第205話 すっぱーい
「約束の地全域は統治できない。手は三つある」
ガーゴイルは俺の言葉にじっと押し黙ったまま、微動だにしない。
対する俺は、彼を一瞥し再び口を開く。
「一つ目は強引かつ最短。だけど一番やりたくない。現在の魔族と人間の境界線を分断する方法」
物理的に行き来できなくしてしまえば、争いなぞ起きようはずもない。
しかし、この道は魔族の抱えている問題の解決にはあまり寄与しない案になる。
侵攻ルートを失った魔族は内紛をはじめるか、どうにかして侵攻ルートを探そうと竜人の領域にまで回り込んでくるかもしれない。
いや、回り込めるか分からないし、この世界は地平線の様子から球体だけど……一周回ってはい裏側からなんて簡単にはいかないだろう。
グバアじゃあるまいし。
「二つ目は、別の場所に移動すること。例えば大草原みたいな人の住んでいない場所とかに、だ」
この案は採用できない前提だ。
今住んでいる土地を捨てて別の場所に移動しろ、なんて受け入れられるはずがない。獣人みたいに故地を捨てる理由があれば別だけど。
魔族は自分の領域で問題なく暮らしていけている。更には人間の国相手に戦いを進めているのだから、逃避する理由がない。
まあ、これは一応ちゃんと幾つか考えているというとこを示すために過ぎない。
「三つ目。人間の国の有効支配領域を見極め、その他の地域を魔族が接収。人間と和睦する道。最も困難だが、人間と共存できる。その後についても、人間というカウンターがいるから(魔族は)おいそれと国力を落とせないだろう」
これが本命だ。
提案しておいてなんだが、自分でもおよそ実現不可能な案に思える。
魔族の感情を満たし、人間には感情的には我慢してもらうことになるけど、魔族に実損害はない。
それに魔族との戦いに苦戦し、押し込まれている人間の立場からすると、戦争が終わるメリットは計り知れないだろう。
人間にとってはそもそも使っていない、いや環境や魔物のため使うことができていない土地を明け渡すことに実害は全くない。
人間側も問題は感情面だな……感情ってのが一番難しいんだけど……。
人ってのは利と理だけじゃあ、動くことなんてできないもんだからな。
「あなた様は三つ目を望んでおられるのですね」
「正直、二つ目が俺としては一番だけどね」
「聖者様は感情の機微も考慮に入れておられる。超越者であるにも関わらず」
「すまないな」
「いえ。非常に好ましく思っております。超越者とは天災のようなもの。しかし、聖者様は全ての種族にとっての最善を模索されておられる。この地であなた様が心酔されておられるのも当然の帰結です」
「超越者は天災のようなもの」に吹きそうになった。
俺と同じことを思っている人がいたなんて、そうだよ。あいつらは天災以外の何者でもない。
超迷惑なんだよ。本人たちがまるで理解していないのもまた
おっと。
「それで、フレイ。協力してくれるか」
「もちろんでございます。あなた様が示してくださった魔族の生きる道。私の想定より遥かに困難を極めると思います」
「そうか、フレイの案は何だったんだ?」
「私は魔族の執着……いや、妄執を危険視しておりました。目標を持つのはいい。しかし、目標を達成した後がない。ですので道を示すことを模索しておりました」
「なるほどな。君は言っていたものな。目標を達成することに異論はないって」
「はい。ですが、私はあなた様の全ての種族へ憐憫を向ける崇高な在り方に感動いたしました」
「君のことだ。それだけじゃあないだろ」
「さすが聖者様。確かにそうです。あえて述べますと、『人間の勢力は魔族のために残した方が良い』ということに気が付かされました」
言い方はアレだが、まあ、理解はできる。
生きていくために完全なノーストレスだと、刺激がなく種族そのものの力が落ちてしまうと言う事なのだろう。
地球ならそれでいいかもしれない。だけど、ここは超シビアな環境を持つ異世界……。油断したらいつグサリとやられてしまうか分からないお恐ろしい世界なんだ……。
「まあ、理由は何であれ、協力してくれるならありがたい」
「フレイはあなた様と共に生き、あなた様のために死ぬと誓いを立てましょう。詳しい話は誓いの後に」
ガーゴイルは片膝を立てた姿勢で頭を下げる。
「誓い?」
「はい。魔族には『誓い』という風習がございます。明朝までお待ちいただけますでしょうか」
「分かった」
何かの儀式みたいなものだろうか。準備に時間がかかるらしい。
丁度いい。マルーブルクとリュティエに魔族フレイとの件と俺の意見を聞いてもらうとしよう。
「名残惜しくありますが、明朝、この場所で宜しいでしょうか」
「うん。明日の朝、ここに来る」
フレイとは明朝ここで会うことを約束し、この場は解散となった。
「ふう……」
プレハブ小屋の中で大きく息を吐く。
みかんに手を伸ばし、タイタニアに放り投げる。
自分もみかんの皮をむき、もしゃりと。
酸っぱい!
