第138話 べたべた
机の上にケーキを乗せた途端、カラスが、カラスの奴が。
「うめえ」
「ポテトチップスがあるだろ……」
「ポテトチップスも食べる。この甘いのも食べる。どっちも食べないといけないところがカラスの辛いところだな。くあ」
「……」
こ、こいつ……。
この分だと更に何か頼んでも突っつかれそうだな。
だけど、生クリームまみれになっている黒い体を見ていたら滑稽で楽しくなってきたので良しとする。
コーヒーで喉を潤し、カラスとの会話を再開するとしようか。
「カラスはグバアの仲間でよかったのか?」
どう聞くか迷った結果、微妙な聞き方になってしまった。
でも、眷属とか配下より仲間の方が個人的には嬉しい。
「お前らしいな。くああ! 聞きたいのはグバアと俺の関係性じゃあなく、グバアがどんな存在なのか……そんなところだろ?」
「お、おう。そうだな」
こいつ、生意気だけどちゃんと言いたいことは察してくれる。
普段の様子からは想像つかないけど、これでも一応賢者なんだ。たぶん。体がべったべただけどな。
だああ。だから突くなって。
いっつも器用に頭の上に登ってきやがる。
「お、俺の髪の毛が……」
な、なんてことだ……。出かける前にシャンプーをしないといけなくなってしまった。
茫然とする俺をよそにカラスは元の位置に戻り、何事もなかったかのように言葉を続ける。
「世界の歪み……いや、言い方が悪いな。世界は魔力に満ちている。個々の生命体は多かれ少なかれ魔力を持って産まれてくる。退屈だろうがここまでは復習だ」
「うん」
「で、極稀に魔力が圧縮されて編まれたような生き物が誕生したり、普通の生物として産まれた後、通常とは違う進化をすることがある」
「突然変異みたいなものか」
「お、いい表現をするじゃねえか。そうだ。突然変異が出現することがあるんだよ。それが、グバアだ」
「グバアは進化して、あんなのになったのか?」
「違う。グバアは今の姿のまんま現れたぜ」
「進化した超生物になった奴もいるんだよな?」
「おう。もちろんいるぜ」
世界に突然出現する存在か。それもハッキリとした意思を持ち、人並みかそれ以上の知性まで備えている。
ん?
んん。
あれ、異世界から見たら俺って唐突に世界へ出現したことになるよな。
俺自身の力は並の人間以下だけど、こいつがある。
タブレットを出し、ゴクリと生唾を飲み込んだ。
まさか、グバアも?
「グバアはこの世界に出現する前……の記憶ってあるのか?」
「聞いたことはねえが、この世に顕現した時から、グバアの時間が始まったと思うぜ。産まれる前となりゃ、『無』だからな。グバアは親から産まれた訳じゃあない」
「そ、そうか……」
「お前は違うって言いたそうだな」
「……」
「その顔は図星って奴だぜ?」
これだけわかりやすい反応をしたらカラスでなくても気がつくよな。
「与太話と思って聞いてくれないか?」
「おう。ポテトチップスを追加してくれたらな」
そう言ってカラスは憎たらしく「くああ」と囀った。
こいつ。優しいところもあるじゃないか。素直じゃないけど。
報酬を受け取るから、話を聞く。
つまり、俺の過去の話は他には漏らさないという誓いだ。
「ほら」
「これが無くなったら袋を開けてくれ」
カラスが嬉しそうに嘴をパカパカ開け閉めして、新品のポテトチップス袋へ足を乗せた。
ちなみにケーキは半分ほど残っていて、ぐっちゃぐちゃになっている。
そんなカラスの様子に思わずクスリと声が出る。なんのかんので面倒見が良いよな。こいつ。
だから、痛えって。
「カラス。俺はさ、この世界に来る前は別の世界にいたんだ」
頭からカラスを降ろし、語り始める。
「くああ。興味深いな。別世界か」
「うん。そこでは人間しか喋る生物はいなくてな。魔法やらもなく巨大生物もここほどいない」
「ほう」
「カラスやハトはいるけど、喋らないんだ」
「それはここでも同じだ」
「そうなのか?」
「そうだ。カラスが喋ったらおかしいだろ。普通に考えて」
そこ、突っ込みどころなのか。
それとも自分をカラスと呼ばせていてカラスじゃあないとか言い出すのか?
「俺は元の世界では平凡などこにでもいる奴だったんだよ」
「ほう」
「少し退屈だったけど、平和で安全だった」
日本にいた頃のことを語り始めると堰をきったようにとめどなくなってしまう。
カラスは時折相槌を打ちながら、俺の話をちゃんと聞いてくれた。
両親のこと。妹のこと。会社のこと……友達や世間のこと……自分で言うのもなんだけど、会話はまるで繋がっていなくて一人事みたいになっていた。
「すまん。つい」
「いや、なかなか面白かったぜ。別世界か。一度この目で見てみてえな」
「ははは」
異世界に来てから初めてだ。
こんなに日本にいた頃のことを喋ったのなんて。
懐かしい気分に浸れてスッキリとした反面、寂しさが募る。
そうなんだよな。
異世界の人たち……ワギャン、タイタニア、マルーブルク達……彼らはみんないい奴で俺にとってかけがえのない存在だ。
だけど、地球出身なのは俺一人。
ただ俺だけが……。
「おい、良辰」
「ん?」
「お前はちゃんと繋がってる」
「え?」
「ポテトチップスもこの家も、お前が元居た世界にあったものをコーデックスに願ったんだろ」
「そうだな……うん」
沈んでいたらカラスが慰めてくれた。やっぱりこいつ世話焼きなんだな。有難い。
「く、くあー。そうだったな。お前はこの世界の人間じゃあなかったか」
「ん?」
「コーデックスには願わんわな。そこはお前の信じる何かに変換しといてくれ」
「大丈夫だ。気持ちはちゃんとここに伝わったからな」
恥ずかし気もなく胸をドンと叩く。
お互いに表情が読めないほど種族格差がある場合、大げさな仕草が肝要だからな。
「くあ! 『カルマに導きを』ってやつだが、聞いたこともないか?」
「無いなあ。神官さんはサマルカンドにもいるから聞いてみようかな」
「まあ、好きにすればいい」
そうだな。うん。
「ありがとな。カラス」
「ポテトチップスと取引したからな!」
「あはは。そうだった」
「くああ!」
ついでにケーキも奪っていったよな!
そこはあえて突っ込むまい。
ひとしきり笑ったところで、カラスがふと呟く。
「……会ってみるのもいいかもよ。そして、過去の記憶があるのかと聞いてみりゃいい」
「ん? あー。面白い試みだけど……」
世界に突然出現したかもしれない者が他にもいる。
この世界にはグバア以外にも超生物がいるんだ。
えっと確か……モフ龍に……思い出せん。カラスが名前を言っていたはずだけど。
「お前……覚える気がないだろ……」
「な、何で俺の考えていることが……」
「分かりやすい顔しているからな」
「まあ、グバアみたいな存在とか王様やら学者に会うことがあったら聞いてみるか」
「一つだけ注意しろ。グバアと並び立つ存在がいるのは理解しているよな?」
「もちろんだ。モフモフした龍みたいな奴らだろ」
「そうだ。ここはグバアの領域だからな。ここで会うとグバアと楽しいことになる」
あ……そうね。
怪獣大戦争が始まってしまうよな。地形がぼこぼこになるし、何もいいことが無い。
この後、カラスからグバアと並び立つ存在について教えてもらった。
大丈夫だ。今度はメモを取りながら聞いていたから忘れていないぜ。
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