第159話 竜人の姉弟

「あなた様は神龍のお告げの方なのでは……」


 細い目を更に細め、男は長い尖った口の端から息を漏らす。


「お告げって……」

「運命と試練のメシアよ。その先は龍の姫巫女『リーメイ』が申し上げます」

「あ、うん」


 なんかまたえらいこっちゃな名称が出てきやがったぞ。

 誰だよ、変なことをやったのは。だいたい誰がやったのか想像がついてしまったけど、続きを聞こう。


「龍神より不思議な魔法を使う者がやって来るとお告げがございました。その者は女のような顔をし、尾とツノがないという。まさにお告げの通りのお方と見受けられました」

「あ、あー」

「運命を動かし、我らに試練を与えるメシアよ、どうか我らにお力添えを」


 リーメイと男は両手を地面につけ頭を下げる。

 ……あのモフ龍め。余計なことをしやがって。

 竜人達と敵対せずに会話ができることは有難い。だけど、運命はともかく試練ってのが嫌な予感しかしねえ。


 ここはみんなに意見を……こ、こいつはあかん。

 タイタニアは手を胸の前で組み目を潤ませているし、ワギャンも似たような感じだ。

 リュティエはリュティエで太い腕を組み目をつぶって何やら考え込んでいる様子。


 一人……ではなく一羽、いつもどおりの奴がいるにはいるが……。

 まずい、奴の丸い瞳と目が合ってしまった。


『餌の時間っすか! ちょっと早いっすけど、僕は問題ありません!」

「いや、餌はまだだ」

『パネエッス!』


 激しく首を振り抗議の声をあげるハト。

 奴の目はいつもの通り不気味さを通りこして怖気を誘う。

 やべえ。あの目はやべえ。

 何度も言っている気がするけど、印象的過ぎるのだもの、仕方ない。


 こんな時にカラスが居ればなあ……ポテト一袋で何でも疑問に答えてくれる。

 無い物ねだりをしても何も進まないよな。

 よし、現実逃避はここまでだ。


「あ、えっと……」

「もしや、お主はロンではないか?」


 まごつく俺の発言にリュティエが言葉を重ねる。


「確かに俺はロンだが……虎族の……このオドは……リュティエさんか!」


 声をかけられた竜人の男が立ち上がり、真っ直ぐリュティエを見つめる。


「そうだとも。ロン。私はすぐに気がついたぞ。まだまだ修行が足りぬな」

「だって、姉ちゃんが血相を変えて……」


 竜人の男――ロンは隣で伏せるリーメイにチラリと睨まれ頰をかく。

 この二人は兄弟なのか。

 声と仕草、話し方から想像するにロンは少年なのかもしれない。

 リーメイの見た目が人間に準じるとすれば、彼女は二十代前半ってところ。

 印象だけで勝手に推測するのなら、ロンは十代半ばくらいかな。


 そこまで考えて少しホッとした。メシアなど何なのはこの姉弟とせいぜい彼女ら周囲の人たちの中の出来事だろうと思ったからだ。

 年少のもの二人だけで迎えに来てるってことだし。お偉いさんのお付きもいない。

 俺が胸を撫でおろしている間にもロンとリュティエの会話が続く。

 

「もう二度と会えないと思っていたんだ」

「私もだ。だが、大魔術師メイガスふじちま殿が導いてくださった」

「そうなんだ! どんな形でもおっちゃんに会えて嬉しい!」

「おっちゃんはやめろと言うのに……全く」


 苦笑しつつもリュティエの耳を見れば彼の気持ちがまんざらでもないことが分かる。

 この光景を見ることができただけでも、彼と共にここまで来てよかったと思えた。

 

「ロン!」

「えー、姉ちゃん、いいじゃねえかよお」


 リーメイがリュティエとまだまだ喋りたそうなロンの肩を掴み、引き離す。

 不満そうな声をあげるロンだったが、リーメイが目を細めると「ちぇ」と声を漏らし引き下がった。

 