「おいしいね」
タイタニアが目を細める。
「ちょっと酸っぱいけど、まあ、うん」
「そう? 甘いよ」
え、ええ。
タイタニアの手元にあるみかん一粒を拝借。
「あまーい」
「うん」
「こっち食べてみて」
「酸っぱい……」
「だろ」
「うん」
なんてやりながら、みかんを完食した。
◇◇◇
「こと公国に関しては、不可能か可能かで言うと可能だね」
マルーブルクは紅茶を一口飲み、あっけらかんとのたまう。
戻ってから、いつもの集会所でみんなを集めて魔族の事情と俺の方針を説明したんだ。
みんな、俺の意見を真剣に聞いてくれて最初に口を開いたのがマルーブルクだった。
「そうか、何とかなりそうなのか」
「うん。だけど、ヨッシー。キミの覚悟が必要だよ」
「それって?」
「キミは公国全土にその名を轟かせることになるだろうね。もちろん、魔族からもだよ」
「そ、そうなっちゃうか……」
「キミが目立ちたくないってのはもう嫌というほど知っているさ。今ではボクもそれがキミの美徳であり、好ましいとは思っているよ」
「お、おう」
事もなげにできるとマルーブルクは言うが、きっとその道は困難を極めるに違いない。
彼の頭脳がどこまで見渡しているのか俺には分からないけど、いかな彼の智謀をもってしても簡単に、とはいかないだろう。
「全く……別の方法も考えてみるから、ほんとにキミは」
「え? あ、うん」
そういうつもりで腕を組んで唸っていたわけじゃあないんだけどな……。
俺には一体どうすりゃ事がうまく収まるのか分からなくて、考え込んでいただけだ。
「全くめんどくせえやつだな。やりたいならちゃっちゃとやりゃあいいんだよ」
ポテトチップスを貪り喰いながら、カラスが囀る。もちろん、食事は机の上である。
粉をまき散らし過ぎだろ……。ハトを見習え……無いな。あっちは床で食べているが、カラス以上に食べ方が汚い。
「とっととできないから相談しているんじゃないか」
「あれだろあれ。『藤島☆降臨☆』とかやりゃいいんだよ。どーんとど真ん中にお前の魔術を使ってだな。『俺様に従えくああああ』って言やあ終わるだろ」
「そ、それは絶対にやらん。やらんぞ」
「っち」
舌打ちしてんじゃねえよ!
想像できる中で最も酷いプランだ。よくそんなことをおくびもなく言えるよな。このクソカラスめ。
「いいんじゃねえか。かっけえ」
腹を抱えて笑うクラウス。
「無しだ。無しったら無だあああ」
「冗談だって。そう興奮すんなよ。兄ちゃん。興奮するのは女の前だけってな」
笑ってる。まだ笑っているぞ。クラウスさんよお。
も、もういい。カラスとクラウスは放置だ。放置。
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