第137話 ぽてちうめええ
あれから一週間が経過した。
グングン上がっていく気温に滲む汗の量も増えてきている。
いよいよ本格的な夏が到来しようとしているみたいだなあ。
ここ一週間はゆっくりとした時間を過ごした。
だけど、一つだけ残念なことがあったんだ。
それは――。
俺のテラスガーデニングが……うまくいかなかった……。
花が咲くところまでいったものもあるけど、一部の観葉植物を除き全滅してしまったのだよ。
何がマズかったのかは不明。いや、雨季とも呼べる長雨の結果だろうな。
その証拠に室内の観葉植物は元気なままで、順調に生育している。
まあ、何もかもうまくいくより失敗することもあった方がいいさ。上手くいった時の喜びも増す。
「よし!」
両頬をパンと叩き、一階のテラスから公園に向かう。
今日は夕方まで一人なのだ。ワギャンとタイタニアはお仕事で早朝から出かけて行った。
彼らを見習って俺もそろそろ動かねえとな。
そんなわけで、憩いの公園にまでやって来た。
ブランコにハトが乗っかっているのが見えたが、見えていないフリをして素通りする。
公園にはハトの餌場があるからな。最近、二階のオープンテラスで餌を食べることが多いけど……。
奴は覚えたらしい。直接俺にせがみに来れば、餌がもらえるってことにな。
それはともかく……物見に使っているモニュメントのハシゴを登り、てっぺんに立つ。
おおー。
久々のここからの眺めだけど、随分と変わった気がする。
家だけでなく、雑草が引き抜かれて道が整備され始めているじゃないか。
道は土を踏み固めただけだけど、それでも道は道だ。
家だけより断然街っぽく見える。
ゴブリンらの事件も終わったし、そろそろ次の施設を建てようと思っていたところだ。
今度は街の中にも建物を作りたい。
それとは別に一つ建築したいものはあるけど、メンテナンスの必要があるからマルーブルクとリュティエに相談中だ。
「よし、次は北の物見に行ってみるか!」
牧場はどんな感じになってるのかな。牧場を見たら次は南に行こうっと。
「よお」
あ、双眼鏡を忘れてる。
自宅に寄ってから行くか。
「おい」
「痛え!」
全く、なんなんだよ。俺は忙しいってのに。
無視してはしごを降りたところで、カラスに頭を突っつかれた。
「餌か、餌なんだな」
「ポテトチップスを」
「おう。ちっと待ってろ。家まで着いて来てくれ」
「おう。くああ! 違う。いや、先にポテトチップスをもらう」
カラスとハトは空を飛べるから神出鬼没だよな。
カラスめ。いちいち頭を突かなくても気がつくのに、ほんとにもう。
何が違うのか分からないけど、とりあえずポテトチップスが欲しいことは分かった。
カラスを肩……ではなく頭の上に乗せて自宅に戻る。
すぐにポテトチップスと炭酸ソーダを注文し、宝箱からご注文の品物を取り出した。
「うめえ」
「おう」
袋を開きテーブルの上に置くと、カラスがポテトチップスを啄ばみ始める。
俺はといえば、ペットボトルのキャップを外し炭酸ソーダをゴクゴクしていた。
さて、喉も潤ったし行くとするか。
「良辰」
「ん?」
「お前、帰ったら聞きたいことがあるとか言ってなかったか?」
「あ……」
そういや、遠征中にカラスに会った時、戻ったらいろいろ聞きたいことがあると伝えていた。
いろいろあってすっかり忘れていたけど、確かにこいつには聞きたいことが沢山ある。
「今の俺は気分がいい。くああ!」
翻訳すると、ポテトチップスをもらってご機嫌だから聞きたいことは何でも答えてやるってことだな。
なら、遠慮なく。
「俺のことを最初『人間もどき』と呼んでいたな。カラスには何か見えるのか?」
「そんなことか。お前は人間の肉体をベースに他のモンが混じってるぞ」
何それ怖い……。
「そ、それって、俺の体は大丈夫なのか?」
「普通の人間並みに健康じゃねえの? 現に何ともないだろ?」
「た、確かに至って普通だけど……」
むしろ、体を動かしているのとストレス満載の仕事が無いのもあって日本にいた頃より調子がいいくらいだ。
「ならいいじゃねえか。交尾もちゃんとできるんだろ?」
「……下品な奴だな」
「大事なことだろ。お前を一緒にしていいのか分からねえけど、生き物ってのはそんなもんだ。子孫を残すために生きている」
「間違っちゃあいないけど……感情を持つ生き物ってのはそんな単純じゃないんだよ」
「回りくどい奴だな。ほら、あの姉ちゃんを押し倒せばいいじゃねえか」
「タイタニアのことか?」
「おう、あの姉ちゃんには世話になった。
きわめて動物的だな……。
高尚な俺になんてことを勧めてくるんだよ。
タイタニアのことは嫌いじゃない。いや、むしろ好ましく思っている。
だけど、彼女は俺のことを男としてみるんじゃなくて、兄として見ているんじゃないかな。
もちろん、家族的な意味で。
見た目からは信じられないことだけど、彼女は色恋沙汰だけじゃなく戦い以外のことに関してとても幼い。
だから、接している俺の方もついつい年の離れた妹のようになってしまっている。
「見た目が気にいらねえのか? 人間の美醜はよく分からんけど、姉ちゃんは可愛くないのか?」
「いや、そんなことはない!」
「ムキになりやがって。お気に入りじゃねえか。くあくあ」
「こ、こいつ……」
カラスの癖に生意気な。
俺が発する黒いオーラを感じ取ったのか、ポテトチップスじゃなくて俺の手が突かれてしまった。
本当に可愛げのない奴だな……こいつ。
こんな時は甘い物でも食べて平静さを保ちつつ、会話をした方がいいな。
タブレットを手に出し何を注文しようかメニューを眺める。
「お、『何かした』な。人間もどき」
「ん? 『見える』のか?」
「いや、『見えない』が『在るのは分かる』ぜ」
「魔力か何かの流れが見えるのか?」
「まあ、そんなもんだ。お前が人間と違う部分とでも言えばいいのか、説明が難しい。俺にしか分からないみたいだしなあ」
「そうか、それだと説明は難しいか」
「そうだな。一言で言うと、お前はグバアやシーシアスらと似たような存在ってことだ」
「え、えええ……」
超生物たちと一緒にしないで欲しい。
俺は破壊の限りを尽くさないし、慎ましく生きているだけだ。
グバアで思い出した。
「そういや、グバアに言われて俺を見に来たんだよな」
「おう。そうだぜ。別に戻る必要もねえし、ポテトチップスがうまいからここにいる」
「そうか……」
安い奴だな……。それでいいのか異世界の賢者よ。
賢者でいいんだよな? このカラス。
「痛え!」
「変なことを考えていただろ」
「ど、どうしてわかった」
「お前の空気が変わった」
「お、おう……」
グバアみたいな超越した力は持たないけど、このカラスも相当の者だと思う。
全く偉そうに見えないけどな。
「痛え!」
「懲りねえやつだな」
「目ざと過ぎるぞ……」
「性分だからな。仕方ねえ」
俺から離れたカラスは再びポテトチップスを啄み始めた。
油断も隙もあったもんじゃないな……。
えっと、何をしていたんだっけ。
そうだ。甘い物を食べようとタブレットを見ていたんだったな。
「で、グバアのことを聞きたかったんだよな?」
「あ、そうだった」
その前にマロンにするかイチゴにするか決めてからにしてくれ。
どっちにするか悩んだ俺は、どちらも注文することにした。
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