第186話 まだだ……

 住民のみなさんの熱も冷めやらぬまま、大合唱はお開きとなる。

 衛兵が先導しつつ、彼らは家路について行った。

 

 グラーフの街の人たちが続々と集まって来てくれたことにも感動したが、一番は彼らが持参した供物だと思う。

 パンや木彫りの置物といった、「本当に急いで来てくれたんだな」というものから、何度もほつれを修繕した衣類みたいな「胸の奥がジンとするものまで」千差万別だった。

 ただ、全員が気持ちの籠った供物を持ってきてくれたことは間違いない。

 厳しい街の生活事情を想像すると、いっそやめておいた方がよかったんじゃないか……なんてことを一瞬だけ思ったが、そうじゃないとすぐにその気持ちを否定する。

 やめておいたなんてことは、彼らの気持ちをないがしろにすることなんだ。

 困っている人がいる。だから、助けたい。

 恩義もあるだろうけど、恩義だけじゃ動けないよ。

 まして時間が無い中、即決断を求められる状況なんだから。

 だからこそ、彼らが去った今でも俺の胸は未だ火照ったままだ。


 だが、これだけの想いを受けて尚――

 ――足らない。


 現実は無情である。

 サマルカンドのグラーフの人たちの祈りは確かに積み上がっているんだ。

 それはアップデートの数値として出ている。

『アップデート中。64928/65536』

 たけど、足らない。


「如何されたのですか?」

 

 フェリックスが物憂げな顔で俺を見上げてくる。

 彼はみんなの祈りが終わった後も、壮年の男のと共に残っていてくれたんだ。

 表情に出してないつもりだったが、敏感な彼に察しられてしまったかな?


「フェス。ありがとう」

「いえ、おもてなしもできず……」


 顔を伏せる彼の肩へそっと両手を当てる。

 その動きに対し、フェリックスは顔を上げ真っ直ぐに俺を見上げてきた。


「フェス。用が済んだらすぐにグラーフへ戻る」

 

 忘れちゃいないぜ。

 グラーフに来た時に見せた君の伏せた顔を。


「良辰様……」

「何か困った事態になっているんだろう? だけど、ごめん。今は聞けない」


 聞いてしまうと、動けなくなるだろうから。

 対するフェリックスは肩を震わせ、フルフルと首を振る。


「良辰様が気に病むことなんて一欠片だってありませんわ。わたくしが……」


 フェリックスは何か言いかけて口をつぐむ。


「待っててくれ。フェス」


 肩に添えた手に力を込めると、フェリックスは俺の手に自分の手を添えてコクリと頷きを返す。

 目には涙をため、頰と鼻を赤く染めながら。


「……はい!」

「よっし、じゃあ、行ってくる」

「行ってらっしゃいませ。お待ち、して、おります」

「おう!」


 フェリックスから手を離し、彼にニカッと笑顔を向ける。

 底抜けに明るい笑顔……のつもりだ。

 俺がやるとしまらないな。

 しかし、彼は俺につられるように真っ赤にした目のままはにかんでくれたんだ。


「ふじちま」

「フジィ」


 振り返ったところで、ワギャンとタイタニアが俺の名を呼ぶ。

 そこへ、食事が済んだと思われるハトがバサバサーと降りてきた。

 さすがにもう俺の頭の上には着陸しないようで、ホッと胸を撫で下ろす。

 あのサイズで頭の上に来られたらと思うと……ゾッとするよ。

 鳥だから、あのサイズでもそれほど重たいわけじゃあないだろうけど。

 例えば、翼開帳一メートルほどもあるアホウドリだって、体重は五キロもない。

 五キロと言えば、大き目の猫くらいの重さしかないんだ。

 といっても、頭の上に乗せたいかどうかと聞かれたら、ハッキリ「否」と答えるけどね。


『パネエッス! 満腹っす!』


 何やらご機嫌な様子のハト。

 

