第139話 水浴び
だいたい聞きたいことが聞けたところで、カラスとの問答もお開きとなった。
外に出かける前に、シャワーを浴びないとな……頭がベッタベタなので仕方ない。
カラスも風呂に誘い、生クリームを洗い流した。
このままだと俺の家が汚れるだけじゃなく、蟻がわんさか入ってきそうだしさ。
そういや、蟻だけじゃなくハエや蚊なんかも見ない。いや、異世界にいないってわけじゃなく、俺の家では見かけないってことだ。
しかし、見えない壁の絶対フィールドは何でも弾くように見えてそうではない。
例えば、雨。
空から雨粒が降ってくれば屋根は濡れるし俺の体にも降り注ぐ。
だけど、暴風なんてのは見えない壁によって威力が減じられる。
原理は全くもって不明。
見えない壁は何らかの判断を下し、対象物を通す、通さない、勢いを弱めるといった反応を見せるんだよな。
まとめると、俺にとって都合がよく出来ているってことだ。
さてと。
「ぷはー」
うん。風呂上がりにはやはりこれだよな。
冷蔵庫の前でコーヒー牛乳を飲み干し、ターンとシンクの脇へ置く。
カラスには水をあげて、俺は着替えだ。
せっかくだから洗いたてに着替えるとしよう。
もちろん、ジャージだぜ。
「お、おいいー!」
「くあ?」
「今洗ったよな。そ、それが」
「まだ残っている。全て食べないとだろ?」
「たしかに食べ物を残すのはよくない。だけど…だけど……」
そう、着替えから戻ったらカラスが半分ほど残ったまま放置されていたケーキを突っついていたんだよ……。
確かにカラスは「もう食べない」とは言っていない。
食うに困っている人がいる中、残すのなんてとんでもない。理屈は分かる、分かるけど!
なので、たとえカラスの残した残骸だったとしても、俺は後から食べるつもりだったんだ。
「うめえ」
呑気なカラスの声。
「そ、そうか……」
このまま家を出たらいけない。きっとテーブルだけじゃなくソファーやシンク周りまで汚される。
なら。カラスが食べ終わるのを待つことにしよう。
モニター前のカウチに腰掛け、先程取ったメモを眺めた。
どれどれ。
さすがにさっき聞いたばかりだから、だいたい覚えているぞ。
この世界にはグバアのようなお友達になりたくない超生命体が四体もいる。
グバア以外に三体いるわけだが、そのうち一体を俺は既に見ていた。
あの白い毛がモフモフした龍だ。名前はグウェイン。
他には魔導王シーシアス。海帝タコーンてのがいる。
最後の名前はふざけているのかと突っ込みたくなるが、どうやら本当にタコーンと言うそうだ。
残念ながら、どちらも人型ではないらしい。
人間ぽいのがいないとなれば、俺のように地球から転移したって線は薄そうだ。だけど、転移した時に姿が変わったという可能性は否定できない。
いずれ会いに行くのも……行ってもいいけどあんまり深く関わりたくないってのが正直なところ。
大破壊祭りになっても困るからな。
「食べ終わったか?」
「おう。うまかったぜ。魔法ってのはこーいうことに使える方がいいな!」
皿の上に乗っかったままカラスは上機嫌に嘴を鳴らす。
機嫌がいいのは良いことだけど、その場でバサバサーってやるなよお。
立ち上がってカラスを両手で掴み、シンクでそっと手を離す。
普通のカラスと違ってちゃんと大人しくしてくれるのは楽チンだな。うん。
「ここで水浴びにしようか」
「おう」
水栓を捻って、じゃーと水を流しカラスにシャワーヘッドを向ける。
石鹸か何かでわしゃわしゃした方が……と思ったけど生憎シンク周りには食器用洗剤しかなかった。
手洗い用石鹸が無いと不便じゃないかって?
