第173話 一件落着

「クジラが火山噴火の原因なら仕留める。グウェインはこいつクジラが何者か知っているんだろ?」

「ふむ。山鯨はマグマによって産まれる進化種である」

「ならクジラのことはどっちでもいいや。それより、教えて欲しいことがある」

「ほう。お主でも知らぬことがあるのか」


 興味深そうに目を細めるグウェインだったが、それだけで褒められた気になって悪い気はしない。

 ……普通の人ならな。

 俺は全く別の感想を抱く。

 こいつ俺の話を聞いていたのか、と不安になるわ。

 俺、「教えてくれ」の前に「マッコウクジラが何か」って聞いたよね?

 それを、ほう……とか頷いてるんじゃねえよ。

 と、ともかく。

 質問を受け付けてくれそうだから、遠慮なく聞かせてもらうとしよう。


「火口はここ以外にあるのか?」


 クジラはマグマがキッカケで生まれた突然変異種となれば、噴火が終わったら自然といなくなるだろ。

 なので、既に閉じ込めたクジラは特に恐れることもない。


「山の火は世の常。火はいずれ消える。お主らが作る焚火のようなものじゃ」

「えっと……そろそろ火山活動が終わるってこと?」

「お主はほんに傍若無人じゃの。我にそのような態度を取る者なぞ、グバアくらいのものだ」


 愉快なのか、口から息をひゅーっと吹き出すグウェイン。

 グウェインにとってはただ息を吐いただけ。

 だけど、矮小なる存在にとってはそうはいかない。

 俺とリーメイは我が土地の中にいるから平気だけど、外にいたら体ごともっていかれそうな勢いだぞ。

 加減ってもんを覚えた方がいい。だから、お友達もできないんだぞ。


「なんじゃ、急に黙って。質問に応じぬことに抗議しておるのか?」

「いや、お前から聞けたらラッキーくらいに思ってるから、そうでもない」

「ほう」

「リーメイとここ以外に火口が無いか探すよ。用が済んだら帰った帰った」


 シッシと手を振ると、今度は声を上げて笑うグウェイン。

 だからあ、もうちょっと他の生物に気を使えって!

 我が土地の外……俺の頭より大きな岩が吹き飛んでるぞ。

 あ、見えない壁に岩が当たった。


「すまぬすまぬ。お主が我が好敵手グバアの友垣故、少々悪戯をしたくなったのじゃ」


 グバアとお友達になったつもりは毛頭無いが……。

 強いて言うなら、グバアはお友達のお友達だな。

 ハトとカラスはグバアと仲良しらしいから。


「まあ、グウェインとも知らぬ仲じゃないじゃないか」


 できればお会いしたくないがね。

 なんてことは口に出さない。

 喉元まで出かかったけど、グッと飲み込んだ。

 余計な事を言って暴れ出したら、山ごと無くなりかねない。


「……まあ良い。此度のお主の働き、しかと見させてもらった。我に近い存在でありながら、我が眷属にまで情を示し、崇拝を求めない。我には理解できぬが……お主の確かな矜持、見せてもらった」

「お、おう……」


 いきなりどうしたってんだよ……グバアといいこいつといい、話が唐突で曖昧過ぎて何が言いたいのか分からなくなることが多々ある。


「見せてもらったからには、我も応じねばな」

「ん?」


 一人納得しているグウェインは、パチリと両目をつぶりすぐに開いた。


「無い」

 

