第142話 スライダー
尾てい骨の下辺りまでパンツを下げた彼女のお尻に嫌でも目が行く。
そうだった。丸いふさふさの尻尾が生えていることを忘れていた。
ワギャン、ジルバ、マッスルブだってそうだったじゃないかああああ。
「ふじちま。ハサミを使えばいい」
そうだよ。ワギャンらには俺がハサミで切れ目を入れて事なきを得た。
ハサミを渡されたけど、俺にどうしろと……?
「くああ!」
『パネエッス!』
どうしたものかと首を捻る俺に天啓が。
そう。あの煩い囀りはハトとカラスだ。普段ならいつの間にか侵入していた二羽に一言物申したいところなんだが、この時ばかりは渡りに船ってやつだぜ。
二羽はウォータースライダーをお楽しみ中のようで、ちょうど下まで滑り降りて来たところだった。
降りたところでバサバサーと羽ばたき再びウォータースライダーのてっぺんまで飛んで行く。
「こらああ」
二羽に向けて、手を振り上げ大きな声で奴らに呼びかける。
そもそも何で入ってくんだよって話だけど、ハトにもここに入るアクセス権を設定しているからだよ。
俺はアクセス権セットってのを作っていて、集会場に集まるみんなを全てひとまとめにして登録している。
その中にハトが入っているってわけだ。なので新しい施設を作りアクセス権の設定をするとハトも一緒に侵入が許可される。
カラスも同様で、この中だとアイシャだけアクセス権セットに入っていない。
彼女をアクセス権セットに加えることは全く問題ないんだよな。リュティエに話を通してからになるけど。
「ワギャン、こっちは頼む」
「分かった」
ワギャンにハサミを手渡し、顔を上に向ける。
「俺の見ていないところで勝手に滑るんじゃない。何かあったらどうすんだよ!」
『パネエッス! マジパネエッス!』
聞いちゃいねえ。
カラスはハトの背に乗りくあくあ鳴くだけで、俺の言葉など耳に届いていないようだった。
全く……はあと息を吐き肩を竦め、みんなの方へ目を向ける。
うん、分かっていたよ。あの二羽が俺の言うことを聞くはずがないってことは。
単にこの場を誤魔化すために奴らを利用したに過ぎない。
「っと」
「お、おっと、大丈夫?」
アイシャが前のめりにつんのめって来たところを慌てて支える。
もちろん肩をだ。やましい事はしていないぜ。俺は紳士だからな。
しかし、前のめりはけしからんな。プルプルしていやがる。
「ふじちま。一つ問題がある」
アイシャの背後に立つワギャンが首を振りハサミを傾けた。
「どうした?」
「これは僕の手に合わない。やはりお前に任せたい」
「あ……タイタニア、やってみる?」
「いいの?」
「うん、物は試しだ」
「うん!」
最初からこうしとけば良かったよ。
ハサミを使うことでウキウキしたタイタニアがアイシャの後ろに回り込んで、膝を落とす。
「タイタニアちゃん、尻尾は、さ、触らないで欲しいみゅ」
「ご、ごめんね。分からなくて」
「大丈夫みゅ」
かといってお尻を掴むのもアレだと思うぞ。ワザとかワザとやってんのか。
布を掴まにゃ切れないだろうに。
……といろいろあったが、アイシャの水着にちゃんと切れ目が入った。
「お腹すいたぶー」
いざプールへと思った時にマッスルブのお腹が鳴る。
そらもう盛大に。
「先にプールに入っていてくれ。すぐに合流するから」
そう言い残し、プールサイドに宝箱とゴミ箱を設置する。
後で入り口と脱衣所にもゴミ箱を置いとこう。細かいところは完全に考慮から漏れていたな……。
うーん。
何にしようかな。
手軽に食べることができて、雰囲気が出そうな……よし、これだ。
黄色いツブツブを香ばしく仕上げた屋台で見るあいつ。
そう、焼きとうもろこしだ。
「ほい」
「ありがぶー」
焼きとうもろこしを受け取ったマッスルブはさっそくむしゃむしゃと食べ始める。
「お代わりはその箱の中に入っているから、自由に食べてくれ」
「もしゃもしゃ……」
口が使えないので手で感謝の意を示すマッスルブであった。
よっし、俺も泳ぐか!
