第161話 竜人と獣人
「甘い……とっても甘くて香ばしくて美味しいわ……」
「こっちもふわふわで甘くて、食べたことない感触だけどうめえ!」
リーメイとロンが満足してくれたようでよかった。
さあさ、もっと食べるがよい。
謎の偉そうなテンションで彼らにお菓子を勧める。
が、どうにもリーメイの手が進まないのでお菓子を取り分けることにした。
ほんとはクッキーだのポップコーンなどは、パーティ開けしてみんなで摘みたいところなんだけど、食べてもらえないのなら分けた方がいい。
二人はコーヒーと紅茶にも口をつけ、リーメイはコーヒーを、ロンは紅茶がお気に召したようだった。
みんなが食べる様子を穏やかに見守っていたリュティエも、場の空気が和んできたところで食べ始める。
甘い物が苦手なのかなと思っていたから、少し安心した。
無理して食べてくれてるのかもしれないって?
獣人の場合、耳は顔より語るって分かったんだよ。いくら無表情でも、耳がぺたんとなっていたらすぐに察することができるってわけさ。
だけど、空気の読めるカッコいい俺は、年長者として振る舞うリュティエの気持ちをバラしたりなんてしないさ。
ワギャンにはバレてると思うけどな。彼もそんな無粋な真似はしまい。
◇◇◇
「ありがとうございました。落ち着きました」
リーメイはその場で立ち上がり、ペコリとお辞儀をする。
「気に入ってくれて嬉しいよ。次の機会があったら、今度はちゃんとしたご飯にするよ」
「メシア様の魔術には驚くばかりです」
「あ、うん」
もう何度言われたか数えきれないほどだけど、やはり面と向かって手放しに褒められることには慣れない。
ハウジングアプリは俺にしか使うことができないけど、どうしても自分の力で頑張ったって感じがまるで無いんだよな。
なので、余計に微妙な気持ちになってしまうんだよ。
「それでは、先ほどの続きをお話しさせていただいてもよろしいでしょうか?」
「うん。頼むよ」
「はい! では――」
獣人と交流のある部族の案内で荒地まで進出した竜人達。その数およそ八千。
なんと獣人の二倍以上だったってわけだ。
獣人は総勢三千しかいない。確かに彼ら個々人は竜人より戦闘能力が低い。
だけど、集団になって戦えばその差は埋まるし、やり方次第では獣人側が勝つ可能性も十分ある……てのがリーメイの語る獣人の力だった。
ここで一つ疑問が浮かぶ。何故、獣人達の人口はたったの三千なのだろうか。竜人は山中で三万の人口を誇るのに。
獣人の生活能力が竜人に劣っているのか?
いや、文化程度は彼らの話から察するに同程度だと思われる。むしろ放牧をする分、獣人の方が食糧調達に優れているかもしれない。
ここまでリーメイの話を聞いたところで、俺なりの疑問をリーメイにぶつけてみる。
「病気や天災、出生率なんてものもあるから、数が少ない理由を推し量ることは難しいんじゃないか?」
人口ってのは単純なものじゃあない。
しかし、分からないことは、いざこざを語る前にリーメイがなんでこんなことを説明し始めたってことだ。
俺の疑問に対し、リーメイは大きく首を左右に振る。彼女の顔は悲壮感に満ちていた。
「違います。我らは荒地に来るまで竜神と獣人の数の違いについては、気にもとめていませんでした」
「うん?」
「三千にしかなれなかったのです。荒地は豊かではなかったのです……」
「え、えっと……」
ダメだ。
全ての事情をリーメイから聞いてからと思ったけど、これじゃあ俺が理解できん。
「リュティエ、荒地に住んでいた時ってどんな生活をしていたんだっけ?」
「半遊牧生活をしておりました。彼の地は不毛の大地も多々ありますからな」
「ありがとう」
なるほどな。
技術力が向上すれば事情が変わってくるかもしれない。
だけど、当時の獣人らの営みでは、三千を支えるのが精一杯だったってわけか。
彼らは半遊牧生活をしている。対する竜人はどうなのだろう?
