第154話 川なんぞもののかずではない

 開けっ放しにした玄関扉から、ワギャンと彼の後ろからハトが続く。


『良辰。餌っす』


 扉口で体を詰まらせたハトの戻ってから一言目がこれである。

 本当にブレない奴だなこいつは。

 苦笑しつつも、ハトを扉口から両手で押し出し外に出る。


 バケツ(20リットル)とひまわりの種(業務用)を注文し、宝箱から取り出す。


「お手伝いするね!」

「助かるよ」


 バケツをタイタニアに支えてもらい、ひまわりの種をドバドバとバケツに流し込む。


『パネエッス!』


 餌袋から手を離した途端にハトがバケツに顔を埋める。


「ワギャン。偵察ありがとう」

「いや。特に変わったものは見えなかった。気になることはある」


 俺の横に立ってこちらを見上げていたワギャンがリュティエに目を向けた。


「私に何かあるのか?」

「このまま真っ直ぐ進む予定でよかったか?」

「うむ」


 リュティエとワギャンが二、三言言葉を交わす。

 ワギャンの質問の意図に気がついたのかリュティエはハッとしたように拳を握りしめた。


「ふじちま殿。真っ直ぐ進んで参りましたが迂回が必要です」

「何かあるのかな?」

「荒地と草原の境界に川があるのはお伝えの通りなのですが、このまま進むと川幅が広く」

「なるほど。橋とかは無いんだよな」

「はい。渡河するに適した場所は把握しております」

「迂回路は結構距離が伸びるのかな?」

「はい。大魔術師メイガスの道とのことでスッカリ舞い上がっており、申し訳ありませぬ」

「いや、そのまま進もう」


 つま先立ちになり、ポンとリュティエの肩を叩く。

 ちょうどいい。一度試してみたかったんだ。

 制約条件は一つ。川の流れを堰き止めないようにしなきゃならないことだけだよな。

 短時間なら堰き止めても問題なさそうにも思えるけど、流れていた水か滞留するってことはどこかにその水が行くってことだ。

 それがきっかけで流域が変わったりすると、自然への影響が大きすぎる。

 流域の地形調査をした後なら話は別だけど、何が起こるか不明だものなあ。

 何しろ、ここはカタツムリが地面から顔を出す異世界なのだ。

 用心するに越したことはない。


「承知しました。ではそのまま真っ直ぐ案内します」

「ありがとう。話は変わるけど、そろそろご飯にしようか」


 タイタニアがバケツに首を突っ込むハトを見る目が変わってきている。

 そろそろ彼女のハラヘリタイマーが警笛を鳴らしていそうだ。


 ワギャンとリュティエに火を焚いてもらって、俺とタイタニアが料理の準備をする。

 料理といっても野菜と肉を大きめにザクッと切って串に刺すだけだ。

 野菜と肉をセットした串に塩胡椒を振り火にくべ……後は焼きあがるのを待つ。


 これだけのシンプルな料理だけど、野外でみんなと食べたから楽しかった。味もまあ悪くない。

 食べっぷりを見たところ、リュティエの食事傾向が少し人間と違うのかなと感じた。彼は虎の見た目まんま肉食傾向が強いのかもしれない。

 ワギャンは犬寄りなのか人間と変わらぬ雑食だったんだけどさ。

 タイタニア? 彼女は人間だろ? 単に食いしん坊バンザイなだけだ。

 いつもおいしそうに顔を綻ばせて食べる姿が微笑ましいけどね!


 一夜明かし、二日目はリュティエの提案で速度がドンと速くなった。

 彼の提案とは役割分担だ。

 二輪の荷台を出して、シロクマにそれを引っ張ってもらう。

 御者はリュティエに任せ、俺は土地を買うことに集中する。

 タイタニアには自転車に乗ってもらい、ワギャンはハトに乗って空から警戒を行う。

 こうすることで、俺が土地を買うことに集中でき、速度があがるって寸法なんだ。


 実のところ、前回の遠征の時もマルーブルクから同じような提案はあった。だけど傾斜や障害物がある場合に俺自身が慣れてなくて、速度についていけないと判断したんだよ。

 最初は徒歩で進んでいて自転車に乗り始め……だったしさ。

 今回もできるかどうか不安はあったけど、慣れってすごいな。徐々に速度を上げてもらうようにしたら行ける行ける。

 どんな荒地であっても、我が土地になりさえすれば真っ平らな敷地に変わるからな。

 後は大きな岩が前方にあろうとも速度を保ったまま進む勇気だけだ。

 既にタブレットの操作は全く問題ないまでになっていたことが大きい。


 その日の晩はタケノコ型の家を建て一夜を明かした。


 三日目のお昼前――。

 ついに大草原と荒地を隔てる川に到着する。


「泳ぐと気持ち良さそうな川だね!」


 河岸に両膝を揃えてしゃがんだタイタニアが指先で水をすくって自分の頬っぺたを濡らす。


 確かに透明度が高く、流れも緩やかで泳ぐに適している川だと思う。

 魚も泳いでいそうだし、釣りをするのも楽しいかもしれない。

 ここまで作ってきた我が土地ロードを使えば、馬車で二日もあれば到着できる。

 これくらいの距離なら、たまに遊びに行くのもいいよなあ。


 素晴らしい川だ。

 ただし、遊ぶことに関してという注釈がつく。


「思った以上に川幅が広いな」


 目を凝らさないと見えない向こう岸へたらりと額から汗が垂れる。

 そうなのだ。

 この川は川幅が広すぎる。遊ぶにはいいが、渡るにはしんどい……。


「川幅が狭いところを探してこよう」


 ワギャンがハトに乗り込もうとするが、片手をあげ彼に待ったをかけた。


「いや、手はある。もしうまくいかなかったら探索を頼んでいいかな」

「分かった。お前の魔術はなんでもありなんだな」


 こうのたまうものの、ワギャンは特に驚いた様子もない。

 彼とタイタニアはタブレットパワーなら何が起こっても不思議ではないと達観しているからな。

 だけど、虎の偉丈夫はそうではない。

 

「ふじちま殿。一体どうなされるおつもりで? いかな大魔術師メイガスと言えども……空を飛ぶわけではありますまい」

「試してみるよ。うまくいったらバンザイってことで」

「了解です」

「その辺に腰を降ろして待っていてくれ」


 さってと。向こう岸が見えないのが想定外だが、試すだけ試してみるとしようか。

 タブレットを取り出し、風景を映しこむ。

 ちょうど川岸に接するよう石畳の登り階段を設置。階段の高さは地面から三メートルとした。少し低い気がするけど……この地形なら洪水が起きても水位は二メートルを超えて上昇することはないはず。

 それ以上の水位になれば、岸の高さを優に超え大洪水になるに違いない。

 

 階段から真っ直ぐ石畳の道を十五メートルほど伸ばす。石畳の高さは五十センチくらいなので、水面から石畳の道までの高さは二メートル五十ってところかな。


「うまくいけばラッキーかなあ」


 この時点で一度決定をタップし、現実世界に建造物を反映させる。


「な、なんと……」


 リュティエが驚きの声をあげた。

 タイタニアとワギャンも目を丸くしている。

 俺自身もあまりに重力を無視したハウジングアプリのパワーに自分でやっておいて何だが……若干引いてしまう。


 階段から伸びた石畳の道は崩れる様子も見せず、非常に安定しているように見える。

 普通は支えるものが無いので、石畳の道は自重により落下するはずなんだけどな。


「これならこのまま向こう岸まで行けそうだな」


 階段の上に登り、向こう岸に目を凝らす俺であった。

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