第167話 たいへんやー

「ロン、怪我は?」

「俺は大したことないんだ。だけど、姉ちゃんが俺をかばって」

「ビックスクーターの話をしている場合じゃないな。ロンの怪我を治療したらすぐに向かいたい」

「う、うん。びっくすくーたー?」

「あ、この魔道具の名前だよ。発音し難いのか……せっかくだから……そうだな。こいつは『ひまわり号』にしよう」


 安直だけど、まあ、いいだろ。分かりやすさ重視だ。

 ひまわり号から降り、宝箱(小)を設置しつつロンを手招きする。


「結構な怪我じゃないか。ただれているぞ」


 ロンは右肩の裏側に火傷をしていた。鱗がただれ、痛々しく血がにじんでいる。


「これくらい、ほっといても直るさ」

「破傷風とかになったら大変だからな。すぐに治す」

「え?」


 久々に宝箱から取り出しましたのは、「医療キット」である。怪我といえばこれ。

 目的は医療キットに封入されているポーション十本だ。

 小瓶を一本取り出し蓋を開け、中のドロッとした緑色の液体を傷口へ流し込む。

 シュワシュワと白い煙があがり、あっという間にロンの傷が完治する。

 

「完了だ」

「え? えええ。痛みがまるでない。すげえ、すげえや!」


 火傷のあった肩口を自分の手で触れて、口をめいいっぱい開き喜びを露わにするロン。

 さすがのポーションさんだ。ハウジングアプリが誇るとんでもねえチートアイテムの一つなだけはあるな。


「リーメイのところへ向かう。俺の後ろに乗ってくれ」

「いいのか! やった!」


 うん。男の子ってバイクとか車とか大好きだよな。初めて見るものだから、心惹かれるのは分かるぞ。


「リュティエとタイタニアはオツォで追いかけてきてくれ。ワギャンは場所が分かるようならハトと先行して欲しい」

「分かった。だいたいの場所はロンから聞いている。おそらく問題ない」

『パネエッス! 僕は目がいいんす。鳥ですから』


 リュティエとタイタニアは頷きを返し、ワギャンはハトに跨る。

 一方でハトは何やら囀っているが……確かに鳥の目は空から獲物を探すんだし、相当遠距離まで見えるんだろうなあ……。

 問題はハトの判断力が餌にしか向かわないことだが、ワギャンなら何とかしてくれる……よな?

 何のかんのでワギャンはハトとうまくやってくれているようだし。


 ハトが飛び立つのを横目で見つつ、ひまわり号に乗りエンジンを始動させる。

 

「ロン、ちゃんと掴まっておけよ。進む方向を教えてくれ」

「うん! 任せてくれ」

「よし、行くぜ」

「おー」


 右手をあげるロンに応じるように、ひまわり号が前に進みだした。

 

 ◇◇◇

 

 進むこと一時間、いや一時間半は経過したかもしれない。

 リーメイとロンは一晩で随分遠くまで進んだんだなあ。

 

「兄ちゃん、もうちょっとだ」

「おう。だけど……空が」


 どんよりとした曇り空だが、少し様相が異なる。

 当たり前だが雲というのは相当な高高度に浮かんでいるんだけど、なんというか空が低い?とでも言えばいいのかな。

 低い位置で雲が形成されてどんよりとしている? 

 

 その時、真っ赤な塊が空から降って来た。

 ――ゴロン。

 真っ赤な塊は見えない壁に弾き返され、地面を転がる。


「隕石? いや、これは……火山弾か」


 進行方向から降り注いできたよな。

 今だに赤色に染まる岩を見やり、たらりと額から冷や汗が流れる。

 高温を保ったままここまで落ちてくるとは……噴火口はどこにあるんだろうか。


「……兄ちゃん?」

「あ、すまん。ついつい停車させてしまった」


 急がねえと。リーメイに火山弾が直撃したりしたら事だぞ。

 手に力を込めると、ブルルルンとひまわり号のエンジンが唸りをあげる。


「さっき、火の玉がここに当たってなかった?」

「うん。安心してくれ。あれくらいじゃあビクともしないから」

「兄ちゃんの魔術が凄すぎて、わけがわからなくなってきたよ」

「は、ははは……深く考えなくていい。リーメイの無事を祈っていてくれ」

「うん! あっちだ。兄ちゃん」

「おうよ」


 ロンは考えることをやめた……ようだな。うん、それでいい。

 リュティエはともかく、タイタニアとワギャンはこれくらいじゃあ驚かないぞ。

 

