第140話 ポロリ

 公国に所属する種族は人間、エルフ、ドワーフの三種だとマルーブルクから聞いている。

 だけど、サマルカンドのように三種族が揃っている集落はそれほど多くないらしい。

 都市部にはエルフとドワーフが住んでいるけど、規模の小さな村や集落に彼らがいることは稀だ。

 また彼らは彼らで公国内に領域を持つ。

 ドワーフとエルフの領域は完全自治が認められていて、秩序と法が公国とは異なるとのこと。

 

 一応、三種族は公国内を自由に行き来できるように整備されている。だけど、あまり移動することはなさそうだよな。

 公国の政治形態は分からない。だが、貴族がいてそれぞれの地域を領地として持っていることから、封建制に近いんじゃないかと思う。

 地球と環境は大きくことなるから、俺の想像する中世封建社会と考えたら見誤るから注意が必要だ。

 地球との一番の違いは、モンスターなどの外敵だろう。

 人間同士で主義主張を争い、結果戦争になる余裕がここの社会にはない。


 上層部に派閥争いがあるだろうが、一般庶民は団結し敵に備えなければ全滅する可能性も高いのだ。

 過酷過ぎる社会が前提にあることを忘れてはならない。


 いろいろ思うこともあるが、俺は俺の見える範囲が平和であればそれでいいと思っている。

 別に世界を救う英雄や救世主になるつもりなんて毛頭ない。俺は結局どこまで行っても俺なんだ。


「ふじちまくん、撫でているけどクーシーはもういないみゅ」

「あ、ついつい」

「ふじちまくんはぼーっとしてることが多いってマッスルブから聞いたみゅ」

「そ、そうだな……ははは」


 そうそう、農場を後にした俺とカラスは牧場に顔を出していた。

 珍しい(アイシャ談)赤色の毛並みをしたクーシーを撫でさせてもらっていたんだ。

 ついつい長考にハマってしまって心ここにあらずになっちゃったけど。


 アイシャは相変わらずのヘソ出しミニスカート姿だった。

 暑くなってきたこの時期なら、見ていて寒々しくないし開放的でよいよな!


「兎族か。いいんじゃねえか」


 何を勘違いしたのか、カラスが下品にくあくあと囀った。


「みゅ?」


 アイシャがキョトンと首を傾け、長い兎耳もそれに合わせて半ばほどで折れる。ゆさゆさも少し揺れた。


「こいつの言うことは気にしないでくれ。みんな元気そうでよかった」

「順調みゅ。騎乗生物達は絶好調だし、家畜も順調に育っているみゅ」

「おう。マッスルブ達にもよろしくな」

「うん!」


 カラスがうるさい。

 「ポロリさせようぜ」とか不穏なことをのたまってるし。

 ここは鳥の世界と違って服飾文化がある文明社会なんだ。品性と理性が求められる。そう、俺のような紳士にならなきゃなんない。

 アイシャへ手を振り踵を返した時、「風でスカートがめくれたぞ」とかカラスが呟いて、振り向きかけたことは内緒だ。

 てか、カラスが人間のパンチラに興味あるのかよ?


「なんだ?」

「いや、なんでも」


 こいつ、面白がってるだけだな。とりあえず、何でもいいから言えばいいと思っていそうだよ。


 農場と牧場を見に行ったのは自分の楽しみであることは間違いないけど、もう一つ目的がある。

 この二地域はサマルカンドのゲート外(枠の外)にあるんだ。

 タイタニアと水着の話をしていた時からプールを建てたかったんだよね。

 管理者をどうするかとか場所をどうしようとかいろいろ考えることがあって、マルーブルクやリュティエにも相談していた。


 結論としては、プラネタリウムやスタジアムなどの既存施設へ隣接する形が良いんじゃないかってことだけ決定したんだよ。

 で、この二つの施設は枠の外にある。

 話が繋がっただろう? 

