第160話 まずは餌っす

 リーメイ達を座らせ、ペットポトルをそれぞれに手渡す。中身はミネラルウォーターだ。

 何が好みか分からなかったし、紅茶やコーヒーで彼らが「飲めない」ってなるのもよろしくない。

 竜人が食せない食べ物なんて、俺には分からないしなあ。

 その点、水なら面白みはないけど無難と言えよう。

 暑いしさ。


 戸惑う彼らに見せるように、ペットポトルの蓋を開けゴキュゴキュ中身を飲む。

 半分くらい減ったところで、ペットポトルをテーブルの上に置いた。


「変なものは入っていないから安心してくれ」


 コクコクと頷きを返す二人。

 彼らもだいぶ分かってきたようで、ハウジングアプリが産み出すアイテム類にいちいち驚かなくなった。

 よい傾向だ。ははは。

 死んだ魚のような目になっているようなそうでないような気がしなくもないが、見て見ぬ振りを決め込もう。


 そんな一悶着があった後、リーメイが竜人の事情を語り始める。

 竜人は広大な竜の谷と呼ばれる地域に部族別に分かれて住んでいた。

 獣人と異なり彼らは決して一枚岩ではない。

 部族同士が争ったり、そもそも全く交流がなかったりするんだそうだ。

 竜の谷は大山脈の荒地側に繋がる地域にある。この地は険しい山脈が連なり、小麦や米を作るのには向いていない。

 でも果樹園とかなら可能そうだ。名前の通り山の中にある谷という地形故に、水資源も悪くはないと思われるからだ。だって、水は低いところに集まるのだから。


 そんな竜人達であるが、総勢三万人近くの人口を誇るのだそうだ。

 もっとも、部族間交流が気薄な者たちについてこんなもんだろうという推測でしかないけど……。


「竜の谷だけで暮らしていくに充分じゃないのか?」


 リーメイから聞いた竜の谷について俺なりの感想を述べる。


「はい。ご想像の通り、山には獲物も山菜も豊富です。谷には川が流れ、そこに様々な動物、モンスター、植物が集まっていました」

「そうじゃなくなったってことだな」


 なんとなく思い出してきた。リュティエから大草原に来た事情を聞いた時、山が天災でどうとか言っていた記憶がある。


「はい。溶岩が流れ、我らの地の多くが壊滅的な被害を受けました」

「火山の噴火か」

「山の怒りです。時折山は龍神へ自らの存在を示すかのように荒ぶるのです」

「それ……モフ龍……じゃなかったグウェインは気分が良くないんじゃ」

「いえ、龍神様は『我に構って欲しいのだろう』と仰られ、山の不埒な行為にも寛大です」

「そ、そうか……」


 いや、そこは何とかしろよと思ったけど、リーメイに言うことじゃないと思い直し口をつぐむ。

 弱ったなあと頭をボリボリかいていたら、彼女が続きを語り始めた。

 竜の谷は火山噴火により火砕流の被害にあって、未曾有の危機に陥ってしまう。

 竜人達は自らの故郷である龍の谷にしばらくの間しがみついていたのだそうだ。だけど、三万人に及ぶ人口を荒廃した土地が支えることはできなかった。

 部族間で食糧を巡るトラブルが多発し、一触即発の状態になる。

 このままでは飢えて死ぬか、竜人同士で争い死ぬかのどちらかとなるまで彼らは追い詰められた。

 好戦的な部族は自らの縄張りを主張し、部族間の統制を取ろうとする部族の言う事などまるで聞かない。

 最も多い主張は「我関せず」という酷いものだったのだ。

 これは、部族としての独自路線を貫き、他の干渉を受けてこなかった部族の主張で、元来の竜人の気質を色濃くのこすものだった。

 争いを拒み、融和を図ろうとする部族は進退極り、龍の谷を出ることを決意。


「なるほど。荒地に進出した竜人は龍の谷を去る決断をした部族だったんだな」

「はい。その通りです。平和を望んだ我ら八千が、結果的に獣人を追いやることになってしまいました」

「でも、それなら獣人とも平和的に暮らすことができたんじゃないか?」

「我らもそのつもりで荒地に進出したのです……ですが……」


 リーメイはキュッと唇を結び、下を向く。

 彼女が落ち着くまで待っていたほうがよさそうだな。無理に続きを早くと促すほど急いでいるわけじゃないし。

 だったら、そうだな。

 タブレットを右手に出し、メニューを眺める。


『餌っすか!』


 俺の仕草に気が付いたハトが目ざとく俺の足元で激しく首を振った。

 分かった。分かったって。

 タイタニアに目配せすると、彼女も察してくれたようで宝箱の前で膝を付く。

 いつもの「ヒマワリの種(業務用)」の大袋を注文し、すぐさまタイタニアが袋を両手で抱え上げた。

 

「あ、バケツがないな」

『問題ないっす! そこに置いて欲しいっす!』


 バサバサと翼をはためかせ、袋に対してアタックを試みるハト。

 対するタイタニアは困ったように眉尻を下げる。


「いいの? フジィ」

「まあ、いいか」


 タイタニアが袋を床に置くと、ハトが嘴で突っついて袋を破く。

 ふむ。ようやくハトが静かになってくれた。どんだけ食いっ気があるんだよ、ほんと。

 さてと。キノコ椅子にちょこんと腰かけてずっと話を聞いていたワギャンへ目を向ける。

 

「どうした?」

「竜人が食べることのできないものってあるのかな?」

「特には無いはずだ。ふじちまの出した食べ物の中からなら」

「分かった。ありがとう」

 

 おもむろに両手を開き、精一杯の笑顔をリーメイに向ける。


「おやつの時間にしよう。糖分が不足していると頭も働かないっていうしさ」

「は、はい……?」


 伏せた顔をあげるリーメイだったが、顔には戸惑いの色しかなかった。

 これまでの経験から、一緒に食事をすると多少は空気が緩むものだと分かったんだ。

 なので場が硬直した時は、一旦お食事タイムを挟むことにしている。

 今回は腹いっぱいってわけにはいかないけど、甘い物を食べたら気分も変わるに違いない。

 だがしかし、俺は見逃さなかった。

 タイタニアの口元を。

 どうなっていたのかは、彼女の名誉のため伏せておこうではないか。


 おやつは決定なんだけど、何を出すのかはノープランだ。

 手軽に食べることができるものがいいよな。

 メニューに目を落とし、スライドさせていく。

 よし、キミに決めた!

 

 ――ゴトリ。

 宝箱にご注文の品が届いた音が響く。


 神速でタイタニアが宝箱の前にしゃがみ込んで、中を改める。

 ぱああっと彼女の顔が明るくなり、お品物を掴み上げた。

 

「右からクッキー、マシュマロ、ポップコーン(キャラメル味)、かりんとうってお菓子なんだ。お口に合えばいいけど……」

 

 タイタニアがテーブルの上に並べてくれたお菓子類の説明をリーメイとロンに行う。

 

「ふじちま。魔力が許すなら、甘い菓子と一緒ならばコーヒーか紅茶がよいんじゃないか?」

「そうだな。そうしよう。ペットボトルでいいか」


 ワギャンのアドバイスに従い、紅茶とコーヒーも用意した。

 

「それじゃあ、おやつタイムにしようか。いただきまーす」


 手を合わせ、まっさきにクッキーをつまむ。

 タイタニアとワギャンが俺に続く。

 俺たちの様子を見て、ロンもマシュマロを一つ掴み、口に運んだ。

 戸惑ったまま手を出そうとしなかったリーメイには、リュティエがうまくフォローしてくれてようやくクッキーを一つ手に取ってくれた。

 

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