「リュティエさん、獣人と竜人の間に何があったのか聞いております」


 目を落とし、唇を結ぶリーメイ。

 彼女の声は少し震えていた。


「よいのだ。我らは結果的に安住の地へと導かれたわけなのだからな」


 しかしリュティエは「問題ない」とばかりに自分の胸をポンと叩く。


「メシアによってでしょうか?」

「いかにも。リーメイ、不躾で悪いが、ふじちま殿へ竜人と我らの間に何があったのか説明してくれないか?」

「私でよければ」

「ま、まあ、立ち話もなんだし、ちょっと待ってもらっていいかな」


 食いつかんばかりの前のめりにリーメイが来るものだから、両手を前にやって左右に手を振る。

 急いても事は仕損じるって言うじゃないか。

 こんな時は、まず落ち着いて……だろ?

 

 右手にタブレットを出し、左に向ける。

 今回はあの二人を中に入れるから、パブリック設定にしよう。

 広さは……面倒だからどんぶり勘定で十メートルの正方形でいいか。

 決定をタップ。

 するといつものごとく、音も立てずに雑草がまばらに生えたこげ茶色の荒地が草一本ない小石交じりの更地に変わる。

 床材は芝生にして……あ、宝箱を置かないとアイテムが取り出せないか。

 忘れるところだったぜ。

 

「タイタニア、どんなテーブルセットがいいかな?」

「フジィのお家にあるような白いものはどう?」

「それにしておくか、いや」


 タイタニアに聞いておいてあれだが、ちょっとした遊び心が俺の中で生まれる。

 ロンとかリュティエのようなゴツイ連中が、ファンシーなテーブルセットに腰かけていたらどうだろう。

 こう緊迫した空気も和むと思わないか?

 

 よっし、ならばこれにしよう。


「可愛い!」

「これに座ることができるのか?」


 両手を合わせはしゃぐタイタニアと首を傾けるワギャン。

 うん。予想以上に芝生によく似合う。

 鮮やかな赤と白のコントラストが美しい「キノコテーブルセット」は。

 まるで、森の中に自然にできたキノコの……それは無い。

 一人ノリ突っ込みしているところで、悲鳴のような驚きの声で耳がキンキンしてしまう。


「こ、これが魔術なのですか!」

「す、すげえ!」


 声の主は竜人の姉弟だった。

 リーメイは目を見開いたまま茫然としていて、ロンはロンで尻尾をこれでもかと伸ばし指先を震わせていた。

 しかし、ハッとしたようにリーメイが再起動し、ロンを肘でツンと突く。


「こら、ロン。メシアには最上級の敬意を示しなさいって言ったでしょ」

「あ、ごめんごめん」

 

 リーメイとロンはとても仲が良さそうだな。本人たちに言うと否定しそうだけど……。

 しかし、敬意とか示されると照れてしまうし、却ってやり辛くなる。

 

「普通に喋ってくれていいから。俺もこんなだろ?」

「分かった! 堅苦しいのは苦手なんだ。ありがとう。メシアの兄ちゃん」

「こら!」


 リーメイが手を伸ばすがロンはひょいっと体を捻って彼女の手から逃れた。


「先に自己紹介と行こう。俺は藤島良辰。よろしく」


 右手を差し出すと、リーメイは恐縮したように俺の手を取ろうとはしない。

 その代わりに深々とお辞儀をし、真っ直ぐに俺を見つめ口を開く。


「リーメイです。竜神の声を聞く姫巫女をやっています」

「ロンだ。俺は強くなるためにまだまだ修行中ってとこ」


 自己紹介が済んだところで、二人をキノコ椅子に案内するとしよう。


「ワギャン……大丈夫だ。そいつはクッションじゃなくて、ちゃんと座ることができるから」

「分かった」


 キノコテーブルセットへ目を向けたら、ワギャンが指先でツンツンとキノコ椅子を突っついていたから和んだ。

 そういや、キノコハウスを建てた時、中にキノコ椅子型のクッションがあったんだよ。

 あれに座ると後ろにすてーんと行ってしまうってお茶目過ぎるアイテムが。

 

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