第149話 いもむしー

「また地震かあ」


 どこかでグバアが暴れているのかな。カップ焼きそばの湯切りをしつつ、顔をしかめる。

 スイカ亀事件から一週間が過ぎたんだけど、これでもう三度目の地震だ。

 といっても大揺れってわけじゃなく、震度二、大きく見積もっても三で揺れる時間も短い。

 

 俺のいる場所は我が土地に護られた自宅の中なので、例え大地震が発生した場合は揺れが軽減される。

 なので、揺れるたびにひょっとしたら大きな地震かもしれないと思って、外の様子を確認しているんだ。念には念をってね。

 そんなわけで、カップ焼きそばを一旦キッチン脇に置いて、二階のテラスへ移動する。


「大丈夫そうだなあ。でも」


 南の空がどんよりと曇っている。

 大草原では南から北へ風が吹くことが少ない。南は山脈だと言うので吹き下ろしの風が流れてきそうなものだけど、そうでもないらしい。

 ここへ来た短い経験から判断するに日本と同じく西から東に向けて風が吹くことが常みたいだ。もちろん例外はあるけどね。

 風の動きから判断するに、あの黒い雲がこっちにまで来る可能性は低いだろう。

 まあ、大雨になったとしても俺自身はまるで困らない。

 だけど、農場や牧場はそうも言っていられないから、穏やかな天気なのは喜ばしいことなんだ。。


「んじゃま、安心したところで焼きそばを食べるとするか」


 今日はワギャンもタイタニアもお仕事で出かけている。

 俺もこの後、牧場にでも繰り出すかなあ。

 牧場でノンビリと草をはむモフモフ達の姿を想像し口元が緩む。


 お、噂をすれば。

 淡いブルーと鮮やかな赤色のクーシーがコボルトを乗せて駆けている姿が目に移る。

 いいよなあ。クーシー。

 俺も乗ってみたい。愛犬……とは違うけど外見狼に乗れるとか犬好きの夢だぞ。

 いつから犬派になったんだって?