 もう一つの目的とは、プールを建てる場所を物色するってことだったんだ。

 

 公国、獣人の仲は深まってきているけど、お互いが行き来しやすいように中間地点に建てるといいかなと。

 誰がどうプールを維持していくかについては、規模が分からないし俺の魔法でどんな便利施設があるか分からないから……というのがマルーブルク達の意見だった。

 なので、先にプールを建ててみようとなったってわけだ。

 

 なんともまあ適当な決定事項だけど、建てた後に引っ込めることも一瞬だから、そう悩むこともなかったんじゃ……とも思う。


 そんなわけで、場所はプラネタリウムの左隣にした。ここからだと獣人側に近い。

 といっても街の枠の外だし特に通行に問題はないだろ。


 日差しが容赦なくジリジリと照りつける中、床にあぐらをかいてタブレットを前にうんうんと唸る。

 じわじわと汗ばみ、背中が汗でぐっしょりとなってくるが、集中している俺はそんなことで止まらない。


「うーん。ここは……あー、脱衣所は四ヶ所あった方がいいな……ならシャワールームも……」


 ブツブツと呟いていると、カラスが俺の頰を突く。


「魔術の準備ってのは分かるが、随分とのんびりした魔術構築だな」

「俺の魔法は設計が大事なんだ。まだまだかかりそうだから、一旦、秘密基地に行くか」

「あいよ」


 タブレットを出したまま自転車で狐像のところまで移動する。

 隠し扉を開き、いざ中へ。


「ほうほう。ここは外より気温が低いんだな」

「うん。ここは一年中気温と湿度が一定になってるんだ」


 もちろん、自然に温度管理がされるわけはない。全て空調設備のなせる技である。ははは。


「いろんなボタンがあるが、それぞれに機能があるのか?」


 ブリキっぽい青色の机に乗っかったカラスが、メカニカルなオブジェにある赤色の丸いボタンへ嘴を向ける。

 このオブジェ……もとい司令部は黄色、青色のボタンとか謎のレバーまで装備されているんだ。


「特に機能はない。雰囲気作りなだけだ」

「ふむ。押しても問題ないってことだな」

「おう」


 ……部屋が暗くなった。


「そこは裸電球のスイッチだ。もう一回押してくれ」

「機能があるじゃねえか」


 「くあくあ」とカラスが愉快そうに鳴く。

 いや、そこさ、オブジェの上じゃないよな。入り口の壁際だよね?

 ま、まあいい。

 続きをやろうっと。


 黙々と作業を続け、途中でコーラタイムを挟み、ようやく枠組みが完成した。

 次は建物の中に入ってから内装作業だな。


 建築予定地に戻り、タブレットの決定をタップする。

 すると、いつものごとく音も立てずに一瞬でタブレットの映像の中で制作した建物が現実に出現した。


「ほう。こいつはすげえな! さすが第五の存在」

「褒めてくれるのは嬉しいけど、一緒にするな……」


 俺は断じてグバアやモフ龍みたいな大災害じゃあない。

 極めて平和的に過ごしているだけだ。誰かと争おうとか力比べしようなんて気は毛頭ないんだからな。


 ともかく。

 自分で創作した建物が現実化することは、これまで何度も経験しているけど感慨深いものがある。

 今回のような大型の施設は作成に時間がかかる分、思い入れも深い。スタジアムとプラネタリウムもお気に入りだしさ。

 

 コンセプトは学校の体育館にした。

 シンプルな長方形に半円の屋根、壁は白で上部に大きな窓が並ぶ。

 見た目こそコンセプト通りなんだけど、大きさが異なる。

 高さが二十メートル近くあるからな……高さを合わせるために横も縦も大きくしたのだ。

 高さ二十メートルと言えば、マンションで例えれば六階くらいになる。なんとモフ龍より高いんだぜ。

 ……しかし、冷静に考えればモフ龍って五階より少し高いくらいなんだよな……大きい大きいと思っていたけど、ビルに例えると巨大さが想像しやすいな。

 

 ついつい奴の顔を思い浮かべてしまい、ブルリと全身を震わせてしまう。

 

「じゃあ、中の調整に入るとするか」


 横開きのカーキ色の鉄扉を横に開き、建物の中へ入る。

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