「待て。どんだけ食べたんだ?」

『三袋ですが?』

「こ、こいつ……」


 「一袋だ」という言いつけをまるで守らなかったハトだが、見ていなかった俺も悪い。

 こいつが言われた量だけで食べるのをやめるなんてことはまずないと、分かっていたのだから。


「ははは、ハトらしい」

「うん! あはは」


 ワギャンとタイタニアが揃って笑う。

 つられて俺も「しゃあねえなあ」と苦笑する。


「遊んでねえで、終わったらとっとと動け」

「痛っ!」


 久しぶりにカラスにつむじを突かれた。

 カラスのやつめえ。

 でも、こいつってこう見えてかなりの世話好きだよな。

 ふふんと生暖かい顔をしたら、即座にカラスに気が付かれた。

 め、目ざとい。

 だから、痛いってば。


「変な顔してねえで、黄色い奴に乗れ」

「分かったって。突くな」


 全くもう。

 ひまわり号にまたがると、タイタニアがひらりと俺の後ろにちょこんと座る。


「すぐにまた会おう」

「はい、良辰様」


 フェリックスに向け片手をあげると、彼は花が咲いたような笑顔で頷くのだった。


 ◇◇◇


 グラーフから見て、サマルカンドに一番近い拠点であるダンボールハウスまで到着できればなと思っていたが、ログハウス辺りですっかり日が落ちてしまう。

 いろいろ思うところがあったが、ここで宿泊することにしたんだ。

 夜通し走ればゴブリンの集落まで行くことはできそうだけど、いざという時にヘロヘロじゃあ困る。

 それに、カラスが夜だと魔力が……みたいなことも呟いていたし。

 余談ではあるが、ハトはハトで夜目が利かないから、飛べない。

 俺だけひまわり号を飛ばし、ワギャンとハトに後から来てもらう手もあったんだけど、それをするなら食事をしてすぐに出て明け方前からスタートした方が効率がいいと判断した。

 その時、もし暗くてハトが飛べないのなら後追いしてもらうつもりである。

 

「フジィ。どれがどれだか。それに、全部かっちこちで……」


 タイタニアが困った様子で、俺の元へ戻って来る。

 ひまわり号を駐車する時間の合間があったから、先に彼女に食材を見に行ってもらっていた。

 食材っていっても、彼女に見て来てもらったのは「冷凍食品」だけどな……。


「お、悪い」


 ログハウスで休むことにした理由の一つに食糧問題もあった。

 ログハウスは、何かあった時に備えて大量に冷凍食品を備蓄している。備蓄するために、専用の冷凍庫を設置することまでしたんだよな。

 もっとも、家庭用冷蔵庫サイズの冷凍庫だけど。

 わざわざ冷凍庫まで設置したには理由がある。

 ログハウスを建築した当時、この場所が公国とサマルカンドの境目だと思っていた。

 なので、ひょっとしたら前線基地として使うかも……なんてことも考慮していたりしたわけだ。

 

 結局、あれから一度もログハウスが使われていないが、別の意味で役に立った。

 

「よし、みんなに好きな物を選んでもらおう」

「いいの!?」


 タイタニアが嬉しそうに声色を上げる。

 

「中に何が入っているのかは、パッケージの写真を見たらだいたい分かると思う」

「うん!」


 そんなわけで、みんないろんな冷凍食品を選ぶ。

 俺? 俺はだな、枝豆とから揚げに缶ビールだ。焼きおにぎりもいくつか食べたぞ。

 タイタニアはグラタン、アイスクリーム、オムライスと何だかバラバラだったけど、本人が満足しているようだから良しとしよう。

 

 リュティエは肉、肉、肉。

 ワギャンはバランス良く、食べていた。

 カラスはフライドポテト。

 

 みんなの好みって見ていて面白いよなあ。

 あ、ビールが無くなった。もう一缶開けようっと。

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