第190話 説得なら探偵の俺に任せろ
一方で祭壇では、ゴ・ザーら幹部の祈りが終わり、続々と一般ゴブリン達が後に続いて祈りを捧げている。
「ありがとう」と彼らに感謝を捧げつつ、タブレットを出し画面を食い入るように見つめる俺。
『アップデート中。65530/65536』
あと少しだ。
クラウス達の方は見ない。
タブレットの画面から目を離さず、待つ。
タイタニアが俺の二の腕辺りに手を添え、「わたしもここにいるよ」と主張しているかのようだ。
手の平から伝わる彼女の体温が俺の気持ちをこの場に留めてくれる。
ワギャンが俺を挟んで反対側に立ち、耳を伏せ静かに状況を見守っていた。
だけど、横目に映る彼の尻尾がピンと伸びたままの様子から彼の緊張感が見て取れる。
まあ、こんな時でもいつもの調子なのは、カラスとハトくらいのものだ。
ハトは手持ち無沙汰なのか、「くるっぽー」とよちよち同じところをぐるぐる歩いている。
カラスは「くああ」とあくびまでする始末だ。
あと一分かそこらで、アップデートが完了する。
焦るな。きっと、大丈夫。
そう自分に言い聞かせた時、タイタニアの手に力がこもった。
こいつはクラウス達の方で何かあったな……。彼女はクラウス達の方も見ているから。
『アップデートが完了しました。アップデート内容――』
よおっし。
アップデート内容には目もくれず、クラウス達が戦っている方へ目を向ける。
青いゴブリンは未だ健在。奴に率いられたゴブリンらは矢で半数ほどが倒れながらも、いつのまにか集合していた公国の兵士と今にもぶつかりそうな状態だった。
クラウスが兵士達に指示を出す。
兵士達が一斉に槍を構え――。
そうはいかねえ。
このまま衝突すると、下手すりゃ死人が出る。
まさにぶつかろうとした瞬間。
ゴブリン達が反対側に跳ね飛ばされ、地面に転がる。
「フジィ!」
「ふじちま!」
左右からタイタニアとワギャンの驚いた声。
「みんなの力で、戻ったよ。魔術が使える!」
タイタニア、続いてワギャンに目配せし互いに頷き合う。
一方で、地面に転がったゴブリン達はすぐに立ち上がり、再び公国の兵士達に向かうが、進むことができない。
見えない壁は絶対安全。何が来ようが揺らがない。何者をも通さないんだ。
「行こう」
「うん!」
「だな」
二人といつのまにか頭の上に乗っかったカラスと共に真っ直ぐクラウスの元へ向かう。
間に道が無かったので、門から土地を購入しながら。
途中、正面から進むのを諦めた青いゴブリン達がまわり込もうとしたところで左右の道を塞ぐ。
彼らに残された道は後ろだけだ。
「全く……任せろっつっただろ」
クラウスが呆れたように腕を組み苦笑する。
「しかしだな」
「分かってるって。あんがとよ。兄ちゃん」
クラウスにポンと肩を叩かれ、背中をばしばしと。
「ははは」
どう言葉を返していいか悩んだ俺は、乾いた笑い声を出すことしかできない。
てへへと頭をかいていると、再び腕を組んだクラウスがまだ諦めていない様子の青いゴブリンらの方へ顎を向ける。
「あいつらはどうすんだ?」
「んー、丁重にお帰りいただきたいけど……」
どうしたものか……と首をひねりクラウスと顔を見合わせた。
しかしその時、待ちきれなくなったのか兵士の一人から歓声があがる。
「導師様!」
その一人をきっかけに、他の兵士達も一斉に「うおおお」と勇壮な声を発する。
「導師様に栄光あれ!」
「サマルカンド万歳!」
「やったぜ!」
そ、その導師設定はやっぱりまだ生きているのね。なんだかむず痒い。
「クラウス、あの青い色のゴブリンがリーダーかな?」
俺が喋り出すとピターッと歓声が止む。く、訓練され過ぎだろ……。
「多分な。どうするか決めたのか?」
戸惑う俺とは違い、クラウスは歓声なぞ気にした様子もなく片手で無精髭を触っている。
「まだどうしたらいいか分からない。青いのと一度話をしてみるよ」
「そうか。なら俺も行く」
「助かる」
道を繋げ、クラウスだけじゃなくタイタニアとワギャンも連れて見えない壁に激突を繰り返している青いゴブリンの元へ出向く。
青いゴブリンの前に立ち、諭すように奴に声をかけた。
「もう諦めたらどうだ? 追撃もしない。住処に帰ってくれないか?」
俺の言葉に対し青いゴブリンはピタリと壁にぶち当たる動きを止め、キッと俺を睨みつける。
「お前か! この不可思議な壁を作ったのは」
「そうだな」
俺の返答に対し、青いゴブリンが忌々しげに歯を鳴らす。
一方で彼の脇に控えるガーゴイル二体が、首をこちらに向け動きを止めた。
ガーゴイルって確か操り人形なのだっけ?
