第198話 新メニュー
翌朝――。
太陽が昇り始めたところで、フェリックスとジェレミーが我が拠点までやって来る。
二人に座ってもらっている間に眠気まなこでコーヒーを淹れ、ワギャンがテーブルまでそれを運んでくれた。
「遅くなり申し訳ありませんでした」
フェリックスとジェレミーが揃って深々と頭を下げる。
寝ていないのだろうか、二人の顔から疲労が見て取れた。
「それだけ真剣に議論してくれたんだよな。謝ることなんてないよ」
「痛み入ります」
ジェレミーが恐縮し、体を固くする。
「と、とにかく、座って、暖かいコーヒーを飲んで欲しい」
「はい」
なかなか座ろうとしない二人に「座って座って」と仕草でも示した。
ようやく座ってくれたところで、マルーブルクがパンが入ったバスケットを持って俺の隣に腰掛ける。
続いてワギャンが、ソーセージ、マーガリン、ミルクと砂糖のセットを乗せたお盆を運んできた。
彼はこの場には参加せず、上の階へと消えて行く。
「僕がいない方が話しやすいだろう」と気を使ってくれたわけだけど、居てくれた方が心強いのになあと内心思っている。
「苦いです……でも暖かい」
コーヒーを口につけたフェリックスが目を細める。
「ミルクと砂糖を入れれば飲みやすくなるよ」
「ありがとうございます」
フェリックスはマルーブルクの真似をして砂糖とミルクをコーヒーに入れた。
「ん、この食材はどこから来たのか不思議なのかい?」
ここに報告に来た緊張感とは別の意味で固まっていたジェレミーへ、マルーブルクが声をかける。
「ど、動転してしまい、申し訳ありません。フェリックス様をお守りする立場にありながら……」
「あはは。クラウスよりキミの方がよほど上品だよ。姉様はそんなこと気にしないさ」
コクコクとコーヒーカップを持ったまま頷きを返すフェリックス。
「この建物も食事も服さえも、全てヨッシーの魔力で編んでいるのさ」
「……ど、導師様の……魔力……全て……」
こともなげに語るマルーブルクに対し、ジェレミーは驚愕過ぎる事実へ絶句している。
ハウジングアプリでタップしただけなんだが、結果を見れば、まあ、驚くのも分かる。
俺も初めてハウジングアプリを使った時、びっくりしたもの。あの時はハウジングアプリより、謎の転移の方へ驚きが持っていかれていたけどさ。
おっと、俺のことを話に来たんじゃあないだろ。
フェリックスへ目を向けると、彼は神妙な顔で語り始めた。
「長い長い議論が夜通し行われました」
「うん」
「わたくしたちグラーフとその周辺地域……わたくしが管理する領土は全て、良辰様のご意見に甘えさせていただきたいです」
「分かった。どんと来いだ。任された」
ドンと胸を叩く。
気合を入れたというのに、フェリックスがぽおおっとしている。
だ、大丈夫かなと思ったが……ジェレミーは神妙な顔で頷いているから、彼がしっかりとサポートしてくれるに違いない。
「す、すいません。つい見惚れて」
ハッとしたようにフェリックスがぶるぶると首を左右に振り、手で自分の顔を扇ぐ。
俺のさっきの仕草のどこにカッコいい要素があったのか謎だが、突っ込むと藪蛇だからな……そっとしておこう。
「フェリックスの領土には公国まで繋がる街道とかはあるのかな?」
気持ちを切り替え、今回の作戦について語りはじめる俺である。
「あるにはありますが、良辰様の魔力で編まれた道に比べますと……」
「いや、大事なことは道が整備されているとかじゃあなく、公国とフェリックス領を繋ぐ入口を教えてもらいたいってことだよ」
「そういうことですか」
「うん」
サマルカンドはグラーフの街を中心としたフェリックス領を支援する。
となれば、サマルカンドが支援しているのだと示す意味も込めて境界線に我が道と監視塔を建築しようと思っているんだ。
悪く言えば単なる示威行為だが、エルンストもフェリックスに対して物流を餌に圧力をかけてきているのだから、どっちもどっちだろ?
