第168話 任せろ!

「メシア」


 リーメイは頰を紅潮させ喜色をあげる。

 異世界風の装束で上着が長けりゃと思ったけど……微妙かもしれない。

 しかし、わざわざ取り替えるのと罰が悪いよな……。


「服を切っちゃったから、着替えるまではそれで。あ……」

「はい」


 先程チラ見しただけで、目に焼き付いた映像が脳内に浮かぶ。だあああ。いかんいかん。リーメイは真剣そのものなのに。

 俺も冷静を装い、追加注文をしよう。必要だからな。うん。

 そんなわけでさっそうと注文したカップ付きの黄色のキャミソールを宝箱から取り出し、リーメイに手渡す。

 正座して受け取ってくれるのはいいんだが、せっかく出した服とキャミソールを膝の上に置いていたら意味ねえ。


「まずは服を着てくれ。それから何が起こったのか聞かせてもらえるか?」

「はい。この装束は後でお返しいたします。しばらくの間、ご好意に甘えさせていただきます」


 余程気に入ったのか、リーメイは服を胸に抱き頬ずりする。彼女らしくない子供っぽい仕草に俺の頰も緩むってもんだ。


「いや、その服はよければ使ってくれ。タイタニアじゃサイズが合わないし」

「リーメイさんにとってもよく似合っていると思う! 綺麗!」


 目が合うとタイタニアが両手を合わせ、キラキラした目でリーメイを見つめていた。

 アイシャとリーメイじゃ身長差があるし、こちらもサイズが合わない。

 彼女から服を返却されても死蔵するかゴミ箱さん行きになるから、使ってくれるならそれに越したことはないよな。


「大事にさせて頂きます。このような装束を下賜頂き望外の喜びです!」

「う、うん。後ろを向いているから着替えてくれるか? 後で渡した黄色のが下着だから」

「すぐに着させて頂きます」


 だから、後ろを向くって言ってるだろうが。

 これだから異世界人の貞操観念は……。俺の知ってる異世界モノの物語は、出て来る女の子達がみんなチラチラすると日本の女の子より恥ずかしがるんだが……。

 事実は小説よりも奇なりとはこのことだな。うん。


 よし、リーメイが着替えている間にキノコテーブルセットでも出しておくか。

 宝箱(大)を設置して、テーブルセットを注文っと。


「手伝いますぞ」


 宝箱を開けたところで、リュティエが申し出てくれた。

 宝箱から軽々とキノコテーブルを片手で持ち上げるリュティエに羨望の眼差しを送っていたら、リーメイの準備が整う。


「じゃあ。そこに。みんなも座って」

「はい」

「あー」

「どうされました?」

「あ、いや、何でもない」


 ローブだと思ったのがマント風だったのは、まあいい。

 ノースリーブに丈の短いタイトスカートって全然魔女っ子風じゃなくねえか?

