第172話 マッコウさん
マッコウクジラだ。
岩を割って噴き上げるマグマに乗って飛び出して来たのはマッコウクジラだった。
マッコウクジラはマグマなんて泳がないから、もちろん俺の知るマッコウクジラとは別物であることは言うまでも無い。
だけど、出てきた生物の見た目はマッコウクジラそのもの。
大きさが二十メートルを超えるから、シロナガスクジラより少し小さいくらいだろうか。
四角い特徴的な顔上部には、無数の傷がある。ダイオウイカに付けられた傷じゃあなく、岩を割った時にでも付いたのだろうか?
傷は赤々と光り、マグマの色そのものだ。
そうこうしているうちに、噴き上げたマグマが重力に従って落ちてくる。同時にマッコウクジラも地面に着地した。
や、やべえ。
見ている場合じゃねえ。
丘の残りの部分の土地を購入しなきゃ。
――うんもおおお。
マッコウクジラが牛のような咆哮をあげる。
な、何という音量だ。耳がキンキンするだけで済んでいるけど、外にいたらこの音でひっくりかえっているだろうな。
いや、下手したら……。
たらりと額から冷や汗を流し、未だ通常の土地である斜面を見やる。
斜面が音によって崩され、パラパラと岩が転がっていた。
急ごう。
ひまわり号へ目を向けるが……む、むうう。
走った方が早いか。
ひまわり号はそのままに全力で駆け出す。
目的地はすぐそこだ。
よし。
タブレットを構え、目的の丘を映しこむ。
タップし、決定。
一瞬にして十メートル四方が我が土地となる。
この調子で全部我が土地に変えて、このクジラを外に出られなくしてしまえばいい。
――うんもおおお。
まただ。
耳を塞ぐな!
奴は進みはじめている。
だけど、すぐにマッコウクジラの歩みは止まった。
まああの体型だものな。水中を進むにはいいが、地面だとそうはうまくいかねえ。
奴はビタンビタンと跳ねているものの、亀よりも進みは遅い。
「って……」
どおおおおん、という音がしたかと思うと、マッコウクジラの背中から塩水……ではなくマグマが噴出した!
マグマはみるみるうちにマッコウクジラの周囲を満たして行く。
や、やべえ。
マグマオーシャンだと、とんでもねえ速度で進んで来やがる。
こうなったらいびつになろうが、重なろうが仕方ない。スピード重視でやらねえと。
一気に土地を購入しないとマッコウクジラが丘を越えて来る前に道を塞ぐことができない。
タブレットの画面を引いて何とか目的の土地全てを映し込み、タップ!
ほぼ時を同じくしてマッコウクジラが丘に入り込む。
しかし、マッコウクジラは進んだ時の勢いそのままに反対側へ弾き飛ばされた。
巨体が跳ね、ドボーンとマグマオーシャンへ飛び込み、巨大なしぶきをあげる。
間一髪、俺の方がはやかったようだな。
「ふう……これでひとまずは安心だ」
閉じ込めたマッコウクジラの対処は後回しにして、気を失ってしまったリーメイの元に戻る。
「リーメイ、リーメイ!」
呼び掛けて肩を両手で掴み、リーメイの体を揺するが反応がない。
熱感知能力を持つ彼女からしたら、真夜中に突如車のヘッドライトを浴びせられたようなものだものなあ。
ショックで倒れこんでも不思議ではない。
こんな時はどうしたらいいか。
そうだな。
まずは宝箱(小)を手元に設置します。
次に必殺、困った時の救急キットを注文。
目的はキットの中に封入されているポーションだ。
キュポンとポーションの入った瓶の蓋を抜く。
リーメイの首の後ろへ手を回し、彼女の顎を上に向け口を開かせる。
そっとポーションを彼女の口に流し込むと、半分ほど彼女の口内へと入って行った。
「う……うーん」
「リーメイ!」
「メ、メシア。私は……うっ」
「熱感知を遮断することは、出来ないか?」
「魔術で……なんとか」
「こいつを飲みつつ魔術を使ってくれ」
新品のポーションを取り出し、蓋を開け軽く左右に振る。
「そ、それは……?」
「リーメイの意識を回復させた薬だ。口元にもまだ付いてる」
「も、申し訳ありません! メシアの前ではしたない姿を」
「いや、俺が君の口にこいつを流し込んだんだし、ほ、ほら、そんなことより早く魔術を」
「は、はい」
やっぱりとんでもねえ熱なんだろうなあ。
さっきは突然の出来事でリーメイは気絶してしまったけど、今も顔がみるみるうちに赤くなってきていて辛そうだ。
彼女が体を起こし、そのままブツブツと何か呟き始めた。呪文かな?