俺もそう思うよ。だけど、中身が切れたまま放置していたんだから仕方ない。
洗剤を使うことに気が引けた俺は、カラスを水洗いだけに留めておくことにした。
「よし、これで」
「おう。その様子だと、出かけるのか?」
「うん」
カラスをハンドタオルで軽く拭い、自分の手を拭く。
ハンドタオルを洗濯機へ放り込んで、いざ外へ。興が乗ったのか、カラスも俺と一緒についてきた。
でも、お気に入り? の頭の上じゃあなくて、肩に乗っている。
これならカラスと一緒でも悪くない。むしろ彼の中身を考慮しなきゃ、癒されるぜ。
◇◇◇
どっち側から行こうかなーと思いつつ、自転車にまたがる。
「よし、農場を見に行こう!」
「食べ物か。悪くない」
「くあくあ」と愉快そうに嘴をぱかぱか開閉するカラス。
いつもはついついマッスルブらがいる牧場から見に行ってしまうんだよな。
だってクーシー達もいるんだもの。モフモフしたいのは人の
景色を眺めながら進むとあっという間に南東部まで到着し、一旦ここに自転車を停車させる。
「お、おおー」
目の前に広がる茶色の大地に感嘆の声をあげる。
ただの野原をよくぞここまで開墾したものだ。既に種まで蒔かれているようで、規則的に並んだ緑が美しい。
この分だと晩夏か初秋ごろには収穫できるんじゃないかな。
全て人力だろうに……住民のみなさんの頑張りに頭が下がる。
そうそう。ゴブリン達の集落もこうなるようにしないとな。
「頼んだぜ。クラウスとフレデリックの部下達よ」……他人任せ過ぎはあれだよな。俺もたまにゴブリン達の集落へ顔を出そうっと。
「んー」
大きく伸びをして、そろそろ移動するかと言うところで人影がこちらに近づいて来るのが目に入る。
「こんにちはー」
「導師様。いつも恵みを与えてくださり感謝します」
ペコリと頭を下げた人は、人間とは別の種族のようだ。
少しとんがった耳に、こげ茶色のもじゃもじゃの髪の毛、顎まで覆う立派な髭を蓄えている。
歳の頃は……正直分からない。若くも見えるし、壮年と言われても違和感がない。
背丈は俺のお腹くらいだけど、体つきはずんぐりとしていて太い腕が彼の腕力を物語っていた。
俺のファンタジー知識によると、この人はドワーフに違いない。
記憶の中のドワーフは金づちとか戦斧を持っていたりするんだけど、この人が肩に担いでいるのはクワだ。
麦わら帽子に襟ぐりの開いた綿の服を着ているから、ザ・農家って感じに見える。
「ずっとここで作業をしていたんですか?」
「ええ。本業は鍛冶をやっとりますが、今は農業です」
「お、おお!」
やっぱドワーフと言えば鍛冶だよな。うんうん。
彼から鍛冶という言葉を聞けてテンションがあがってしまった。
俺の妙な盛り上がりにドワーフは「ふむ」と呟く。
「導師様、何か作りたいものがあるのですか?」
「あ、いえ。あ、すいません。俺は藤島良辰です。はじめまして」
「これはこれは。導師様からの気遣い恐れ入ります。儂はドワーフ族のグレン」
がっしりとドワーフのグレンと握手を交わす。
自己紹介で途切れてしまったけど、勘違いをちゃんと説明しなきゃだな。
「作って欲しい物があるのではなく、短期間でここまで大きくなった農場に気持ちが高まっていたんです」
「そうでしたかそうでしたか。ここまでこれたのも導師様あってのことです」
これをきっかけにグレンは火が付いたのか、頬を紅潮させ語り始める。
外敵の心配もなく、住人同志の争いもなく、なにより獣人や人間、ドワーフ……と種族に関わりなく慈悲を与えてくださる導師様に感謝を。
とかそんなことを怒涛のように言われると、恥ずかしくなってきて穴に埋まりたくなってくる。
「そ、そうですか……ははは」
「導師様もお忙しい身。そろそろ私はお暇させて頂きます」
「農作業頑張ってください」
「ありがとうございます! あなた様にカルマのお導きを」
深く頭を下げ、ドワーフは畑へ戻って行った。
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