あの姿勢で固まったらなかなかに不気味だ。中の人は俺と青いゴブリンの会話に聞き耳をたてることに集中しよう、ということかもしれないけど。
「これでは戦えぬではないか! 俺は戦いたいだけなのだ!」
「それだけでここまで来たのか?」
物凄い迷惑な話だ。
小麦教と違って、青いゴブリンの部族は戦闘民族なのか?
闘争しか求めないのなら、どの勢力とも相容れないぞ。行く先は滅びの道。
彼にはそれが分かっているのだろうか?
いや、それこそが望みなのかも?
「ゴ・ローの奴はゴ・ザーより俺が優れていることを見せてやるとか言っていたが、俺はそうではない」
「もう一体リーダーがいるのか?」
「俺とゴ・ロー、ゴ・ザーはそれぞれゴブリンを率いているのだ」
「ゴ・ローって奴はどこに?」
「知らん。興味もない」
「もうここで戦うことはできないだろ? 壁に阻まれてさ」
「ぐうう。俺は、熱くなる闘争がしたいのだ!望みはそれだけだ!」
襲撃と闘争は違うと思うのだ。集団でわざわざ殺し合いなんてする必要がないだろうに。
壁に阻まれて自分の個人的なバトルが満たせないで憤るとは……こいつ、一体何を考えているんだ?
「部族の他の人はどうなんだ?」
「こいつらは俺の望みを叶えるために協力してくれたに過ぎん。俺が強者と戦うために、な」
青いゴブリンは意外にも族長として好かれているらしい。
こいつの個人的な望みに命をかけてくれるのだから。
「決闘したいだけなのか? それなら他にやりようがあるだろうに」
「他のやり方……だ、と」
寝耳に水といった様子で目をこれでもかと見開く青いゴブリン。
まさか、他の可能性を全く考慮していなかったのか?
こ、こいつもやっぱりゴブリンだな……。
どこかしらぽっかりと仮定と想像力が欠如しているんだ。決闘をしたいから戦争を仕掛ける? 意味が分からない。
「一対一の決闘がしたいのだろ?」
確認するように問いかけると、奴は食い入るように絶叫する。
「そうだ! それこそ我が望み」
「だったら、ルールを決めてどこかで闘技大会でもやりゃいいじゃないか」
「なんだ……それは……」
そうだな。パッと思いつくところで――。
「強い者と戦いたい人を津々浦々から募る。集まった戦闘自慢が勝ち抜き戦で戦っていって、一番強い者を決める」
「す、素晴らしい! お、お前、さては……」
「俺は藤島良辰。たん……」
言い切る前に青いゴブリンが口を挟む。
「キョウシュだな! お前が真のキョウシュだったのか!」
うわあ。
恨み浸透の目線がキラキラとしたものに変わってるー。
「キョウシュって奴はそこのガーゴイルじゃないのか?」
矛先を逸らそうとしたが、青いゴブリンはあろうことかガーゴイルを蹴りつけるような仕草をしたじゃねえか。
ここで本当に蹴飛ばさなかったのは、彼なりの敬意がガーゴイルにあったからだろうか。
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