あとは猛獣の侵入する経路も封鎖できれば良いな。
フェリックス領は勾配が多く、森林地帯、小川など自然が豊富だ。開拓されている地域に猛獣が侵入することも多々あるだろう。
柵やらで対策を取っているのならより良い。柵を我が土地と入れ替えればより安全に農作業ができるのだから。
「俺からまず支援したいことは、人の住む地域と農場の安全確保とフェリックス領外から来る者の監視だ」
「ありがとうございます!」
「これでエルンストが引いてくれればいいんだけどなあ……」
つい自分の心のうちを呟いてしまう。
それに反応したのがマルーブルクだった。
「そうだね。『導師ここにありと示す』ことで恐れをなすことを期待ってわけだね。キミらしい平和的な案だよ」
「マルーブルクは何でもお見通しってわけだな。その通りだよ」
「そうでもないさ。キミほどの深謀遠慮を持っているわけじゃあないさ」
俺は浅慮で有名なんだぞ(ふじちま自分調べ)。
全くもう……いや、マルーブルクの目から彼が本気で言っていると分かる。どこをどう考えたら、俺が聡明とかになるんだよ……。
ま、まあいい。天才の考えなんて、俺には推し量れない。
俺は俺にできることをやるだけだ。
「朝食を食べたら、すぐに案内して欲しい」
「はい!」
フェリックスは華が咲いたような笑顔を見せた。
◇◇◇
リーメイ達との時に使ったものと同じ型の幌付きの貨車をひまわり号で引いて、フェリックス領を回る。
案内役のフェリックスはひまわり号を運転する俺の後ろ。マルーブルク、ワギャン、ジェレミーは幌の中だ。
「もう少し進んだら右です」
「おっけ」
タブレットで土地を購入しながら、フェリックスの指示に従って進む。
リーメイ達の時にひまわり号を走らせつつ土地を購入することに慣れていたから、サクサク進めるぜ。
フェリックスは最初、ひまわり号におっかなびっくりだったけど、すぐに慣れてくれた。
俺にぴたーっと張り付かなくても、もう大丈夫だと思うんだけど。
「お、あれは?」
グラーフの街を出てすぐに農地が広がり、フェリックス領と外との出入り口を目指していたんだが、丸太で作った柵が目に留まる。
「防御柵です。猪や大型のトカゲがよく出るんです」
「そっか。あそこによってもいいかな?」
「もちろんです!」
フェリックスの了解を取ってから、柵を含む土地を購入。
相変わらずのスピードで、瞬きするより早く購入した土地が一瞬で更地に変わる。
ん、なんか石畳にするにもアスファルトにするにも味気ないな。
何かいいものが無いか、床材のリストを眺める。
お、おお。
メニューが増えている気がする。
お、こんなのもあるのか。
これにしよう。フェリックスがきっと喜んでくれる……と思う。
「き、綺麗です! こ、これは何という花なのでしょうか?」
「ネモフィラって花をイメージして魔力で編んだんだ。どうかな?」
一面の花畑って床材が幾つかあったんだよ。
花の名前なんて分からなかったけど、ネモフィラって花の色がフェリックスらしいなと。
星ににた大きな花びらは淡い空色で、外から中に向けてグラデーションになっている。
中央は白色になっていて、この色合いが何とも言えぬ美しさを演出していた。
こんな花が一面に敷き詰められているのだから、ずっと見つめていたくなってしまうほど素晴らしい景色なんだ。
「とても素敵です!」
「見た目はこれだけど、誰もここに入ることはできない。入ることができるのは俺たちだけだ」
花畑の道は、外敵の侵入を塞ぐためにプライベート設定にしている。
アクセス許可を出しているのはいつものメンバーに加え、フェリックスとジェレミーを追加した。
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