第199話 戻るなり、パネエ
マルーブルクらも貨車から降りてきて、しばらくの間みんなで花畑を眺めた。
これはよいなあ。他にも花畑の種類があるから、サマルカンドでも設置してみよう。土台付属の植物って、花が咲いた状態で固定されるんだろうか?
自分で出しておいてあれだが、すぐに枯れてしまうのも勿体ない。
いや、花は枯れるから儚くて綺麗なのだということにも一理あるな。
どちらになったとしても、悪くない。
うんうん。
「ふじちま。花が好きなのか?」
一方で花に見惚れていた俺は反応が少し遅れてしまう。
「うん。嫌いじゃないよ」
「そうか。なら、お前に案内したいところがある。落ち着いてからでいい」
「ありがとう。楽しみにしておくよ!」
どんなところに連れて行ってくれるんだろう。
そう言えば、異世界に来て以来ピクニックなんて行った記憶がない。広義の意味では俺ってずっと自分の敷地の中にいるんだよなあ。
ワギャンと会話をすることもできなくなるから、今さら外に出るつもりなんてないけどね。
それを差し引きしても、純粋に景色を楽しむ為に出かけるってことは初めてだし、とても楽しみだよ。
結局、その場でお茶をしてからフェリックス領の境界線まで足を運ぶ。
ここは
崖に沿うようにして簡易的な掘っ建て小屋があり、小屋の外に兵士が二人立っている。
彼らはフェリックスを見るとガチガチになって敬礼し、フェリックスの挨拶に対し緊張からか叫ぶように返礼していた。
「この小屋の先に関所を作ろうか」
「そうだね」
マルーブルクと相談しながら、フェリックスの了解を取り土地を購入していく。
左右の崖を真っ直ぐに繋ぐよう敷地にして、中央の二メートルだけパブリック設定にする。入り口が広めなのは、馬車なんかが余裕を持って通れるようにするためだ。
中央には扉や柵ではなく、サマルカンドにあるゲートと同じものを設置した。
フェリックスらに関所の説明を行い、次の拠点に向かう。
関所を設置する場所は残り四ヶ所あって、この分だと日が落ちるまでに終わらせることができそうだな。
その日の晩、無事に全ての関所の設置、柵の入れ替えが完了した俺たちは拠点の塔に戻る。
「本当にありがとうございました!」
「これで(エルンストが)ギョッとして手を出してくるのをやめてくれたらいいんだけど……」
ぺこりと頭を下げるフェリックスへ言葉を返す。
万が一の安全対策を取るには取った。これで解決してくれることを願おう。
「何が起ころうとも、ふじちまがいる。大丈夫だ」
ワギャンが朗らかに笑い、尻尾をパタパタさせた。
彼のいい笑顔より尻尾をパタパタさせる方に目がいって仕方がないのだが。
ハッハしながら、俺の元にかけてきたかつての飼い犬よ。今も元気にやっているのだろうか?
こんなことなら、もっとモフモフしておけばよかった。
飼い犬のソウシは実家にいるしなあ。そんな事を言い始めたらキリがない。両親にも会っておきたかったし……あああ、暗くなるな、俺。
「姉様。サマルカンドはちゃんとサポートするから安心してくれてよいよ」
「ありがとうございます。ワギャン様、マルーブルク」
マルーブルクの安心させるような柔らかい口調にフェリックスもまた笑顔を見せ、この場は解散となる。
◇◇◇
翌日、サマルカンドに戻るなりマルーブルクはすぐに動き始める。
彼はゴブリンタウンから先に戻っていたフレデリックと何やらヒソヒソ喋りながら、自分の邸宅へと向かって行った。
一人残された俺は自宅までひまわり号を走らせる。
ワギャン? 彼はハトに乗り空の上だ。
ひょっとしたら先に我が家に到着しているかもしれない。……ハトが餌を欲しがっていたから、速度がいつにも増して速いかもしれん。
食い意地こそ、ハトの原動力なのだ。
そうそう、グラーフで使用した貨車は置いてきた。ひまわり号の後部座席で事足りるなら、邪魔になるだけだからさ。
サマルカンドにも貨車はあるし。台数が足らなきゃ、また注文すりゃいい。
「おかえり! フジィ!」
「ただいまー。うおっ」
ガチャリと扉を開けるなり、タイタニアが俺の胸に飛び込んできた。
勢いが強すぎて転びそうになる。タックルしてるんじゃないんだから……。もうちょっとこう、優しく、な。
あ、もうバランスが、む、り。
ドシャーン。
派手な音を立て真後ろにひっくり返ってしまった。
まさかそれくらいで転ぶわけないと思うだろう。それくらいじゃない威力だったからだ。
「ご、ごめんね。嬉しくてつい」
「俺が頼りないだけだ。心配させてしまったんだな……」
「そんなことないよ!」
俺を押し倒したタイタニアは、ぶんぶんと左右に首を振る。
彼女は俺の腰の少し上あたりにまたがり、俺の胸に両手を置いていた。
こいつは誰かに見られたら、よろしくない事を想像され……。
「お邪魔鳥は消えるとするか。くああ」
タイタニアの背中からよちよちと登ってきたカラスが彼女の肩の上で囀る。
「お約束だな、芸がないぞ」
「言うようになったじゃねえか」
「痛っ!」
「首尾良く行ったようだな」
俺の首を突っついたカラスはひょいっとタイタニアの肩の上に戻った。
「夜までまだ時間がある。向こうで何があったのか説明するよ」
「夜はお楽しみってわけだな」
「そうだな、集会所でみんなと意見交換するからな」
「くああ!」
愉快そうに首を上にあげ、鳴き声を出すカラス。一方でタイタニアはキョトンと首を傾げるばかり。
『パネエッス!』
びくうってした。むっさ、びくうってした!
まだ仰向けに倒れ込んでいるんだから、後ろなんて全く見えないんだよ。
そこに、後ろから突然大声なんて誰かが出すもんだから。
誰かってもう考えるまでもなく、ハトなんだけどな。
「ハトさんおかえり。ワギャンは?」
『すぐ来るっす! リュティエのところに行ってから戻るって言ってたっす』
「ご飯だよね?」
『そうっす! 餌っす! 餌っす!』
バサバサ―っとその場で翼を震わし、餌くれアピールをするハト。
タイタニアはにへえっとした笑顔を浮かべ、立ち上がる。
「準備するね」
『餌っす! 餌っす!』
「はーい」
す、すげえ。ハトの食欲じゃあなくて、タイタニアの対応力に驚いた。
嫌な顔をするどころか、あんなに嬉しそうに。
そういやカラスもタイタニアに懐いていたよな。彼女は動物の世話をするのが好きなのかもしれないな。
「痛っ!」
「いつまで寝てんだ。そろそろ起きろ」
「へいへい」
カラスに突かれ、頭をさすりつつ立ち上がる俺であった。
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