第148話  実食タイム

 タイタニアの髪を結いあげ、てっぺんに提灯がくっついたかんざしを挿して完成だ。

 うん。我ながらよくできたと思う。

 彼女は手慣れた手つきだと思っているようだけど、そんなことはない。

 結いあげるなんて初めてやったんだよな……どうなることかと思ったけど為せば成る。

 

 マルーブルクはラベンダーと淡い青色の浴衣だったけど、タイタニアは白地に桜の花びらを模したもので彼女の内面に良く似合っている。

 彼女は外面こそ凛とした感じなんだけど、本当はほんわかして純真な感じだからな。

 淡いピンクがピッタリだと思わないか?

 

「行こう」

「うん」


 階下で待つマルーブルクとクラウスを連れて公園に繰り出した。

 

 ◇◇◇

 

 公園に到着すると噴水の前で既にワギャン、リュティエ、ジルバが待っていた。

 

「ごめん、待たせちゃったかな」

「そうでもない。僕らにも素晴らしい衣服を用意してくれてありがとう」


 ワギャン達にはハッピを渡しておいたんだ。

 ワギャンは赤に白で波が描かれたハッピに白のズボンと腰に巻くサラシ。ジルバは紺色で同じ柄。

 ワギャンとジルバが並ぶと対になっている。

 

 それよりなにより驚いたのがリュティエだよ。

 彼には黒のハッピで、背中に「旭」と赤字で文字が入っていて下部にワギャンらと同じような白地で波のマークが描かれている。

 はち切れんばかりの筋肉と勇壮なハッピ姿がこれほどハマるとは驚きだ。

 

「この衣服は動きやすいですな。特にこの靴には感服いたしましたぞ」


 リュティエが足を少しあげて、白い足袋を指さす。

 入るか心配だったけど、サイズが合ってよかったよ。

 

「ほお。足の形に合わせているのか。こいつは歩きやすそうだ」

 

 クラウスがまじまじとリュティエの履く足袋を見やる。

 

「刃物は弾きませぬが、足に吸い付くようですな」

「ほうほう」


 リュティエとクラウスが足袋談義をよそに俺は俺で準備に取り掛かるとしよう。

 

 辺りはもうすっかり暗くなり始めていて、このままだと暗すぎて手元が覚束ない。

 しかし、問題ないのだ。

 公園には電灯が四本設置されていて、噴水周辺には二本の電灯がある。

 普段は電源をオフにしているが、こういう時に使わなきゃだな。

 

 それ、ポチっと。


「この明かりは魔力を使うのかい?」


 マルーブルクが電灯の先にくっついた蛍光灯に目をやり眩しそうに目元へ手をやる。

 

「いや、光らせるのには特に魔力を使わない」

「ふうん。それなら、夜になったら明かりを灯すこともできるのかな?」

「うん」


 電灯には光センサー機能があって、周囲が一定の暗さになると明かりを灯す。よくある街灯と同じ仕組みだな。

 

「それなら、夜は今みたいに光った状態にしてもらうことってできるものかい?」

「うん。そっちのがいいかな」

「そうだね。月次第だけど新月になると真っ暗闇だし。光があった方が何かと便利だからね」

「おう。だけど、方針的に大丈夫なもんかな?」

「今更じゃない? キミの家は毎晩煌々と明かりが灯されているよね」


 マルーブルクの言う通りだ。俺の家の電器については以前にも話題に上った。

 賢者の住む家だし、便利魔道具が大量にあってもおかしくない……という設定にしたはず。

 最近はプールとかでどんどんこの世界にない技術をサマルカンドに開放していっているけど、街灯もその一環ってことなんだな。

 余りにも周囲と技術レベルが違い過ぎると、変に狙われたりする可能性があるし、いきなり便利過ぎる街になるのもよろしくない。

 なので、技術を開放する時は慎重に、みんなと相談してからと決めている。

 

