第155話 なんかきた

 そのまま30メートルくらい橋を伸ばし、念のため様子を見る。

 うむ。微動だにしない。これなら、問題ないだろ。

 石畳の階段を登って、途中までできた橋をゆっくりと進む。

 続きを作ろうと立ち止まったところで、背中に何かぶつかった。


「ん?」

「んん?」

「危ないかもしれないから、後から来てくれてよかったのに」

「でも」

「大丈夫だよ。俺は水泳が得意だからな!」


 心配したのかタイタニアがついてきてくれていたようだ。

 彼女の想いは俺がカナヅチかどうかじゃないに違いないけど、謎の誤魔化しをする俺である。

 しかし――。


「……不安だから、俺の腰の辺りを持っててくれるか?」

「うん!」


 そんな顔をされたらタイタニアを帰すわけにゃあいかないだろ。

 それにしても掴んでいいとは言ったが、両手で握りしめなくても……。

 ジャージが引っ張られて後ろに倒れそうな気がする。


「ふじちま」


 空からはハトに乗ったワギャンが俺の名を呼ぶ。

 この分だとリュティエも何かしてるのかなと自分が来た岸の方向へ目を向けたる。彼は階段を登ったところで背後を警戒している様子だった。


「みんな心配性なんだから……」


 苦笑しつつも悪い気はしない。みんな俺のために自分にできることをしてくれようと言うのだ。迷惑だ面倒だなんて思うわけがないだろ。

 むしろ少しだけ胸が熱くなったよ。

 ……少しだけだけどな。


 俺のデレなんて誰得だよ!

 頭をガシガシと片手でかきむしりながらタブレットをもう片方の手に出す。


『良辰! 腹が減ったっす!』

「渡りきるまで待ってろ!」


 タブレットの「決定ボタン」をタップしようとしたところで、ハトから気の抜ける声が。

 まあ、こんなところが俺たちらしいよな。

 よし。決定っと。


 次の瞬間、音も立てずに橋の続きの道が出現する。


「行こう。タイタニア」

「うん!」


 何事も無く向こう岸に到着した俺たちは、その場で食事を摂ることにした。

 先にハトバケツを準備し、キャンプ場のような炉と炊事場を設置する。


「そこの箱(宝箱)に食材と包丁とかを出しておいたから、料理をみんなに任してもいいかな?」

「了解ですぞ。今晩は私がやりましょう」

「う、うん」


 リュティエの大きな手に包丁は小さすぎないかなあ……。ま、まあ……ワギャンとタイタニアもいるし大丈夫だろ。

 二人にリュティエのサポートを頼み、我が敷地を拡大する。

 みんなに料理を任せた俺はといえば、家を建築することにしたんだ。時間短縮ってやつだよ。


「広さはこんなもんでいいだろ」


 どんな家にしようかなあ……キノコ、タケノコときたら……。

 悩ましい。

 いっそ、巨大建造物でも建ててやろうか。ピラミッドとか。

 いや、さすがにそれはちょっと。


「うお」


 悩んでいたら、不意に背筋がゾクリする。そのため、タブレットを操作する手が止まってしまう。

 圧倒的な気配だ……。

 周囲を見渡すが、空には何も確認できなかった。

 未だ姿は見えないというのに、分かる。分かってしまう。

 気配の主が持つ絶対的な強さが。この気配は人知を超えた得体の知れぬものだけど、誰しもがひれ伏し畏敬の念を抱くだろう。

 人によってはこの気配に信仰心さえ持つかもしれない。


 だがしかし。

 俺にとってはそうではない。

 「どうしたもんかな」と悩む暇もなく、そいつは頭上に現れた。

 「いつの間に」とか、「今まで相当遠くにいたよな」とか考えちゃあいけない。絶対生物とはあらゆる物理法則が通用しないものなのだ。

 そう、タブレットのようにね。


「いきなりな挨拶だな」

『相も変わらずふてぶてしい態度よの』


 気配の主は、純白の毛皮を持つ巨龍だった。以前俺はこいつには会ったことがある。

 こいつはモフ龍ことグウェイン。グバアのお遊戯相手だ。

 モフ龍とグバアがびったんびったんやるから、大草原の地形が変わってしまう。迷惑な話だよ。


「何か用事が? ここには俺を含む人間二人と獣人二人しかいない」

『分かっておる。お主、グバアの眷属だろう?』

「断じて否。違う。絶対に違う!」


 このモフ龍は何てことをのたまうんだ!

