第206話 覚えていたのか……

「僕はふじちまについて行く。それだけだ」

「ブーにも何でも言ってくれぶー」

「あたしだって、お手伝いできるかみゅ?」


 ワギャンをはじめとした仲良し獣人四人は、イェーイとばかりに互いに拳をごっつんさせて、頷き合う。四人とも耳がピクピクしてて笑いそうになる。

 可愛くないカラスやクラウスと違って彼らは癒しだなあ。よきよき。


 そんな中、面白がるでもなく盛り上がるでもない人が一人。

 丸太のような腕を組み、渋面を浮かべて目を閉じるその人はリュティエだ。

 彼は獣人を率い、大草原まで移動した。その経験が今回の作戦に被るところがあり、彼なりに思うところがあるのだろう。

 じっと押し黙ったままの頼れる虎頭の偉丈夫に、俺から語りかける。


「リュティエ。些細なことでもいい。何かアドバイスがあれば教えてくれないか?」

「ふじちま殿……」


 目を開き、組んだ腕を机の上に持っていくリュティエ。

 彼の目は真っ直ぐに俺を見つめている。その目は厳しいものではなく、大きな何かに包み込まれるような安心感を与えるものだった。


「私はふじちま殿の作戦に賛成です。そこはまず申し上げたい」


 と前置きしてから、リュティエが続ける。


「私にはどの道が魔族にとって真に幸せを享受できるものになるのか、分かりません。魔族と同じように獣人にも、もちろん郷土愛はあります。私たちは故郷を捨て移住いたしました」


 淡々と語るリュティエにその場が静まり、誰もが彼の言葉に耳を傾けた。

 言葉数が少ない彼の一言一言は真摯で心に迫るものがある。

 こういう所が獣人からリュティエが慕われる理由の一つなんだろうな。マルーブルクとは違った意味で彼も優れたリーダーなのだなと感じ入る。


「何としても故地を取り戻したい。彼らの想いは自らの誇りを示すため……だとも理解できます。ですが、魔族の国の片方を大草原に移す、というのも一つの手ではないかとも思うのです」


 争いを拒み、誇りを胸にしまい込みんで大草原へ行くことを選択したリュティエらしい意見だった。


「領域の確定後、魔族間、人間間での勢力争い、足の引っ張り合いは起こるだろう。それを未然に防ぐに、リュティエの案は悪くないと思う」

「ふじちま殿は何時もながら、未だ迷い答えを出せぬ私にも慈愛を持って言葉を返してくれる。感謝致す」

「あ、いや」

「私にはまだ答えは見えません。ですが、最初に申し上げた通り、私はふじちま殿と共に在る。それが揺るがぬ私の想いです」


 リュティエが両拳を握りしめ、ドンと自分の胸を叩く。

 リュティエ……彼の力強い想いに対し胸が熱くなる。

 あ、ヤバい。

 誤魔化すように首を左右に振り、力一杯の笑顔を作る。

 

「みんな、ありがとう。明日、魔族のフレイと会う。その後また相談させて欲しい」


 一人一人に目を合わせ、グッと親指を前に突き出した。

 あれ? フレデリックがいない。

 と、そこへ件の彼が上品にお盆を手の平で支え、湯気を立てるポットを持ってやって来る。

 

 飲み物が減っているカップへ優雅な所作で紅茶を足して行く。

 俺のところへ来たところで、彼は口髭を上げ一言。

 

「藤島様。別件でご相談が」

「ん? 俺にできることなら」

「では、失礼して」


 フレデリックはポットをお盆に戻し、コホンと佇まいを改める。


「クラウスより聞きました。私も武闘大会に出てもよろしいでしょうか?」

「え、あ、構わないけど」

「ありがとうございます。青きゴブリンとはちょっとした縁がございますので」

「……怪我しないでくれよ」

「老体でございますので、無理は致しません。ご心配ありがとうございます」


 正直、完全に忘れていた。

 そうだったぜ。青いゴブリンと約束したんだっけ。

 フェリックスのこと、魔族のことと続き、すっかり頭から飛んでいた。

 それにしても、フレデリック……こんなに細いのに大丈夫なのか?

 

「良く言うよ。フレデリック……」


 かああっとじだんだを踏んで肩を竦めるクラウスの姿が目に入る。

 あ、そういや。先のゴブリン戦で大活躍したとか聞いたな。


「では、私も参加してもよろしいですかな?」


 リュティエがその場から立ち上がり、参戦してきたあ。


「それは楽しみです。リュティエ殿とは一度手合わせ願いたいと思っておりました」


 すっとリュティエの方向へ体を向け、上品な礼を行うフレデリック。


「だ、大丈夫かよ……」


 フレデリックとリュティエの体格差を見やり、タラリと額から冷や汗が流れる。


「問題ねえって。兄ちゃん。フレデリックは強いぜ」


 いつの間にか俺の隣に来たクラウスが俺の肩をポンと叩きニヒルな笑みを浮かべた。


「そう聞いているけど、どうしても普段のフレデリックさんが頭に残ってさ」

「一度見たら、痺れるぜ。あああー、俺もどうすっか考えねえとなあ」

「参加を見送るのか?」

「んなわけねえだろ! どうやって戦うか考えねえとってことだ」

「さいでっか……」


 ま、まあ……お薬ポーションをちゃんと準備しておかなくてはな。一瞬で回復する恐ろしいお薬を。

 

「そうだ。ふじちま」


 今度はワギャンか。まさか彼も参加するってのか?

 

「ワギャンは止めておいた方が……」

「僕は参加しない。収穫祭をやりたいと思うんだが、武闘大会とタイミングを合わせるか?」

「収穫祭か!」

「そうだ。クラウスから聞くに、公国もそろそろだと聞いた」

「そうなのか?」


 隣に立つクラウスへ目を向ける。


「おう。そろそろだぜ。いいじゃねえか。収穫祭と武闘大会。同時開催で盛り上げようぜ。盛大な祭りになる」

「よおし。それじゃあ。どっちもどんな感じでやるか、相談させてくれ。メンバーを分けて、大会実行委員会を作ろう」

「分かった。落ち着いてからでいい」


 俺の提案にワギャンがそう言って片目を瞑った。

 

 ◇◇◇


 翌日――。

 昨日の場所で、フレイを待っている。

 今日は俺一人だ。タイタニアもずっと俺と一緒ってわけにもいかないからな。公国での仕事もあるわけだし。

 プレハブハウスで待つのはあれだったから、パイプ椅子に一人座りぼーっと前を眺めているってわけだ。

 我ながらかなり間抜けである。

 

 そうだ。

 タブレットを開き、メニューを上から下へとタップしていく。

 これこれ。あ、宝箱が無いな。

 プレハブハウスの中にあるから、大丈夫か。

 

「メガホンを持てば様になるんじゃねえか」


 屋外でパイプ椅子といえばメガホンだろ。


「メガホンとは、何かの魔術でございますか?」


 透き通った少女の声にびくうううっと肩を揺らす。

 聞いてた? 聞いてたの?

 憮然とタブレットを消し、顔をあげる。

 

「フレイなのか?」

「はい。フレイでございます。長らくお待たせし、申し訳ありません」


 片膝を立て、俺の前でかしづいていたのは薄紫の髪をした少女だった。

 それにしても、独特な声質だな。

 歌の上手い人がアカペラで歌う時のような声といえばいいのか、惹きつけられる魅力的な声だ。

 昨日会話をした感じから、少なくとも俺より年齢が上だと思っていたが……まさか二十歳にも満たないくらいの少女だったとは。

 いや、見た目で判断しちゃあダメだな。

 

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