第208話 天使

 自宅前まで来たところでおもむろにメガホンを準備し、大きく息を吸い込む。


「ぴんぽんぱんぽーん。お知らせがあります。マルーブルク様、藤島様がお呼びです」


 館内放送風にお伝えしてみたが、よく考えてなくても、夜に集会所で会うじゃないか。

 相当動揺しているな、俺。


 フレイはというと、ここに来るまで自分の目で初めて見るだろう獣人に対し興味津々といった様子だった。

 表情こそ変わらぬものの、時折猫の尻尾がパタパタしていたものな。


「拡声の魔術ですか。お見事です」

「フレイも使えるの?」

「はい。ですが、あなた様のようにはいきません。深い集中が必要です」

「いろいろ魔術が使えるんだな。ガーゴイルといい、魔族は魔術に長けるんだな」

「自らの種族名に『魔術を使う者』……『魔族』と自称しております故、他種族より多少は」

「どんな魔術が使えるんだろう」

「大規模魔術を単独でお使いになる聖者様からすれば、ほんの些細なものでございます」

「あ、いや。俺のことはおいといて……あ、例えば体を綺麗にする魔術とか」

「清めの魔術でしょうか。それでしたら、私でも使うことができます」


 ま、マジかー。

 俺はハウジングアプリがあるから、どこに行こうが風呂に入ることはできるけど、水や石鹸を使わずとも清潔が保てるのは良い。


「え、それならゴミとかはどうしているんだ?」

「転化の魔術で土に変え、畑に運びます」

「お、おお。肥料になるのかな」

「ゴミからできた土を混ぜると食物の育ちが良くなります」


 魔術!

 なんて便利なのだ。現代社会でも成し得ていない完全リサイクルを達成しているじゃないか。

 あえて、ゴミと言ったが、汚物も同じよな。


「すげえ。魔族の魔術はすごいな。水や食料を作ったりもできたりしたり?」

「水でしたら多少生み出すことはできますが、水の生成は夜露を魔術で集めるといいますか」

「ほうほう。生み出すのではなく、在るものを集めるんだな」


 空気中には見えない水蒸気が沢山あるからな。そいつを集めて水に変える。


「ま、まあ。中に入ろうか」

「はい……」


 何故か浮かない表情で俺のあとについてくるフレイであった。

 

 フレイは家の中に入っても、初めて見るだろう家具を眺めるでもなくうつむき加減でじっと押し黙る。

 俺はといえば、ソファーに座り、彼女にも座るように促していたのだが……ちょっと進みそうにない。

 どうしたんだろう? と思い、彼女へ声をかけようとしたら俺に先んじて彼女が口を開く。


「あ、あの。聖者様は……その……ご無礼を」


 何も言っていないのに謝罪し始めるフレイ。


「あ、いや。ご無礼な理由が分からない」

「考えてしまいました。聖者様は何故、生活に関わる魔術しか聞かないのだろう。魔族の攻撃魔術には……」

「あ、そういう事か。俺は戦いには興味が無い。それだけだよ。別に魔族がどうとか関係ない」


 自分の興味あることだけ聞いてしまい、彼女のことを考えていなかった……全く気を使っていなかった反省せねば。

 彼女はたった一人でここへ飛び込んできたんだ。その辺を忘れちゃあならないな。

 俺が生活に関わる魔術だけを聞いたことで、彼女が俺にとって「護るに値しない」と彼女の護衛能力に全く興味を示さないと勘違いされてしまった。

 そんなわけないんだがなあ……少なくとも、俺はこの世界の誰にだって格闘して勝てない自信があるぜ。ははは。俺より弱い奴を連れて来れるなら来てみろってんだ。

 だけど、我が土地の中ならば、護衛なんて必要ないのも事実。その辺りを彼女が落ち着いたら説明を……って。


「左様でございましたか。しかしながら、危急の際は剣に変わって魔術であなた様をお守りする所存です!」

「そ、そうか……」


 また片膝ついてるうう。

 お友達のように接して欲しいと言いたいんだが、未だに言えていないんだよな……。

 だ、大丈夫だ。みんなと接しているうちに自然な流れで言ってやるんだからな。それまでの辛抱だ。頑張れ俺。


「私の魔術では頼りない事この上ありませんが……この身に代えても」


 あー、あー。重い、重いよおお。

 ずずいと迫ってくるフレイにたじろく俺である。

 