「それじゃあ、物見とかゲートとかにも街灯を設置しちゃおうか」

「そうしてくれると嬉しいよ。リュティエと話を通してから、キミに動いてもらっていいかな?」

「もちろんだ」


 マルーブルクはしきたりをめんどくさいとぼやく半面、きっちりと手順は踏む。

 彼がめんどくさいと言うのは彼にとって無駄と思える余計な手続きや習慣のことだ。

 サマルカンドには明確な政治制度は定めていない。だけど、獣人と公国が仲良く暮らしていくというコンセンサスだけはある。

 どのような些細な決めごとであっても、お互いの了承を得てから進めるってのはとても大事なことなんだ。

 マルーブルクもリュティエもその辺はよく理解している。俺なんかよりよっぽどね。

 頼りがいがあるリーダー達だよ。ほんとうに大助かりだ。

 

「亀はもう水から出していいのか?」


 おっとお次はワギャンか。


「うん、一緒にやろう」

「わたしも」


 スイカ……じゃあない亀を持ってきたレジャーシートの上に並べ始めると、他のみんなも手伝いをはじめてくれた。

 あっという間に亀を並べ終わる。

 

「支えておくから、包丁でこいつを半分に切ってもらえるかな」

「うん」


 亀を支え、タイタニアが包丁を亀の甲羅に当てた。

 彼女がグッと力を込めたらスルスルと包丁が亀の甲羅へ入っていく。

 硬さもスイカの皮くらいだから、包丁でよゆーだな。

 

 ◇◇◇

 

「おいしい」

『パネエッス!』

「悪くは無いな」


 満面の笑顔で瑞々しい赤色の果実をほうばるタイタニアのすぐ横で意地汚い二羽が周囲に赤い果汁をまき散らしながらスイカを突きまくっている。

 呼んでもいないのに目ざとい奴らだ。

 

「このまま絞って果実水にしてもいけそうですな」


 口元を赤く汚しつつリュティエが満足気に頷く。

 

「残りの亀はそれぞれ持ち帰ってもらっていいかな? 俺たちだけで食べるのは勿体ない」


 そう言いつつも、俺の口はスイカを食べることをやめない。

 しゃりしゃり、もしゃもしゃ。

 うーん。おいしい。

 

「リュティエ。公国に多目に持って帰ってもらうようにしてもいいか?」

「もちろんだとも」


 ワギャンが亀の持ち帰り量についてリュティエに相談していた。


「半分でいいんじゃない?」


 会話を聞いていたマルーブルクが割って入る。


「いや、クラウスとフレデリックの手の者が手伝ってくれたんだ。彼らの分は持って帰る分とは別にして数を決めて欲しい」


 しかしワギャンは首を左右に振り、マルーブルクへ事情を説明した。


「なるほどね。彼らも喜ぶよ。ありがとう、ワギャン、リュティエ、ジルバ」


 天使のような微笑みを浮かべ、マルーブルクはここに来ていた獣人全員の名を呼ぶ。

 

 俺?

 俺は彼らの会話を微笑ましく眺めながら、ずっとしゃりしゃりしていたよ。

 うめえ。

 今度はハウジングアプリで注文しようかな。

 

 食べ終わってベタベタになった手や口を洗い流した後、浴衣、スイカ……とくれば手持ち花火だろ。

 ってことで手持ち花火をやろうとしたんだけど、ちょっと時間が遅くなり過ぎて……俺とワギャン、タイタニアだけになってしまった。

 

 ワギャンとタイタニアが残っていたのは、俺の家で一緒に暮らしているからに他ならない。

 みんな朝が早いから、時間になったら帰らなきゃだもんな。クラウスは時間なんて気にしていなかったけど、敬愛するマルーブルクの手前、彼に合わせたようだった。

 うんうん。お子様マルーブルクは寝る時間だからな。

 

 ……。

 背筋に寒いものを感じたが、気のせいだよな?

 

「また別の日にやろうか」

「そうだな」

「うん!」


 俺たちも我が家へ撤収することにしたのだった。

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