 俺が生意気なハシビロコウの配下なわけねえだろうが。


『お主はグバアの加護を受けているのだろう?』

「あの鳥にはハトとカラスを世話してもらったけど、直接何かあったわけじゃない」

『なら何なのだ? お主とグバアは』


 悩む。

 何て悩ましいことを言うんだ。


「うーん。とっとと帰って欲しいけど居座る客……違うな。知り合い。うん、知り合いだ」


 自分で言うのも何だけど、適当過ぎる回答に我ながら呆れてしまった。

 しかし、俺とは対称的にグウェインの反応はただ事じゃあない。


『何と。お主、グバアと友垣だと言うのか』

「え、あ、まあ……」


 どこをどうとったら、知り合いがお友達になるんだよおお。

 だが、曖昧に言葉を濁したのが問題だった。

 

『グバアが……』


 グウェインは巨体を震わせて信じられないという風にワナワナしている。

 別にワナワナするのは構わないんだけど、力が入り過ぎているのか奴の周囲から暴風が吹き荒れ……川の水がぶわーっとなっているじゃないか。

 川岸にある雑草も斜めになり、少し離れたところに林立する木々の葉っぱも飛び散って行く。

 

「待て。少し落ち着け。え、えっと。俺とグウェインも会話を交わした仲じゃあないか」

『ふむ』

「だからさ。同じだって。グバアと同じ。俺とグウェインは『知り合い』な。うん」

『そうか。いい響きではあるな。うむ』


 やっと満足してくれたらしい。

 誤解がないように念押しするが、俺は一言たりともグウェインに「友人」なんて言ってはいないからな。

 あくまでお知り合い。それもなるべくお会いしたく無い方のだ。

 

「で、話はそれで終わりかな?」


 とっととお帰りいただきたい俺は、グウェインが落ち着いたところで畳みかける。


『まだ何も述べていないが?』

「そ、そうか……」

『お主。ここへ何をしに来た?』

「竜人に会いに来ただけだ。ここを侵略しようとか自分の領域にしようなんて気は毛頭ない」

『ふむ。お主ならば、あるいは』

「入っても大丈夫か? 荒地はグウェインの領域なんだよな?」

『領域? そのようなものは軟弱なグバアしか持たぬ。我は我の住処が静かならばそれでいい』

「分かった。じゃあ、遠慮なく荒地に入らせてもらう」

『良辰よ。我は直接手を下すことを控えておる。ではな』


 あ、ちょっと。

 止めようとしたが、グウェインが一瞬にして視界から消えてしまった。

 意味深なことだけ呟いていなくならないで欲しいもんだよ。全く。

 超生物ってのはみんなこんななのか?

 グバアもグウェインも言いたいことを言ったら、こっちが聞き返す前にどっかへ行ってしまうんだもの。

 

「ふじちま? 大事ないか?」


 グウェインが来てから料理の手を止め、ずっとこちらの様子を窺っていたワギャンが心配そうに俺へ声をかける。

 残った二人も彼と同じようにじっとこちらを見つめていた。


「全く持って。何しろ敷地の中にいるからな」

「そうか。お前の胆力に毎回ビックリする」

「そうかな……ははは」


 敬ったり、ひれ伏したりしたとしても二度と来なくなる保障はないしなあ……。

 俺の安全は完全に保証されているし、それなら普通に会話を交わした方がよいと判断している。

 ひょっとしたら、思ってもみない情報を得ることができるかもしれないしさ。

 

「家の建築作業を再開するよ。みんなも料理をよろしくな」

「分かった」

 

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