第136話 平穏が戻って来た

 今回の一時間ほどの会議……というよりは雑談で今後の大枠が決まった。


 公国やら魔族に関しては、相手次第だ。平和的に解決できそうなら、乗る。敵対勢力を潰すために頼ってくるなら拒否するといたってシンプルな対応策となった。

 一方、農業研修に連れてきたゴブリン達は街外れに集落を作ることに。

 ゴブリンらを監督するのはクラウスとフレデリックの直属の部下だ。交互にゴブリンらの元へ向かい、農業の指導をしつつ敵性となりうる行動をしないか様子を見る。

 彼らにはとても大変なお仕事を任せてしまって申し訳ないけど、当の本人達……特にクラウスの部下三人はいつもの調子だった。


 ゴブリンらの教育が終わった暁には、彼らに何かお礼をしよう。

 クラウスの部下達には……居酒屋かな。きっといい店になる。

 って、さすがに居酒屋は無いな。彼らは兵士だもの。

 報酬はクラウスとフレデリックに相談するかあ。

 ゴブリン達への研修期間は半年。その後はそのまま集落で半年を過ごしてもらう。

 後半の半年間は週に数回、彼らにゴブリンらを視察してもらうつもりだ。


 未熟でも小麦をはじめとした農産物を収穫できれば、ゴブリンらの研修は終了となる。

 さて……どうなることやら。

 ゴブリン達はやる気に満ちていたけど。

「小麦、小麦、小麦……」とブツブツ呟くほどだからな!


「ベルが鳴ってるよ」

「あ、うん。ありがとう」


 ついつい長考して忘れてた。俺は今、自宅に帰り夕食を食べるところだったのだ。

 対面に座るタイタニアにお礼を言って、唸りをあげるキッチンタイマーの音を止める。

 テーブルの上にあるのは、カップラーメン!

 ちなみに彼女は既にはふはふしながら食べている。

 俺も食べるとするか。

 カップラーメンの蓋をあけるといい香りがブワッと鼻孔をくすぐる。


 ずずず――。

 少し麺が伸びていたけど、問題ない。


「あがった」


 食べているとワギャンが風呂から出て来た。

 彼はぶるぶると体を振り水しぶきを飛ばしている。

 風呂の順番はいつのまにかワギャンが最後に入ることが多くなっていた。

 これは「彼の気遣いなのかなあ」と俺は思っている。だって、彼はもふもふしているから、風呂の後に残る毛の量も多い。

 といっても風呂場が毛だらけになるわけではないけど……。


「先に食べてるぞ。今日はカップ麺ですまないけど……」

「問題ない」


 慣れたもので、ワギャンはキッチン奥の棚からカップ焼きそばを取ってお湯を沸かし始めた。


 獣人側、公国側共に必要な住宅は建てきったようであちこちに置かれていた建材も見ることが少なくなった。

 といっても、木材は日々集積場に積み上げられている。

 木材は建材だけじゃなく、加工して炭にしたり煮炊きする燃料にしたり……と利用シーンが多岐に渡るからな。

 ここの冬がどれほど寒いのか分からないけど、暖房用途にも使うことになるはず。

 某昔話とかを見ていたら、「薪を買うお金も……」なんておじいさんとおばあさんが嘆いていることが多いので、冬場は大量の木材が必要になるのだと思う。


 そんな中、毎日のように丸太のお裾分けを住宅のみなさんからいただき、有難い限りだ。

 もはやゴルダを気にする必要がなくなってしばらく経つけど、日々の献品は非常に助かっている。献品が無ければ俺は干上がってしまうからな。


 考え事をしながら、伸びた麺をすすっていたらいつの間にかワギャンが隣に座っていた。

 彼がフォークを左手に持ち、ふーふーしながら麺をすくっている姿を見たら癒される。

 種族が違うから食事のことが少し心配だったけど、ほとんど人間と同じ物で大丈夫だと分かった。

 注意するのは玉ねぎくらいかなあ。玉ねぎを茹でたら大丈夫なんだけどね。


「どうした?」

「なんとかスラッグとかカブトムシみたいな食材って他にもあるのかな?」


 いけしゃーしゃーと考えていたことと違うことが言える俺も慣れたもんだ。


「言いたいことを察するに……お前の魔術で出せない食材のことか?」

「うん」

「そうだな……」


 ワギャンは食事の手を止め虚空を見つめる。食材のことを思い描いているのか鼻がヒクヒクしていた。


「分からない」

「そ、そうか……」


 肩透かしを受けガクリとなりそうになってしまう。

 しかし、続くワギャンの言葉はもっともなものだった。


「お前が何を魔術で作ることができるのか分からないからな」

「た、確かに……」


 日本語に変換されない食べ物が異世界独自のモノなんだろうけど、当の異世界の人からしたらどれも同じ食材だもんな。

 食材名を羅列してもらったら分かるかもしれないけど、目録もないし思い出すのも大変だ。


「あ、タイタニア。冷蔵庫にプリンが入ってるからどうぞ」

「ありがとう!フジィ」


 タイタニアが食べ終わり立ち上がろうとしたので彼女に告げると、ぱあああっと花が咲いたようにご機嫌になった。

 あれ? 食事前に同じ事を言ったつもりだったんだけどなあ……。

 そうそう。彼女は初めて見る料理でも躊躇せず食べてくれる。それもいつもとても美味しそうににこにこしながら。

 料理も手伝ってくれるし、コーヒーを淹れてくれたりもするのでとても助かっているんだ。

 

 俺のワガママで二人に未だに我が家で過ごしてもらっているけど、いずれ変えないとなあ。

 でも、この家にひとりきりは寂しい。

 そんなわけで、なかなか今後の彼らの住処のことを言い出せずにいるってわけだ。


「ごちそうさま」


 さて、俺もプリンを食べるか。

 冷蔵庫の扉を開けた時、聞き覚えのある声が二階から聞こえてくる。


 ……先輩!さすがっす!

 ……くああ。

 ……パネエッス!


 あ、アイツらに餌をあげたっけ?


「カラスさんの分はあるよ。でもハトさんのはもう無くなってると思うわ」

「お、そうか」


 もうそんなに食べたのかよ!

 タブレットを出し、てきとうな餌を選択し注目。


 あ、ハムスターの餌だった。まあいいか、ハトだし。


 宝箱をパカリと開くと一抱えもある透明なビニール袋が置いてあった。

 業務用と書かれたビニール袋は三十リットルもあるようだ。

 持ってみると案外軽い。種だしな……。

 

 プリンを食べてからビニール袋を抱え、二階のテラスに出る。

 外は今日も満点の星空だ。

 雨季が終わって以来、晴れの日が多くなったよなあ。

 ジメジメした空気もなくなり、カラッと乾燥しているから気温が上がっていても過ごしやすい。

 

『良辰! さすがっす!』


 ハトがよちよちとこちらに向かってくる。

 目ざとい奴め。餌のことだけは反応が良いから困る。

 

 ハトの背にはカラスが乗っかっていて、動く様子がない。

 

「待ってろ、すぐに餌を入れてやるから」

『パネエッス!』


 ハト用のポリバケツにハムスターの餌をどさーっと流し込む。

 袋をポリバケツから離すとすぐにハトが食べ始めた。

 

「ふじちま。星を見ていいか?」

「わたしも!」


 望遠鏡を持つワギャンの横にタイタニアも並ぶ。

 

「おう。みんなで見よう」


 こんな平和な日々が続くといいなと思いながら、ワギャンと望遠鏡を組み立てる俺であった。

 

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