 色はグリーン系だし……そこはまあ竜人のカラーに合ってるといえば合ってるけど。


「改めて、ロン、リーメイ。無事でよかった」

「メシアの治療あってのことです」


 リーメイは机から身を乗り出し食い入るように俺をしっかりと見つめてくる。

 動いても背中か肩を痛がる様子も無いし、完治していると見ていいだろう。


 ――ゴロン。

 リーメイ達に何があったのか尋ねようとしたところで、またしても岩が見えない壁に弾かれ、地面を転がった。

 岩は先程と同じくらいの大きさで赤黒い。そう時間も経たないうちに元の岩の色に戻るはず。

 地球と同じ溶岩弾ならね。


 自然とみんなの視線が岩に行き、リーメイが両手を頭に当て顔を伏せた。


「大丈夫だ。どれほど大きな溶岩弾……火の玉が来ようが俺の障壁は破れない」

「は、はい」


 リーメイのことを気遣ったロンが彼女の手を握り、「姉ちゃん」と声をかけている。

 対する彼女もロンの手をギュッと握り返し、口元だけであるが微笑んだ。


 素晴らしい姉弟愛にほんわかとした気持ちになった。

 いいよな。こういうのって。癒される。


「先程と同じように火の玉が空から落ちてきたのです」


 唐突に話しはじめたリーメイに向け、無言で頷きを返す。

 一方でリーメイはコクリと顎を引き、言葉を続けた。


「迂闊でした。火の玉が肩に直撃したのです」

「姉ちゃんは俺を庇ってくれたから、怪我を」


 ロンがリーメイの話に割って入る。

 その後、すぐにリーメイが続きを語り始めた。


「――というわけだったのです」


 そこまで語ってリーメイは口をつぐむ。

 溶岩弾が降ってきて、二人は大きな木の下に退避した。

 溶岩弾は一回だけじゃなく、二度目、三度目と落ちてくるが遮蔽物の下にいる彼女らは溶岩弾を安全にやり過ごす。

 だけど、四度目の溶岩弾が太い枝に突き刺さり、枝をぶち抜きロンに迫る。

 咄嗟に彼を庇ったリーメイは背中に大怪我をし、ロンもまた軽傷を負う。

 幸いだったのは、枝によって溶岩弾の勢いが弱まったことだな。

 そのまま直撃を受けていたら……ブルブルと首を振り、嫌な脳内イメージを振り払う。


「一つ確認してよいかな?」

「はい。私に分かることでしたら……」

「竜人の集落はここよりもっと火山に近いんだよな?」

「はい。その通りです」


 この様子だと、悠長に事を進めていたら被害がどんどん拡大していきそうだな。


「みんなに相談したいことがある」


 一人一人順番に目配せすると、全員が「了解」とばかりに親指を前に出したり頷きを返したりしてくれた。


 相談というのは竜人に接触せぬよう彼らの集落を避け、見えない壁で溶岩弾を集落より手前で止めてしまおうってこと。

 元々の作戦と同じと言えば同じなんだけど、過程が異なる。

 竜人の了承は取らない。集落を大きく迂回し、ひまわり号で走りつつ防衛網を完成させるのだ。


「そうですな。私としてはふじちま殿の案に賛成です。ここでこれだけの火の玉が来るのです」

「僕もだ。待っている時間がない。死んでから、失ってからでは遅い」


 リュティエとワギャンが口を揃える。タイタニアは言葉にこそ出さないが、拳をギュッと握りコクコクと頷いていた。

 一方でリーメイは難しそうに眉間に皺を寄せ、ロンは弱ったなあという風に頭をかいている。


「やっぱり無茶だったか?」

「姉ちゃんはどう考えてるか分からないけど、俺は兄ちゃんの案……」


 そこで言葉を切るロン。


「お、おう?」

「すげえカッケーと思う! 人知れず集落を救うヒーロー!」

「そ、そうか」


 じゃあ何でロンは微妙そうに頭をポリポリしてんだろ。


「メシア、あなたの行動は正に聖者のそれです。あなたの想いに私は感謝しても仕切れません」


 ロンに変わって今度はリーメイが意見を述べる。


「何か問題があるのかな?」

「大いにあります!」


 リーメイは強い口調で食い入るように叫ぶ。

 い、一体何が……やはり、俺の華麗なるプランに致命的な綻びがあるのか?

 背中に冷や汗を流し、リーメイの言葉を待っていたら、彼女は目線だけ俺から逸らし言葉を続ける。


「見つからぬよう事を起こす。その高尚な精神……私は胸の震えが止まりません。ですが、このままではあなたが良からぬ事をしたよそ者と噂されるかもしれないんですよ!」

「そらまあ、勝手に竜人の領域で暴れるわけだしな……」

 

 別に竜人にどう思われようが構わないんだ。嫌な言い方をするなら、俺はいい事をしたと自己満足したいだけなんだから。

 要らぬお節介と思われようと、竜人達が大草原にやって来ることはない。

 どんな声をあげられようが、俺の耳に入らないのでノーストレスだ。


「そんなことないよ! きっとみんなフジィの想いは分かってくれる」

「タイタニア……」


 タイタニアにしては強い口調で自分の思いを告げる。


「そうだ。僕たちは実際に体感し体験した。無償の慈悲は感謝と慈愛となって帰ってくる」


 ワギャン……。


「ふじちま殿はこういうお方なのです。例え、何と思われようとも構わない。大魔術で人を救えるのなら救う。そこには打算なぞないのですぞ」


 リュティエ、そいつは幾ら何でも言い過ぎだ。


「ほ、本当にお願いしてもよろしいのですか?」

「もちろんだ。なんとかしてみせる」

「あ、ありがとうございます。ありがとう」


 目から大粒の涙を流し、何度も礼を述べるリーメイ。

 ポケットからハンカチを出し、彼女にそっと手渡す。

 イケメンな動きをしたはずが、彼女はハンカチを使ってくれず、細く長い指先をハンカチに添えるだけだった……。


※いよいよ明後日に書籍版、ハウジングアプリ発売となります。よろしくでっす!

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る