 グウェインが溜めた割にはたった一言だけそう呟く。


「何が『無い』んだ……」

「お主の問いに対する解じゃ。兆候は見られない。ではな。小さき探求者藤島よ」

「あ……」


 一瞬にしてグウェインの姿が見えなくなる。あれ程まで感じていた奴の気配も当時に消失した。

 「無い」って「何が」ってことには答えないまま行きやがって。

 頭に手をやり、改めてクジラへ目を向けようとした時、背後から凛とした声に呼び止められる。


「メシアよ!」

「ん? って、立って立って!」


 体ごと踵を返したら……リーメイが両手両足を地面につけ頭だけをあげ、こちらをしかと見つめているではないか。

 彼女の頬は紅潮し、口を結んではいるが何かを言いたそうにムズムズしているみたいだ。


「間違いありませんでした! メシアはメシアだったのですね! 神龍とあれ程親しげに!」


 目元に感動の涙を浮かべながら、リーメイが力強くそんなことを述べる。

 な、何もしていないのに謎の感動を見せられると困ってしまうぞ。

 照れ隠しを込め、一向に立ち上がろうとしない彼女へ手を伸ばし引っ張り上げる。


「モフ龍と喋っていただけだよ。結局、抽象的過ぎてよく分からなかったけど」

「そうなのですか……火はここ以外に無いと神龍がおっしゃっておりましたが。メシアは更なる深淵を見ているのですか?」

「そういうことかよ!」


 現時点で火口が新たに生まれる可能性が無いってことか。

 「無い」だけじゃあ分からねえだろうが。

 言われてみれば確かに俺はモフ龍に問いかけたよ。

 目の前にある火口を塞いでも新たな火口が――火山活動が続くのかどうか、みたいなことをさ。


「んじゃ、帰るか」

「山鯨なる者はどうされるのです?」

「放置でいいだろ。火山活動が終わると共に消えるだろうし」

「分かりました」


 マッコウクジラがハトのように進化して発生した生物だとモフ龍から聞いた。

 潮の代わりにマグマを噴射する危険生物だけど、あの中から出ることはできないし、問題ないだろ。


 後部座席にリーメイを乗せ、ひまわり号はワギャン達の元に向けて走り出した。


 ◇◇◇


「此度は何とお礼を言えばいいか……感謝しても仕切れません!」

「ありがとう。本当にありがとう。兄ちゃん!」


 並んで立つリーメイとロンが深々と頭を下げる。


「火山活動はまだ続いているけど、溶岩弾はもう集落には届かない。うまくいってよかったよ」


 ポンと右手でロン、左手でリーメイの肩を叩く。

 対する二人は顔を見合わせ、頷き合う。


「族長に会わなくていいのか?」

「うん。このまま静かに立ち去るよ。面倒ごとは避けたい」

「困ったことがあったら、俺は命を賭してでも兄ちゃんを手伝う! 俺じゃ、殆ど役に立たないかもしれないけど……」

「そんなことないさ。ありがとうな、ロン」


 背伸びしてロンの頭に手を伸ばすが、届かねえ。

 ま、まあいい。

 む、お次はリーメイか。

 ロンが口をつぐむと入れ替わるようにリーメイが口を開く。


「メシア。何もお礼ができませんが、せめてこの身をメシアの儀式に使っていただけませんか?」

「そ、そんなことはしないから」

「これでも姫巫女なのですが……やはり、私などでは魔術の素養が足りないのでしょうか……申し訳ありません」

「そういうわけじゃなく、俺には必要無い。魔力は有り余るほどあるからな! 気にせず、竜人のみんなに報告へ向かってくれ」


 怖ええよ……生贄の儀式とかそんなものがこの世界にはあるんだろうか……。

 まだ何か言いたげなリーメイに先んじて、ワザとらしく両手を振るいタイタニアへ目を向ける。

 

「よっし、解決したことだし、ご飯を作ろうじゃないか」

「うん!」

「今夜はパスタにでもしようか」

「お手伝いするね」

「おう、頼む」


 さあて、ご飯だご飯。

 リーメイとロンは突然の方向転換についていけてないようだ。よしよし。このままなし崩し的に誤魔化してしまおうじゃないか。

 

「ふじちま」

「ん?」


 いそいそと宝箱の前でしゃがみ込んだところで、ワギャンに肩をポンポンされた。

 

「クジラだったか? 見て来てもいいか?」

「えー。それなら俺も見たい! 姉ちゃんだけズルい!」

 

 俺もーといった感じに会話に割り込んでくるロン。


「じゃあ、みんなで見に行こうか。そこで夕食にしようか。少し遅くなるけど……」

「やった!」


 はしゃぐロンに、ガハハと大きな声で笑うリュティエ、満面の笑みを浮かべるタイタニアに、コクリと頷くワギャン。


「リーメイ」


 一人考え事をしているのか、難しい顔をしているリーメイの名を呼ぶ。

 

「そうですね! 行きましょう」

「おう」


 笑いあったところで――。

 

『パネエッス! 餌はまだかっす!』


 相変わらずブレないハトの声が響く。


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異世界に来たらコアラでした。地味に修行をしながら気ままに生きて行こうと思います

https://kakuyomu.jp/works/1177354054892034875

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