 いやいや俺は今でも猫派だよ。

 だけど、そんなもん吹き飛ぶくらいクーシーのモフさは癖になる。


 クーシーに向けてを振ると、騎乗しているコボルトが手を振り返してくれた。

 ん、おや、こっちに来る。

 彼らは目がいいからな。俺にはみえないけど、向こうからは俺の顔がハッキリと見えているはずだ。


 来てくれるなら迎えに行かねば……ということで自宅から出ると、ちょうど二頭のクーシーが一階のテラス横まで到着する。

 乗っていたコボルトは馴染みある二人――ワギャンとジルバだった。


「散歩をさせてたのか?」

「それもある。だがふじちまに報告をしておこうと思ってな」

「お、そうなのか。夜でもいいんだけど」

「ちょっと気になることがある。昼間の方がいい」

「分かった」

「こここらなら公園がいい。ついてきてくれ」

「おう!」


 ◇◇◇


 ハト用の水場へクーシーを放ち、俺たち三人は噴水前のベンチに腰掛けた。


「そこの物見から南の空を確認してくれるか?」


 座るなりワギャンがすまなさそうに頭を下げた。

 座る前に言うべきだったとでも思ったんだろうか。

 しかし、その必要はない。


「さっき地震が起きた時に、南の空は確認済みだ。どんよりと曇っていたよ」

「そうか、それならこのまま話をしよう」


 ワギャンが語るのは獣人たちの間で伝わるおとぎ話だった。

 空が曇り、小刻みな大地の揺れが起こることが数度繰り返される。これは大災害が始まる前の予兆なのだと。


「大災害か……大噴火か何かかな?」


 確かワギャンらは竜人に追われて大草原に来たはずだ。

 山岳地帯で暮らしていた竜人たちは、火山噴火の影響で獣人が住む荒地へ進出して来た。

 竜人たちは獣人より優勢みたいで、現在は獣人を退けた竜人達が荒地で暮らしている。


「ふじちまが言うのなら大噴火かもしれない。伝説では何が起こるとはハッキリと伝わっていない」

「なるほどな」

「グバアのような神に等しい存在の来襲を伝えるものかもしれないし、大地が割れるのかもしれない」

「サマルカンドに被害がなきゃいいんだけど……」


 眉根をよせお互い顔を見合わせた。

 同時にため息が出て、思わず笑ってしまう。

 伝説やらおとぎ話ならカラスに聞いてみるとするかあ。

 ポテトチップスでも喰わせておけばくあくあ喋るだろ。


「空からも南の空を見るようにする」


 ワギャンはそう言い残してジルバと共にクーシーに跨って牧場の方へ戻って行った。


 ◇◇◇


 そんなわけで、自宅二階のテラスである。

 ここにはカラスとハトの餌場があるんだ。

 ハトの餌場は出張所だけど(一応、ハトの住処は公園)、カラスがここで食事をするようになってから、ハトがあまり公園には行かなくなっている。

 カラスはハトに対し嫌がる素振りを見せているけど、なんのかんのでこいつら仲が良いんだよな。


「痛いって!」

「変なことを考えていただろ」


 油断をしたらこれだよ。

 餌の補給をしていたら、カラスが飛んできているのは目に入った。

 そのまま水の入ったバケツ辺りにでも着地すると思いきや、俺の頭の上と来たもんだ。

 で、鋭い嘴で突かれた。


「カラス、ポテトチップスみたいなスナック菓子があるんだけどなあ」

「あからさまに怪しいな。まあいい、ポテトチップスとあれば聞いてやろう」

「ポテトチップスと素材は少し違うんだけど、同じように油で揚げたお菓子なんだよ」

「おう?」


 どうやらカラスは興味を惹かれたらしい。俺の頭から肩まで降りて来た。

 ここでとどめの一言だ。これで勝つる。


「それだけじゃなく、いもむしの形をしてるんだぜ……って痛えって」

「俺は虫が好きじゃねえんだ」

「え、ええ……」


 ハトの奴はひたすら「いもむしっす! パネエッス」とか囀っているのに。

 ハトもカラスも同じような生き物じゃないのか?


「同じにするんじゃねえ。まあいい、とりあえずそのスナック菓子を出せ」

「文句を言いながらも食べるのかよ」

「その方がいいんだろ? 何か俺に頼みたいことがあるんじゃねえのか?」


 すべてお見通しってわけか。

 カラスは一応これでも大賢者である。一応な。

 おっとそろそろマズイ。どうやってなのか知らないけど、カラスは俺の心を覗き見ている気がするんだよな。

 この辺でやめておかないとまた突っつかれてしまう。

 

「っち」

「な、なんだよ。その舌打ちみたいなの」

「気のせいだ。で、スナック菓子は?」

「こっちだ」


 宝箱を開けて、カラスに銀色の包み紙を見せる。

 すぐ開けろとせがむので、パーティ開けをしてベンチの上に置いてやった。

 

「味は悪くない。だが、ポテトチップスほどじゃあねえな」

「このスナック菓子もなかなかのロングセラー商品なんだがな」

「ロングセラー?」

「あ、いや、こっちの話だ。で、聞きたいことなんだがな」

「おう」


 変な方向に進もうとした会話を無理やり修正し、カラスに問いかける。

 

「最近、地震が起きているだろ、それと南の空が曇ることと何か関係性があるのか?」

「あるぜ」


 いもむし型のスナック菓子を丸ごと飲み込み、カラスはあっさりと答えを返した。


「てことは、地震の原因は火山噴火か」

「おう、お前もたまにはちゃんと考えるんだよな。いつもぼんやりしているがな」


 カラスの歯に衣着せぬ物言いに口元をひくつかせるが、ちょっと嬉しかったりする。本当にちょっとだけな。

 ある意味、俺の本質をそのままに捉えているのはカラスだけなんだ。ひょっとしたらハトもだけど……アレは狂気に満ちていてよくわからん。

 他のみんなは大なり小なり俺の事を知恵者だと思っていて、いろいろ勘違いが発生する。

 自分の浅慮を吹聴する気はないけど、たまにはカラスとこういうやり取りをするのも悪くないかなってね。


「となると、断続的に細かい噴火が続いているってことか」

「火山灰はあがっているので間違いねえな。溶岩が流れるような噴火が起こっているのかは知らね」

「うーん、活断層か何かでもあるのか……」

「『活断層』? 聞いたことないが、火山の原因か何かのことか?」

「うん、可能性の一つだけどね」

「あ、お前は異世界から来たんだったな。この世界の火山の要因は『活断層』ってもんから来ているわけじゃねえぞ」

「ほお?」

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