 時速五十キロまで速度を上げる前にリーメイのところまで到着した。

 彼女の隣には心配そうに腰かけるワギャンと地面を突いているハトの姿も見える。彼女らは大きな岩の窪みを遮蔽物にして、安全を確保している様子だ。

 俺たちの姿に気が付いた彼女は目をあけ首を動かすも、ペタンと座ったまま岩へ背を預けたままで立ち上がろうとはしない。

 立ち上がれないほど、怪我が酷いのだろうか?

 一方でワギャンは俺達に向け手を振るものの、周辺を警戒しているようだった。

 さっきみたいな火山弾がまた来ないとも限らないからな……彼の警戒も当然だと言えよう。

 焦燥感に包まれるが、焦っちゃあいけない。土地を購入しつつ進まねばな。

 

「姉ちゃん!」

 

 ひまわり号から飛び降りたロンが、リーメイの元へ駆け寄る。

 俺もすぐに向かいたいところなんだけど、ひまわり号を停車させねば……。

 って、動きが早いな。

 彼はワギャンと協力しリーメイを左右から支え、我が土地の中に入る。

 

「ふじちま。背中の怪我が酷い。はやく診てやってくれ」

「分かった。うつ伏せに寝かせてもらえるか?」


 リーメイはぐったりしていて痛みからか、ぐっしょりと顔から汗が滲んでいた。

 

「メシア……」

「喋らなくていいから、そのまま寝ていてくれ」


 うつ伏せに寝かされた彼女の背中へ目を向ける。

 リーメイは背中に包帯のようなものを巻きつけており、当てがわれた布は血で赤く染まっていた。

 

「布を取る……いや、切るぞ」


 しっかりと縛られた布を外すには手間だ。彼女をなるべくこれ以上動かしたくないし、布を切った方が早い。

 急ぎ宝箱(小)を設置し、ハサミを準備する。

 チョキチョキとリーメイの背中に巻きつけられた布を切り、背中を露出させた。

 

 う……こいつは予想以上だ。

 酷い火傷に加え、肩口から斜めに深い傷が刻まれているじゃないか。

 幸い血が止まっているようだけど、このまま放置しておくと確実に命を失ってしまうんじゃないかってほどの火傷と傷だ。

 

 ポーションの入った小瓶の蓋を外し、中のドロッとした緑色の液体を彼女の背中にかける。

 ロンの時と同じようにシュワシュワと白い煙があがり、見る見るうちに彼女の傷が塞がっていく。

 

「姉ちゃん!」

「痛みが……体が!」


 リーメイは両手を地面に当ててゆっくりと体を起こす。

 彼女の動きに伴い、布がハラリと地面に落ちた。

 大丈夫。俺からは背を向けているからな。

 

「体の様子はどうだ?」

「し、信じられません……」


 リーメイは自分の背中に手のひらを当て、尻尾を震わせる。

 見た所、彼女の背中はすっかり元通りの透き通るような白い肌を取り戻していた。

 

「メシアの大魔術に心より感謝いたします!」

「間に合ってよかったよ」


 正座をし両手をついて俺にお辞儀をするのはいいんだが、顔を上にあげないで欲しい。

 彼女から目を逸らし、急ぎローブ(魔女っ子風)てのを注文する。

 宝箱へ手を伸ばし、中からローブ(魔女っ子風)をリーメイの背中へふわさと被せた。

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