マッスルブと戯れている間にもワギャン達はプールの中ですいいーっと泳いでいた。
みんな泳ぎは苦手じゃないようで何よりだ。
「浮き輪を忘れてた」
浮き輪は結局膨らまされることのないまま床に放置されていた。
ワギャンとジルバに持ってきてもらったはいいけど、浮き輪のことに触れる前に焼きとうもろこしだったから仕方ないか。
「ふじちまくーん」
「ふじちまー」
アイシャとワギャンが俺に手を振る。
「今行く!」
浮き輪は後ででいいや。まずはプールに飛び込もう。
◇◇◇
水に慣れたところで、順番にウォータースライダーを試すことになった。
ここを占拠していたカラス達? 奴らは焼きとうもろこしの虜になっているから問題ない。
「じゃあ、順番にー」
スライダーの入り口に座るはワギャンとジルバだ。
前にワギャンで後ろにジルバが並ぶ。様子がまだ分からないので、ワギャンに浮き輪を装着してもらった。
俺は彼らの横でスライダーに問題がないか一応チェックをしている。
「うん。ちゃんと水は流れてるし。じゃあ、行ってくれ」
「分かった」
ワギャンとジルバが滑り降りて行く。
ぐるぐると回る筒を進み、間もなくバシャーンとプールに波が立った。
「問題ない」
下からワギャンが声を張り上げる。
「タイタニアちゃん、今度はあたし達みゅ」
「うん!」
お次はタイタニアと彼女の背に嬉しそうに張り付くアイシャのコンビだ。
そこまでギューとくっつかなくても……。まあ、二人とも楽しそうだからよしだ!
二人には浮き輪無しで滑ってもらうことに。
滑っている間、アイシャがきゃいきゃい歓声をあげていた。タイタニアは無言だったけど楽しく無かったのかなあ……。
少し不安に思ったけど、下から手を振る彼女の顔を見て安心したよ。
最後は俺と……マッスルブだ!
「ブーが前かぶー?」
「ほんとは後ろの方がいいんだけど……」
俺がむぎゅーされるかもしれないから、前な、前。
重量級のマッスルブが滑って問題なければ、このスライダーはみんなの遊び場として開放できる。
筒の幅は、彼の身体と比べた感じ大柄なリュティエでも悠々と滑ることができそうだしね!
「じゃあ行こう!」
「分かったぶー」
マッスルブが滑り始め、すぐ後ろに俺が続く。
しかし、ドンドン彼との距離が開いて行くじゃあないか。
こ、これは重量だけじゃなく、彼の身体にも関係がありそうだ。
滑らかなお肌は滑り落ちるのに向いている……かもしれない。
バシャーン!
マッスルブの立てた水しぶきを追いかけるように俺もプールに飛び込む。
「う、うお」
マッスルブー。
そこで精一杯頭を伸ばしたら、あ、当たるー。
しかし、絶妙なタイミングで浮き輪が間に挟まり事なきを得た。
「さんきゅー、ワギャン」
「問題ない」
「ごめんぶー」
あ、そういう事ね。
カラスが脚に焼きとうもろこしを掴んで空を飛んでいる。
高いところで食べたいとかそんなとこだろ。
食べ物を敏感に察知したマッスルブがついつい上を向いてしまったってわけか。
何回かウォータースライダーで楽しんだ後、みんなで焼きとうもろこしを食べた。
食べながらみんなからプールの感想を聞き、ゴミ箱の設置個所を増やす微調整を行う。
ひとまずこれでプールは完成ってことで大丈夫そうだな。
満足気ににまあと笑みを浮かべる俺であった。
※みなさまの多数のご支援があり、本作品は書籍化の運びとなりました。
10月25日 MFブックスさんより
「最強ハウジングアプリで快適異世界生活」
のタイトルで発売予定です。
ありがとうございます!
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