彼女の呟きが終わると、髪の毛がふわりと浮き、すぐに元に戻る。
「これで大丈夫です」
「うん。顔色も元に戻った」
癖でリーメイの額に手の平を当ててしまった。
人間より体温が低いようだな。やはり、熱があるかどうかなんて分からないか。
普通に会話できるから忘れがちだけど、種族差ってのはこういったところでも如実に現れるもんだよな。
「メシア……私はロンと違って子供ではありません。メシアから見たら、私など童女のようなものかもしれませんが……」
「あ、いや。熱があるかもしれないと思ってさ。ごめん」
「いえ、助けていただきありがとうございます」
リーメイはわざわざ立ち上がって深々とお辞儀を行う。
「リーメイ、起きたところで悪いが、アレが何か分かるか?」
マグマオーシャンに浮かび、マグマを噴き上げるマッコウクジラを指差した。
クジラを見たリーメイは蒼白な顔になってフルフルと首を振る。
うーん。リーメイもあの生物が何なのか知らないかあ。
何か彼女から情報を得ることができればよかったんだけど……マッコウクジラが火山噴火の原因か、火山噴火によってマッコウクジラが生まれたのかは分からんな。
前者ならここでマッコウクジラを仕留めれば、火山噴火が全て止まる。
一方で後者なら、マッコウクジラを仕留めても状況は変わらない。
「アイツを放っておいてもいいんだけど……」
「アレは一体どのような生き物なのでしょうか。マグマの海を泳ぐ巨大魚など見たこともありません」
「俺にも何が何だか」
「放置していいものか私には判断が……きゃ」
リーメイが話の途中で彼女らしくない可愛らしい悲鳴をあげた。
あー、そうね、そういうことね。
彼女か悲鳴をあげた原因がすぐに俺にも分かった。
体長二十メートルを超えるマグマを噴射する巨大な存在感を持つマッコウクジラ。
しかし、そんなもの、ただの路傍の石に過ぎないのだ、と思い知らされる圧倒的かつ神々しさまで感じる気配が迫って来る。
こんな気配を発するのは俺の知る限り二体いる。
二体もいる……。
大きさこそ、マッコウクジラより小柄だがまるでモノが違う。
この気配の前では矮小なる存在たる奴以外の生物は、許しを乞い膝を落とし頭を地面に擦り付けるか、ただただ奴を崇め祈るかだ。
しかし、俺は違う。
そんなものクソ喰らえだ。
これだけの力を持つのだ。こいつこそ、火山噴火の原因じゃないかとさえ思えてくるからな。
「グウェイン、何の用だ?」
呼びかけると、純白の毛皮を持った龍が目の前に現れた。
相変わらずモフモフして、神々しさが微塵も衰えていないな。
いつか必ず、モフってやるから覚悟しておけよ。
「お主、山鯨をどうするつもりだ?」
グウェインは開口一番、そんなことをのたまった。
マッコウクジラは山鯨っていうのかよ。山鯨ってのは、クジラと書くけどイノシシのことだぞ。
あ、いや、俺の翻訳がそう変換したに過ぎないか……ここでグウェインに「ふざけやがって」と言うのはお門違いだよな。
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