 ――ガチャリ。

 座っていたソファーからずり落ちそうになったその時、入り口の扉が開く。

 いつもならピンポーンがあるんだけど、珍しいな。


「どうぞー」


 呼びかけると外にいたサラサラ金髪の少年が中に入ってくる。

 彼はソファーの下に尻餅をついた俺と、右手を胸に置き片膝を立てるフレイをチラリと一瞥し、前を向いたまま後ろに下がり……扉を閉めてしまった。


「おおおおい! マルーブルク! 戻ってきてくれ! 切に」


 再び扉が開き、天使のような微笑みを浮かべた少年が再び顔を出す。


「呼び出したかと思ったら、お楽しみ中だったわけかい?」


 やれやれとワザとらしく肩を竦めるマルーブルク。


「違うって! 相談しようと思って……」

「妾じゃあダメなの? まあ、ここはキミが法みたいなものだし、重婚は問題ないよ」

「そ、そうじゃなくてだな」

「あはは。心配しなくても公国、帝国でも重婚は認められているよ。ボクの両親がそうだろう?」


 あ、あかん。

 こいつ、分かっていてからかっていやがる。

 こんな時こそ、守ってくれよと、「助けてー」目線をフレイに送る。

 が、彼女は陶酔したように胸に当てた手で自分の服をギュッと掴んでいた。


「て、天使……なんと愛らしく無垢で、かつ、高潔なオーラに包まれておられるのだ……」


 ダ、ダメだ。この人。まるで使えない。

 たらりと背中に冷たいものが流れる。


「また変わったのを召抱えてきたものだね。キミの騎士か何かかい?」

「いや……」

「はい! 私は聖者様の剣となり盾となり――」


 なんか長い演説が始まってしまった。


「紅茶を淹れるよ」

「ありがとう」


 未だ演説を続けるフレイを放置し、マルーブルクをキッチン前のダイニングテーブルへ案内する。

 おやつはクッキーでいいかな。

 あ、そういやポテトチップスはまだあったっけ?

 無くなるとカラスがぐあぐあするから、補充しとかなきゃな。


 紅茶を淹れて、対面に座るマルーブルクがクッキーを一つ食べきる頃、フレイがようやく再起動した。


「聖者様、天使様、先程は失礼いたしました」


 深々と地に伏せるフレイにうわあと苦笑いを浮かべてしまう俺である。

 一方でマルーブルクは慣れたもんだ。まるで動じる様子を見せない。


「それで、この人は何者なんだい? 尻尾があるから獣人かな?」

「いや、彼女は魔族なんだ。ほら、頭にツノがあるだろ」

「あるね。ツノが魔族の特徴なのかい? 見た目は人間とそっくりだね」

「美醜も人間と似ていそう、だよ」

「そこはどっちでもいいさ。キミもそうだろう?」

「まあ、な」


 自分のことを棚にあげて、あーだこーだ言う気はさらさらない。

 人間、重要なのは中身だぞ。うん。

 中身が良ければいいのだ。ははは。あああ……。

 はあ……。

 

 だ、だめだ。余計なことを考えるな。今は、ほら、そうだろ。

 フレイのことだ。

 

「聖者様はとても凛々しく、天使様はもう抱きしめたい衝動が抑えきれません」


 何言ってんじゃああ。こいつはあ。

 本気で魔族の将来を憂いているのか心配になってきた……。


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