第188話 ごぶ……

「ゴ・ザー。さっそくだが、一つ頼みがある」


 気を取り直して話を元に戻す。

 すると、何故か俺の言葉に少したじろくゴ・ザー。そんなに構えなくていいのに。

 横にいる毒々しいのが両腕で自分の体を抱くようにしているし……怖さか不安からの仕草だろうけど、正直こっちに怖気が走る。

 うわちゃー。目が合ってしまった。


「ど、どうしてもごぶ?」

「無理にとは言わないよ。できれば協力して欲しい」


 まだ頼み事の内容を説明していないのに、こいつらの動揺は何なんだ?


「い、いくらキョウシュの頼みでも、ゴ・プーを差し出すのは……」

「ひ、一晩だけなら、キョウシュには大恩があるごぷー。ゴ・ザー?」

「い、いや。お前がよくてもごぶが……」


 だあああ。待てや!

 お前らにとって頼み事ってそれ以外にない感じなのかよ。

 要らん、絶対に要らんからな。

 そもそも、人を物のように扱うなんてもってのほかだ。

 人間じゃなくてゴブリンだって ?そんなものは俺にとって些細な問題だよ。

 人間と同じような知性があり、自己意識がある生き物を物のように扱うなんて断固反対。

 といっても、俺個人の気持ちだから、もしこの世界に人身売買があったとしても、それを全て無くしてやろうなんて気概はない……。俺はこの世界の支配者になる気なんてないからな。

 俺は俺の見える範囲で、できる範囲で自分の倫理感というエゴを振りかざすことしかしない、いや、出来ない。


 って、盛り上がり過ぎだろ。なんか時代劇のシーンみたいになってきてんぞ。


「俺の頼みとは、それとは全く違う。まずは聞いてくれるか?」

「え? どういうことごぶ?」


 こっちが「どういうことなんだ」って突っ込みたいわ!

 はあはあ。つ、疲れる。


「ここに祭壇を作るから、キョウシュへの祈りを捧げて欲しいんだ。その際に何でもいいから何か供物を用意してもらいたい」

「そんなことごぶか。毎日、朝日が昇る前と日が落ちる時に、崇めているごぶ」


 え……。


「キョウシュとは小麦の恵みをもたらし、小麦の象徴、豊穣の現世に舞い降りた顕現者ごぶ」

「そ、そうか……」


 絶句した。

 しかし、これ以上、この件には触れたくないので、見て見ぬ振りを決め込むことにする。


「キョウシュ、供物とは何こぷー?」

「何でもいいんだ。例えば、髪の毛とか手ぬぐいとか、ちょっとした物で」

「分かったこぷー」


 ずずいっとにじり寄って尋ねてきたこぷーに後ずさる俺である。


「全員呼んでくるごぶ。祭壇はここでいいのか?」

「そうだな、クラウス」

「別にここで構わないぜ。いや、むしろ、ここにしてくれ。面白そうだしな」


 ニヒヒと両手を頭の後ろにやって愉快そうなクラウス。


「じゃあ、準備してここに来てくれるか?」

「任せろごぶ」

 

 あ。

 ここじゃあまずい。

 

「ちょっと待って」

「いや、いいぜ。ここでな。構わないって言っただろ? 兄ちゃん」

「いやしかし」


 ここでやるとなると、少なくとも門のところはプライベート設定にできないじゃないか。

 やるなら反対側の例の三人がいたところの方が安全だろうに。

 

