第187話 いつもの三人
朝日が昇る前にログハウスから出立し、昼前にはゴブリンの集落が見えてきた。
ここには集落のエリアを我が土地で囲って以来、来ていない。
一体どんな感じになっているのだろうと、少しワクワクしながらひまわり号を走らせる。
近づいて来る景色に、自分が置かれた状況も忘れてしまいそうになってしまったことは秘密だ。
お、門のところに誰かいるな。数は……たぶん三。
ゴブリンなのかどうかまではまだ分からない。
「あ、クラウスさんところの兵士さん!」
ところがタイタニアにはもう既に誰がいるのかまで見えていたようだ。
「ほほう」
彼女は後部座席から体を乗り出すようにして、俺の肩に片手を乗せ、もう一方の手で前方を指差す。
俺にはまだ顔まで確認できないけど、ようやく俺の目にもゴブリンじゃあなくて人間なんだなと分かるくらいの距離だった。
クラウスの部下といえば、やはりあの三人一組なのだろうか?
お、見えて来た見えてきた。門の左右と中央に兵士が三人、立っている姿を確認できた。
よっし、門の前まで到着だ。
ひまわり号のエンジンを止める。
「ふじちま様、ご到着したしやしたー」
「喜んでー」
「ここはゴブリンの村『フラワータウン』だぜ。ゆっくりしていってくれよな」
着くなり三人が相変わらずの連携で声をかけてくるが、三人目のセリフが唐突だな……。
無理に三人で繋げなくてもいいと思うんだけど。
「戦況はどうだ?」
「門と反対側でクラウスの旦那が詰めてやす」
「そっちから攻めて来そうなんだな?」
「へい」
「手短に説明してもらっていいかな?」
「もちろんでさあ」
問いかけているのはもちろん俺なんだが、応じているのは一言ごとに別の者だと言う。
何やら彼らの中で喋るルールでもあるのか、少し気になる。
ゴブリンの集落……いや村はフラワータウンという名前がいつの間にかついていた。ゴブリンタウンとかにでもするのかと思ったが、意外にも花とは。
ん? 待てよ。
フラワーってアレだろ、あいつらのことだから小麦の意味で使っているに違いない。
こういうところだけ、中途半端に英語になるなんて、小麦村にしとけよ……ハウジングアプリの翻訳さん。
……おっと思考が横道にそれてしまった。
三人組の説明によると、門の反対側にはクラウスと彼の部下二十人くらいが詰めていて外を警戒している。
鳥のような竜のような騎乗生物も連れて来ているみたいで、そいつに乗って索敵を行い中とのこと。
特筆すべき情報として、クラウスからゴブリンには「決して枠の外に出ないように」と申し伝えているそうだ。
これは俺の意思を尊重してくれた形だとすぐに分かる。
敵もゴブリンとサマルカンドで既に聞いていた。たが、集落のゴブリンとはもちろん主導者が違う。
ゴブリンの部族同士の争いとなったら、復讐戦やらなんやらで後々に禍根を残すことが多い。
だから、クラウスらは自分達のみで防衛に当たるというわけだ。
我が土地の中にいれば絶対安全なので、怪我しないと思うけど……。
あ、あああ。
ダメだ。外枠はパブリック設定だった。
プライベート設定にして枠の内側に引きこもってもいいが、それじゃあ枠を挟んでこちら側の弓矢も弾いてしまう。
急ぎプライベート設定に変えた方がよいな。兵士だけとなると二十人やそこらだから、すぐに登録できるさ。
パブリックのままだと侵入を許してしまうからな。
よっし、まずはクラウス達のところへ行くとしよう。
その前にこの三人の名前を登録リストに入れておいた方がいいな。
「また後でな。状況報告ありがとう」
「どういたしましてー」
「クラウスの旦那も藤島の旦那に会ったら喜びやすぜ」
「お客様お帰りでーす」
最後……ま、まあ。俺の緊張感をほぐそうとしてくれたんだよな?
そうだ、そうに違いない。
ひまわり号のエンジンをふかしたところで、彼らの名前をチェックしてないことを思い出す。
『ガイラ』
『オルテル』
『マック』
おし。これでおっけーだ。誰が誰か区別がつく自信はない。
見た目は全然違うんだけどなあ。
彼らはいつも一緒で同時に喋るもんだから、三人セットのイメージしかないんだよ。
ええっと、確か。
中年のドワーフみたいなガッチリした男がガイラ。ひょろりとした細身でスキンヘッドのオルテル。長髪の優男がマック……だったと思う。
「ガイラさん達、やっぱりクラウスさんの信頼が厚いんだね!」
「そうだよな。クラウスとも一緒にいることが多いし」
走り始めたところで、タイタニアがそんなことを口にした。
「(戦いの)主線にはならないけど、三人で監視警戒をやっていたもん」
「おお、そういうことか」
「なるほど」と膝を打つより、タイタニアが普段使わないような難しい言葉を使っていたことに驚く。
そういや、戦いのことに関しては彼女、大人っぽくなるんだよな。
普段は年齢より低い感じの言動なんだが。
「ん? どうしたの?」
「ん、いや。彼ら三人も何かと大変な仕事だなあと」
適当に誤魔化してしまった。でも、大丈夫。
後ろに座っているから見えないけど、タイタニアはきっとこくこくと頷いているはずだ。
それにしてもゴブリンビレッジ(俺が今名前を勝手につけた)は、だだっ広いな。
中で小麦畑を作るために、サマルカンドと同じ面積にしたものなあ。
毎日、ここまで見に行けるわけじゃないから枠の中で作業をするようにと思って。
「そこまで心配しなくても良い」とクラウスから言われたけど、備えあればってやつだよ。
ゴブリン達はみんな戦闘能力があるから、少々の外敵じゃあビクともしないことも、もちろん分かっている。
門から東に出て真っ直ぐ進んで行くと、芽を出し伸び始めた小麦畑が視界に入った。
「お、おお」
「すごいね! フジィ」
思わず二人で歓声をあげる。
一方で、カラスは静かなもんだ。この感動が分からな……いんだろうな。カラスだし。物つくりの基準が違い過ぎるものなあ。
カラスのことは置いておいて、畑はこの分だとちゃんと収穫できるようになりそうだ。
順調と聞いていたけど、実物を見たら感慨深いものがある。
角を曲がって今度は西へ。ひまわり号の速度ならすぐだ。
お、いたいた。門のところであぐらをかいているクラウスが。
彼の横には見張りの兵士? とゴブリンが三体いるようだった。
何やら喋っているようだが……。
「よお、兄ちゃん。まさか来るとは思ってなかったぜ」
いつもの軽い調子でクラウスが片手をあげる。
「ちょっと事情があって。力になれるようになったら、協力させて欲しい」
「そういうことか。ちょうどいい。ゴブリンも来ていることだしな」
クラウスは顎だけゴブリンらの方に向け、ニカッと笑みを見せる。
ええっと確か、一番背の高いゴブリンはゴブリンキングの「ゴ・サー」で、毒々しいのが「ゴ・プー」だったか?
もう一体は名無しのレッドキャップとかいう小柄なゴブリンだな。
「キョウシュ。しばらくぶりごぶ」
声をかけようとしたら、ゴ・サーが先に口を開いた。
「畑を見たよ。すごいな。感動したよ」
「キョウシュの導きがあってこそごぶ。小麦に栄光あれ!」
「お、おう」
そ、そのローマ式の敬礼は三体揃ってやるのな。
なんか宗教じみてきてないか、これ。小麦狂……じゃねえ小麦教といったところか。
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