「竜人は一箇所に定住して生活しているのかな?」
「はい。荒地は確かに厳しいですが、ヤギやヒツジ、それにベリーの木を竜の谷から持ってきています」
「それで八千を支えきれるのか?」
「はい。竜人は獣人より粗食に耐え、食糧が無ければ眠ることもできます」
「冬眠をすることで食糧を調整し、生活をしてきたのかな?」
「はい……眠ることで、食糧の消費を三分の一以下にできますので」
何度目の叫びになるか分からないけど、異世界の環境はどこもかしこも厳しい。安定した土地なんて無いんじゃないか?
荒地だけじゃあない。
大草原も一年を通じて居住することはハウジングアプリの力無くして不可能だろう。
公国は獣人や竜人より技術力も相まってまだマシかもしれない。だけど、タイタニアを見ていると分かるように、食糧事情は非常に辛い。
公国は絶え間ない闘争に晒されているし……平穏とはほど遠い。
結局のところ、公国も獣人も……そして竜人も根本は同じなんだろうな。
生きる為に戦うのか、逃げるのか。結果に違いはあれどもさ。
竜神は冬眠をすることができるから、荒地であっても八千の人口を支えることができた。
対する獣人は三千ならば荒地で生きていける。
彼らが共存することは、荒地という環境じゃあ不可能だったんだ。
なんて、悲しい世界なんだ。
彼らの叫びは、地球というここから見たら夢のような世界出身の俺なんかに推し量ることなんてできない。
だけど……せめて俺の手が届く範囲だけでも笑顔になって欲しいんだ。
傲慢で自分勝手だけど、これが俺の正直な思い。
「リュティエ。この先は聞かなくても獣人と竜人の事情は把握できる」
「了解いたしました。
「いや、そんなことはないさ。リーメイ、説明ありがとう。リュティエもな」
俺はリュティエ、リーメイの順に会釈を行う。
それに対し、リュティエは深く頷きを返す。一方でリーメイは「どうしていいのか分からない」と言った風に首をブンブン振る。
毅然とした怜悧な美女が戸惑う姿は俺にとって新鮮だ。なんだか可愛いな。
「一つだけ先に言わせてもらえるか?」
立ち上がり、リュティエの方へ体の向きを変える。
すると彼もすぐさま立ち上がり、俺と真っ直ぐに向かい合う。
「リュティエ。俺は君の決断を賞賛したい」
「ふじちま殿……」
やりようによっては竜人を追い返すことだってできただろう。ならばこそ、「戦えばいい」と主張する獣人達から、反発もあったに違いない。
だけど、彼は新天地を求めた。
あるかどうかも分からない不確かな道を選んだんだ。
何という強靭な精神力。
自分の意思を突き通し、獣人達をついてこさせるなんて、何と凄まじいカリスマを持っているのだろう。
「リュティエの誇り高さ、崇高な想い、その在りようは決して非難されるようなものなんかじゃない。どうか自分を卑下しないで欲しい」
「は、はい」
感動屋のリュティエらしい。
目から滂沱の涙を流しながら、広い肩を震わせている。
自分で言うのも恥ずかしいセリフを呟いているけど、もう一つだけ言わせて欲しい。
「君と友人になれたことを誇りに思う。これからもよろしくな。リュティエ」
「ふじちま殿!」
リュティエとガッチリと握手を交わす。
精一杯の力を腕に込めたが、彼にとっては蚊がさすくらいだったらしい。
少しだけ俺より強い力を込め、「さあもっと強く握り返してくるのだ」とアピールしてるけど、これ以上は無理だって。
最後は俺らしく締まらなかった……あはは。
「事情が分かったところで確認だ。リーメイ達のいる前で悪いけど、それで揺らぐ君たちじゃないよな。リュティエ、ワギャン」
「言わんとしておることは分かりますぞ」
「ふじちま。僕とリュティエは君の決断に任せる。そこは変わらない。元より竜人との間で何が起こったのか、僕達は知っている」
ワギャンとリュティエの肩を叩き……ってリュティエの肩がちょっと遠い……。
彼の身長は二メートル以上あるからな。
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