第189話 祈り?毎日捧げているごぶ

「御託はいいから、とっとと脱げ」

「分かった。分かってるから引っ張るな」


 これでも大事にしてるんだぞ。このジャージ。

 ……予備を含め全部同じ柄だからどれがどれかなんて区別はつかないけど。


 上着を脱いで、あ、今回は柱さえない。

 チラチラ左右を見渡していると、タイタニアと目が合う。

 こてんと小首をかしげる彼女に対し、俺も可愛らしくこてんとしてみた。

 我ながらかなり気持ち悪い構図になったな……と後悔していると、ひまわり号が目に移る。

 あ、そっか。

 ひまわり号の座席にジャージを被せて、祭壇としよう。

 ひまわり号を祭壇にすりゃ、移動式祭壇になるじゃないか!

 最初からこうしておけば……。

 ところが、俺の肩にとまるカラスがパカンと嘴を開き、


「祭壇にしたら場所を固定しろ。動かないように注意を払えよ」


 無情な一言をのたまった。


「動くとどうなるの?」

「聞きたいのか? いいんだな、聞いても」

「い、いや、やめとく」

「つまらん……」


 え、そこ、何で舌打ちしてんの?

 いや、カラスが舌打ちなんてできないから仕草だけだけど。

 分かった。勿体つけた態度で俺を……痛っ。


「はやく動かすなら動かせ」

「へいへい」


 ハンドルを握ってひまわり号の位置を調整し、しっかりと停車させる。

 よし、これでいいか。


「ジャージはこんなもんでいいか?」

「おう。その黄色いのだけでもいいんじゃねえかと思うが、お前の美観や拘りにどうこう言うつもりはねえ」

「え?」

「まあ、自称人間とカラスだからな。そこは仕方ねえ」

「ちょ、ちょっと」

「じゃあ、祭壇を移動させるぞ」

「あ、うん」


 ジャージは要らなかった?

 竜人の領域でひまわり号を出して以来ずっと乗り回しているけど、既に俺の所縁のモノとして認識されてるってことか。


「フジィ、ゴブリンさんたちが来たよ」

「うん。うはあ」


 お願いした通りに、ゴ・ザーはゴブリン達を集め祈りに来てくれた。

 だ、だけど、何なのあの格好……。

 きっと公国から譲り受けたんだろうけど、草の茎で編んだ月桂樹の冠みたいなのに、小麦の穂を左右に二本挿した謎のサークレットみてえなのを全員が被っている。

 ゴ・ザーら幹部は薄汚れた布を纏い神官ぽさを演出していた。いや、マジでやってんだよこれ。

 ん、何だろう。低い声というか音? が鳴っているような。


「何か聞こえないか?」

「ゴブリン達だな。一心不乱に小声でぶつぶつと呟いている」


 俺の疑問にワギャンが答えてくれた。

 何と言ってるかって?