「おー。そう言う事か。だいたい分かったぜ。兄ちゃんの状況が」

「説明してなかったっけ?」


 あれえ、言ってたつもりが抜けていたかな。

 自分の事にいっぱいいっぱいで……「すまん。クラウス」と心の中で謝罪する。


「要は既存のモノについては、いじることができるってことだろ? 俺たち以外に入れなくするとかそんなところか?」

「その通りだ。だから反対側の方がいい」

「必要ねえって。誰でも入れるようにしたまんまでもいいぜ」


 そんないい笑顔を見せられても。より安全な方がいいに決まってるだろ。

 プライベート設定にしてしまえば、外敵が侵入できなくなるってのに。


「大丈夫だって。万が一の時は敷地の中に入りゃあいいんだろ?」

「それだと、外敵が敷地を踏み越えて中に入って来てしまう」

「兄ちゃん」


 クラウスがちっちっちと首を振り、俺の肩に片手を乗せる。


「ん?」

「こういうことはこっぱずかしいから一度しか言わねえぜ」

「お、おう」

「兄ちゃんが俺達に任せてくれた。だから、ここに来た」

「確かに、そうだな」


 マルーブルクからフレデリックからゴブリンの襲撃は聞いた。

 何もできない俺は、彼らの報告を受けるだけで……。

 肝心な時に使えないハウジングアプリに歯がゆい思いをしていんだ。

 でも、俺にできることをしようと思ってグラーフに行き、そしてここにいる。

 

「マルーブルク様はもちろん、フレデリックだって、もちろん俺も外敵を打ち払うつもりでここに来ているんだぜ」

「し、しかし」

「何言ってんだよ。俺は嬉しかったんだ。お前さんが俺達を頼ってくれてよ」

「え?」

「超然とした何でも一人でやっちまうお前さんに俺個人としては、何か俺もやらねえとって思ってたんだ。そこにお前さん自ら俺を頼ってくれた」

「う、うん」

「だからな。任せてくれよ。な、兄ちゃん! せっかく頼ってくれたんだ。お前さんは見ているだけでいい」


 ニカッと人好きする笑みを浮かべたクラウスは、ポンと俺の肩を二度軽く叩く。

 く、悔しいがカッコいい。


「怪我をしたら必ず治療する。そして、絶対に」

「おっと。その先は言っちゃあならねえ。分かってるさ。兄ちゃんにとって何が一番禁忌かってことくらはな」

「分かった。俺は俺のできることをする。任せたぞ。クラウス」

「おうよ。任せられたぜ! フレデリックにも後から言ってやってくれよな」

「フレデリックさんも来ているのか?」

「お? サマルカンドで兄ちゃんと会ったって聞いたが」

「うん。その通りだけど、フレデリックさんの姿が見えないし……」

「ははは。そう言うことか。すぐに分かる」


 クルリと踵を返したクラウスは、気だるげな雰囲気で腰の剣を引き抜いた。

 

「さあ、兄ちゃんも見てることだし。しっかりやろうぜ!」


 激励を受けた兵士は、「応」と歓声をあげる。

 いつの間にか数十人が集まってきているじゃあないか。

 

「状況はどうだ?」

「フレデリック様が奮闘され、予想通りの動きをしています」

「分かった。各自、各々の部隊へ『備えよ』と伝令。作戦『ふじちま』で」

「了解いたしました!」


 兵士達は一斉に敬礼を行い……って俺の方に向けてかよ。

 兵士達はこの近くに控えているのかな。周囲は確かに木々や背の高い草といった遮蔽物はある。傾斜もあるな。

 例えば、右手の丘の斜面に兵士を潜ませておけば、ここからは見えない。

 

「おい。藤島」

「痛っ!」


 俺の名を呼んだカラスが頭の上に乗っかり、例のごとく突っつく。


「ぼけーっとしてんじゃねえ。祭壇を作るんだろうが」

「そ、そうだった」


 クラウスらに注目している場合じゃない。ゴ・ザーらが戻って来るまでに準備を済ませないと。

 ありがとうな。カラス。

  

「フジィ。もしもの時はわたしが絶対にあなたを護るから!」

「僕が言いたいことを先に言われてしまったな」

『パネエッス!』


 タイタニアが両手で俺の手を握りしめ、ワギャンがグッと拳を突き出している。

 ハトはいつものハトだ。

 

 あれ、ワギャンとハトってさっきまでいなかったよな。

  

「いつここに到着したんだ?」

「さっきだ。お前がクラウスと話をする前くらいか」

「すまん。気が付かなかった」

「気にするな。間に合ったから良しだ」

 

 ワギャンと目を合わせ笑い合う。

 よおっし、やるぞ。

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