第135話 アレ

「アレを出せ。アレを。今後も定期的にアレを供給するなら協力してやる」

「アレってなんだよ……」

「説明しねえと分からねえとは……ほんと仕方のねえ奴だな」


 「誰も分かるわけねえだろ!」とちゃぶ台を返したい気持ちをグッと抑え、口元をひくひくさせながらカラスへやんわりと問いかける。

 

「アレって何のことだ?」

「薄くスライスした芋を揚げた塩辛い食べ物だ。袋に入っている」

「え、それって、ポテトチップスか?」


 タブレットを出し、メニューを眺める。

 

『ポテトチップス(うす塩) 一ゴルダ

 ポテトチップス(コンソメ) 一ゴルダ

 ポテトチップス(バーベキュー) 一ゴルダ

 ……』

 

 いろいろ種類があるけど、とりあえず上から三種類注文しようかな。

 ポチっと。

 

 タップした途端に宝箱からゴトリと音がする。

 

「開けてくれ」

「わかったぶー」


 マッスルブが宝箱を開くと、中にはポテトチップスが三袋置かれていた。

 

「くああ! これだこれ。いいぞ。魔法をかけてやる」


 ウキウキとした様子でカラスがマッスルブから俺の肩へと移動した。


 ◆◆◆

 

 カラスがご機嫌にくあくあしながら、マルーブルク達に魔法をかけてくれたんだけど、脱力してしまった。

 タイタニアやフレデリックから聞いているので効果は抜群に違いない。

 だけど、たげどだな。

 あの呪文? はふざけているとしか思えない。


「カラス、呪文って唱える必要あるの?」

「何言ってんだ。魔法の構築を補助するのが呪文であり儀式だろう?」


 「くえくえ」と得意げに嘴を上にあげるカラス。


「そ、そうか……」


 もはや何も言うまい。

 俺の話が終わりだと判断したのか、カラスはマッスルブに開封してもらったポテト袋を突く。

 マッスルブも分かっているのか短い指を袋の中に突っ込んで、手のひらにポテトを乗せる。

 欲張り過ぎてポテトチップスが床に落ちてるが……。カラスは気にした様子もなく、床に落ちたのからツンツンしていた。


「ありがとう」


 代表してマルーブルクがカラスへペコリと頭を下げる。

 しかし、カラスはもうポテトに夢中で首だけでさえ、彼の方へ注意を払うことは無かった。


「しっかし、次から次へと常識外れの存在ばかりに会うもんだなあ」


 何が愉快なのか頭の後ろに両手を回したクラウスがにひひと笑う。


「やっばいのばっかだよ……ほんと」


 グバアからはじまり、もふもふドラゴン、ハト、カラス……ガーゴイルだったか? 俺はもうお腹いっぱいなんだけど。

 むしろ、こいつらみたいなのと日常的に出くわす世界なんじゃないかとさえ思ってくる。

 マルーブルクらの反応を見る限り、アレらは常識外、超常の存在なんだろけど。


「キミに引き寄せられているのかもしれないね」

「え、えええ……」


 姉……じゃない兄とよく似たビスクドールのような愛らしくもある顔に天使のような微笑みをたたえたマルーブルクが、嫌なことを突っ込んでくる。


「……この話はこれで終わりだ。言語の壁を気にしなくて良くなった。うん。素晴らしい!」


 ワザとらしく両手を叩き、あえてタイタニアとワギャンへ目を向けた。


「うん!」

「そうだな」


 癒しな二人は「うんうん」と頷きを返してくれる。


「じゃあ、今度はこちらの出来事を伝えようか」

「だな」


 同意しつつ、発言者のマルーブルクへ全振りした。

 説明ごとなら彼が一番だからな。うんうん。


 ほうほう、さすがマルーブルク。

 時系列が分かりやすく、説明もシンプルで的確だ。

 腕を組み、「そういうこともあったなあ」と懐かしみながら彼の話へ相槌を打つ。

 しかし、油断していたのがよく無かった。


「……とまあこんなとこだよ。ね、魔導王さま?」

「ん?」


 誰それ?


「いやあ、まさか魔導王だったとはなあ」


 クラウスにポンと肩を叩かれる。

 「ぐあああ」とクラウスとマルーブルクを威嚇してから、コホンとワザとらしい咳をして口を開く。


「魔導王って聞いたことあるかな?」


 俺の問いかけにタイタニアはもちろんのこと、リュティエとフレデリックも首を横に振る。


「一体、魔導王とは何者なのですかな?」

「さあ……魔族が敬っている存在みたいだよ」


 リュティエの疑問へマルーブルクが首をかしげて答えた。

 だから、俺の方を見るなって。

 知らない。俺は何も知らないんだ。

 身に覚えのない称号が付き過ぎだろ……大魔術師メイガス、導師、そして魔導王って。

 そんな大層なもんじゃあないんだよ、俺は。

 俺はただの藤島良辰。探偵さ。

 

「おい」

「探偵ネタはもう使わないから!」

「なんだ? 探偵って?」


 頭上から突然声がしたもんだから、つい今考えていたことを叫んでしまったじゃないか。

 この声はカラスだな。

 全く……いるならいるで。

 

「いつの間に俺の頭の上に……」


 ハッとなり、頭に手をやったら突っつかれた。

 

「魔族って人形を使う奴らのことか?」

「たぶん? えっと、ガーゴイルって石像みたいなのを動かすとか聞いたけど」

「だったら、たぶん、あいつだな」

「心当たりがあるのか?」

「くあ。シーシアスじゃねえかな」

「……名前を聞いても分からん……」

「そのうち会うこともあるだろうよ。グバアと遭遇したらどっかんどっかんになると思うけどな!」

「絶対に、会いたくない」


 この話はもういい。

 魔導王と呼ばれる超生物がいることは分かった。

 問題は魔道王その人ではなく、魔族がどのような考えを持って動いているかだよな。

 残念ながら、魔族はこの街にはいない。いずれ会う事もあるかもしれないけど、別に積極的に会いに行こうなんて気持ちはサラサラないけどな。

 

 もし今後、魔族がサマルカンドにとって火の粉になるなら、打ち払う。

 平和的に会話で解決できるなら、解決する。

 それだけだ。

 

「みんな、魔族のことは一旦忘れるでいいかな?」

「そうだね。ボクらはここから動くつもりがないからね」

「うん。もし、向こうから関わってきたら、その時は考えよう」

「……そうだね」


 えらく含んだ言い方をするじゃあないか。マルーブルク。

 そこで俺は気が付いてしまった。

 相変わらず自分が抜けていることに。

 

 ゴブリンに落とされた公国の街を俺と仲間達で救い出した。

 となれば、公国が俺たちに関わってくる可能性がある。

 公国は魔族と抗争中だから、そうなると魔族と関わることになるよな。

 

「先にみんなに言っておくよ。公国が救いの手を求めてきたら、救う。ただし、一つだけ条件がある」


 俺の言葉にみんなが口をつぐみ、真っ直ぐに見つめて来る。

 

「戦争への協力なら拒否する。戦いたいなら戦えばいい。俺は協力しない。そこは譲れない。ごめんな。マルーブルク」

「もちろんさ。キミの崇高な想いを汚すようなことはしない。ボクはキミの意見に賛成だよ」


 マルーブルクが珍しく邪気の無い笑顔を浮かべた。

 他の人も無言で頷きを返し……特にリュティエはワナワナと感動に体を震わせていたようで……。

 

 

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