 ゴブリン達との距離が近づき俺にも聞こえて来たよ。


『小麦に』

『小麦に』

『小麦に』


 怖すぎる。

 だ、だが、これは彼らの風習なのだ。戦いをやめ平和的に暮らすと決めたゴブリンらの儀式をやめさせるつもりなんてない。

 で、でも……うわあって思うことくらいは許してくれ。


「祭壇はこの黄色ごぶ? 強そうな獣ごぶ」

「あ、うん」


 ゴブリン達の様子に圧倒されていたら、ゴ・ザーが目の前まで来ていた。

 我に返った俺は彼の質問へ頷きを返す。


 すると、驚きでひっくり返りそうになる光景が目に映る。

 ゴ・ザーが鬼気迫る真剣な様子でカッと目を見開き、体にまとった布を両手で掴む。そのまま両手を頭の上に掲げ、左右に力一杯振り回す。

 彼の動きに呼応し、布をまとっている幹部ゴブリン達も同じように布を左右に振り回した。目が血走っていて怖い。


『小麦に栄光を!』


 全員がそう吠えた。

 一般ゴブリン達は、両膝を落とし、上げる動作を繰り返す。まるでリズムをとるかのようだ。

 次に両手を腰に当てお尻をフリフリ、リズミカルに振り始めた。


 な、何じゃこれ……。

 ゴブリンの祈りは俺にゃあ理解できねえよ。

 死んだ魚のような目でゴブリン達を眺めることしかできねえ。


「こんなに一生懸命に、みんなで祈りを捧げるなんて……信じられないわ」


 タイタニアが呆然とそんなことを呟いた。


「確かに、当初ゴブリン達はまるで統制が取れていなくてバラバラだったよな」

「うん。フジィが来て、こんなにも変わったんだね」

「そ、そうだな」

「ごめんね。悲しいわけじゃないの」


 タイタニアは複雑な顔でうつむいてしまう。だけどすぐに彼女は顔をあげ、はにかむ。

 彼女だけじゃなく公国の人達は、みんなゴブリン達と泥沼の戦いを繰り返していた。

 獣人と公国の間にあったお互いへの敵愾心など、公国とゴブリンに比べれば吹けば飛ぶほどだ。

 長い歴史の中で公国はゴブリンを殲滅すべく活動してきた。

 進化する前のゴブリンは害獣と言っても差し支えないモンスターだったのもなあ。


「ゴブリンの祈りの儀式に僕だと理解が及ばない。だが、彼らの想いは本物だ」


 タイタニアと俺の間に流れた微妙な空気を切り裂くように、ワギャンが呟きを漏らす。


「形式なぞ飾りだ。本質じゃあねえ」


 珍しくカラスも面倒くさそうに囀った。


『小麦に栄光を!』


 口々に祈りの言葉を絶叫し、彼らの儀式は終わる。

 間髪入れずゴブリン達は、ゴ・ザーを先頭にして、祭壇へ供物を捧げ始めた。

 彼らはちゃんと整列して自分の順番を待っている。私語も無く、真剣な面持ちで、だ。


 正直、変な儀式だと思っていた。馬鹿にする気などさらさらなかったけど……彼らの真剣さに真摯に向き合っていなかったなと思う。

 ごめんな、ゴブリン達。

 反省しなきゃ。形なぞ関係ない。本質が大事……か。

 カラスのやつ、流石だな。

 口は悪いが、何のかんの言ってこいつは賢者なんだと思わされる。

 

 ――グオオオオオオオ。

 その時、耳をつんざくような怒声が聞こえて来て、びくうっとなった。

 何が起こったんだ一体?

 

 音のした方へ目をやると、すぐに何が起こっているのか分かる。

 人間より身長が高い筋骨隆々のゴブリンが先頭に立ち、左右にガーゴイルを従えていた。

 その後ろに続くのは、通常のゴブリンよりは背丈が高いゴブリン達。


「あの先頭にいる大きなゴブリン。フレデリックから聞いたゴブリンと特徴が似ているな」

「ブルーホーンだったか?」

「そうそう。そんな風に言っていた。名有とも言っていたな」


 先ほどから続く怒声は奴らが発していたのだろう。

 クラウス……。

 任せろと言われたけど、やっぱりいざ目の前にゴブリン達が攻めて来たら気にしないってのが無理ってもんだよ。

 

 彼の姿を探すとすぐに見つかった。

 彼は門から十メートルほど前に出て、じっと戦況を眺めている。


 クラウスが一瞬こちらを向き、ニヤリと微笑んだ気がした。

 次の瞬間、彼は右腕を大きく上げ声を張り上げる。

 

「行け!」


 彼の腕の動きに合わせ、右隣りにいた兵士が大きな赤い旗を振った。

 

 右手だ。

 右手の丘の傾斜から二十人ほどの兵士が出て来た!

 彼らは出て来るなり、一斉に弓を構えると走るゴブリン達に向け矢を放つ。

 

 ――ヒューン。

 風を切り裂く音がして、何体かのゴブリン達が悲鳴をあげ倒れ伏す。

 

「フジィ」

「うん、分かっている」


 タイタニアが俺の手をギュッと握り、縋りつくような目で俺を見上げて来る。

 彼女の肩が震えているのが見て取れた。

 彼女だって、クラウス達に加勢したいのだろう。だけど、俺と儀式を見守ると約束した。

 だから、行けない。

 「俺達は俺達のすべきことをしろ」と言ったクラウス。

 彼の言葉をないがしろにはしないさ。

 

「待つ。きっと、俺の魔術は復活する」

「うん!」


 タイタニアはにいいっと微笑み、俺を握った手を離しグッと両手を胸の前で握る。

 

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