第197話 案をまとめようじゃないか
被ったことにフェリックスが喜色をあげ、マルーブルクはふうんと興味深げに呟く。
「姉様?」
「ごめんなさい、マルーブルク。良辰様とマルーブルクの意見が同じだったのが嬉しくて」
そこで言葉を切るフェリックスだったが、マルーブルクが何を言わんとしているか俺にも理解できた。
つまり、彼は俺とマルーブルクが何を言ったのか内容をほとんど理解してないってことだ。
彼に説明しようとしたところで、先にマルーブルクがフェリックスに解説をし始めた。
「あくまで一案として述べただけだからね。公国を捨て、ボクたちの元に来るかい? ってことだよ」
「それは……」
「姉様はともかく、領民には反対する者もいるんじゃないかい? そう簡単に行くもんじゃないよね」
そらそうだ。個人の引越しとはわけが違う。
「今日から別の国に領土ごと移動します」なんておいそれと出来ることじゃあない。公国にとっては領土を奪われる形になるわけだし。
ところが――。
「素敵です! 本当にわたくしたちが良辰様の庇護下に加わっても良いのですか?」
ぬお。
フェリックスが勢いよく立ち上がって、俺の右手を自分の両手で握りしめてきた。
「街の人とかは納得してくれるのか?」
「もちろんですわ! 疑う余地もなく」
「え、いや」
フェリックスがカリスマ領主だと言うことは、この前の彼の演説を見るに想像がつく。
だけど、ここまで大きな決定をさくっと彼の一存で決めることができるとは思えない。
「まあ、落ち着きなよ。姉様」
「は、はい?」
見かねたマルーブルクがフェリックスの肩に手を添え、彼を座らせた。
「フェリックスの気持ちは分かった」
「そ、そうなのですか……フェスは……」
ポッと頰を赤らめ両手を頰に添えるフェリックス。
なんか違うからそれ!
「姉様個人がヨッシーを大好きでたまらないことは分かったけど、ヨッシーが聞いているのは国のことだよ」
「そうだったのですね。グラーフとその周辺は元より公国への帰属意識が殆どありません」
お、元に戻った。
マルーブルクはフェリックスには何も返さず、俺の方へ目線を変える。
「ヨッシー、キミのことだ。言葉通りに『国替えしよう』と言ってるわけじゃあないよね?」
「まあ、そらそうだな。最終的に国替えまで持っていくにしてもいきなりは、無い」
「うん。サマルカンドにいるボクらも名目上、公国の民だからね」
「サマルカンドの取り扱いはどうなってるんだ?」
ふと疑問に思いマルーブルクに尋ねてみた。
「サマルカンドは導師の聖地として不可侵地域になっているよ。だから、ボクらサマルカンドの公国の民は、中央に税を払う必要がない」
「そのように公国と交渉したんだな。ありがとう、マルーブルク」
感謝の言葉を述べるとマルーブルクは首を横に振る。
「そもそも、大草原は公国領じゃあない。遠征に行っただけだもの」
「確かに」
「ゴブリンたちはそもそも公国の敵対勢力であり、彼らの土地は化外の地。元より公国は関与していないし、ゴブリンたちも同じ」
「グラーフだとそうはいかないか。半分以上は化外の地だとしても」
「そうだね。キミの現実的な案はどうなんだい?」
「やりようはあるかな……と思ってる」
「サマルカンドの住民は全てキミのためなら動く。そのことを忘れずにキミの案をまとめてね」
まとめてくれないのかあ。
うん、そうだよな。マルーブルクは俺のためにこうした問答を行なってくれているんだ。
自分なりの答えを俺が出せるように。
圧力自体はフェリックスと文官の皆さんに耐えてもらうしかないだろう。
だけど、エルンストが実力行使に至った場合の援助はサマルカンドでできる。
食糧、道具、家畜……足らない物資はサマルカンドかハウジングアプリで補えばいい。
ただ、ハウジングアプリによる直接的な食糧支援は控えた方がよいな。無限の食糧生産はグラーフの民の生産能力さえ奪ってしまう諸刃の剣だ。
飢餓に苦しむ状況にでもならない限りは控えたい。
よし、まとまったぞ。
「グラーフと周囲の農地を魔法の道で囲む。それで諦めてくれればいいけど」
「諦めない場合はどうするの?」
捕捉するような形でマルーブルクが口を挟む。
「対抗処置として『税の支払い停止』を宣言して欲しい。それでも引かない場合は、サマルカンドからグラーフへ支援を行う」
「うんうん。ちゃんとサマルカンドを頼りにしてくれたんだね。キミからその言葉が聞きたかった」
「そ、そうか……頼まれてくれるか?」
「もちろんだよ。ボクだけじゃあなく、住民はみんな喜ぶよ」
「ありがとう」
「キミには何かとやってもらってばかりだからね。住民はキミに何かやれないかとウズウズしているさ」
肩をすくめておどけてみせるマルーブルクに心の中で再度感謝の言葉を述べる。
もし援助をするとなったら、うまく行くように調整するのは彼だ。
「フェリックス。君が立ち上がるのならマルーブルクも俺も協力する」
「良辰様……」
フェリックスがコクリと頷き、目に力がこもる。
立ち上がった彼はトコトコと俺の元にまでゆっくり進み、その場で膝を落とした。続いて彼は俺の手を両手で掴み、潤んだ瞳で見上げてくる。
「グラーフに戻り、話をしてまいります。夜までには戻りますのでお待ちいただけませんか?」
「もちろんだ。じっくり議論をして欲しい。大きな決定だから、ね」
「はい! 良辰様、一つお願いが」
「おう?」
「ギュッとしてくれませんか……?」
フェリックスはそう言うや否や耳まで真っ赤にして顔を伏せる。
頑張れって勇気つけて欲しいんだよな。
うん。
立ち上がり、フェリックスを抱き寄せ背中に腕を回す。
「大丈夫、大丈夫」と念じながら。
背中を優しくさすると、フェリックスがほうと吐息を漏らし、俺の肩下辺りをギュッと掴む。
「ありがとうございます。行ってまいります」
「おう!」
笑顔で頷き合い、ハイタッチをしようと右手をあげたらフェリックスの反応が返ってこなかった……。ちょっと寂しい。
ま、まあ習慣はそれぞれ違うから。仕方ない。
フェリックスを見送った後、入れ替わるようにワギャンとハトがやって来る。
「戻った」
「お帰り。ワギャン」
「周囲も特に目立った動きはなかった。僕の姿を見て眉をひそめるような住民もいなかったな」
「街の中まで行ってきてくれたのか?」
「ハトが休みたい様子だったからな。少しだけ羽休めをしただけだ」
「そっか。ありがとう。夕飯にしようか」
「分かった」
ワギャンがここにいなかったのは、街と周囲の様子を見に行ってもらっていたからだ。
猛獣の群れとかいたら大惨事だし、この世界はいつ何時、常識外の災害が起こってもおかしくないから、な。
フェリックスの心配事が何か分からなかったし、念のためにってね。
『パネエッス。良辰。餌っす!』
「はいはい」
よちよちと中に入ってきた途端にこれだよ。さすがハト。ブレない。
だけど、今回ばかりはハトにたらふく餌をあげようじゃないか。
しっかり仕事をしてきてくれたんだからな。サマルカンドからここまでワギャンを運び、その後も休みなく街の周囲を飛んでくれたんだもの。
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