイよ。我が剣に誓いを立てよ」


 芝居がかり過ぎたかもしれん……。内心そう思っていたら、フレイが顔だけを上げ真剣な瞳で俺を見上げてきた。

 

「このフレイ。聖者良辰様の剣となり、盾となり、この身の全てを捧げることを」

「フレイ。そなたはこれより我が剣。誓いの儀はここに成った」


 あああああ。もうどうにでもしてくれええ。

 つい、それっぽく応えてしまったよ。だけど、こうするしかなかっただろ。


「我が身命はあなた様と共に」

「う、うん」

「じゃ、じゃあ、魔族の今後をどうするか考えないとだな」

「はい。私の知り得ることでしたら、全てお話いたします」

「き、昨日と随分態度が異なるじゃないか。一体どうしたんだ?」

「『誓い』を立てると決めました。私はあなた様こそ、魔族の未来を真に救えるお方だと」


 昨日のやり取りで、いつの間にそこまで評価が上がったんだ?

 特別なことをやった記憶は無いんだけど……。

 

「方針は昨日決めた通りだ。だけど、まだ具体的にどうするか決めていない」

「承知いたしました」


 い、いちいち片膝をつかれるとやり辛いったらありゃしねえ。

 もっとこう、普通に接してくれないものかな。

 

「フレイ」

「はい。あなた様のフレイはここに」

「あ、あのだな。そ、その……ええええ」


 言い辛い……まごついていたらフレイが急に頭を地に擦り付け、声をあらげる。

 

「申し訳ありません! 聖者様に隠し立てをするつもりはなかったのです。どうかご慈悲を」

「え、あ。別に何も怒ってなんていないよ?」

「感謝いたします! 聖者様は全てを見抜いておられて尚、私に誓いを与えてくださったのですね」

「あ、え?」


 も、もう分けわからん。

 誰かー。この状況を説明してくれええ。


「剣となり、盾となると申し上げましたが、私では頼りなさ過ぎることは存じています。ですが、体ごと盾になることはできます」

「え、えっと……剣が得意じゃないってことだよな」

「恥ずかしながら……私はこの通り、筋力もなく、剣の腕も……ですが、魔術でしたらそれなりに使えます。必ずやあなた様をお守りいたします」

「いや、お守りより、知恵やら魔族との調整に活躍して欲しいな、なんて」

「もちろんでございます!」

「と、とにかく立って」


 伏せたままだとやり辛いってもんじゃねえぞ。

 ってええ。膝立ちじゃあなくてだな……しゃがんで彼女の手を取り、立たせる。

 

 言えない。

 友達のように接して欲しいなんて、言えやしないぞ。

 そ、そうだ。

 他のみんなの接し方を見てもらえば、彼女の態度も軟化してくれるに違いない。

 もし、変わらなかったとしても、こう流れで上手く彼女に頼めばいいさ。

 よし、それで行こう。俺だけが彼女と会話するより、マルーブルクがいた方が公国の事情を考慮したことも質問できるしな。

 

「ここじゃあなんだし、俺の家まで行こう」

「承知いたしました!」


 プレハブハウスを出て、我が家へと向かう。

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