第134話 仲良しぶー

 集会所にはアクセス権限を持つメンバーが全員集まった。そう、全員だ。

 俺の頭の上で囀っているカラスもカウンター裏でバケツへ頭を突っ込み、一心不乱に餌を食べているハトも含めてとなる。


 ハトは進化して巨大化したけど、あれ以来大きくなる様子はない。暇さえあれば食べているが見た目の変化がないのだ。

 でも俺はこの「大いなる謎」を解明するつもりはない。

 餌の出す量と種類はだいたい決めているから消費するゴルダは分かっているし、奴のエネルギー効率なんて知っても仕方ないからな。

 さて……ハトのことはどうでもいい。


 首を振り椅子に座るとすぐにフレデリックがやわらかな所作で礼を行う。


「お飲み物は何にいたしますか?」


 今日もびっしりオールバックをセットして服装にも一糸の乱れもない。さすがフレデリックだ。


「俺は缶ビールな」


 それにひきかえこっちの無精髭は相変わらず着崩したと言えば聞こえはいいけど、だらしない。

 それなのに、それなのに、ワイルドな渋さを発揮しているのだから、俺の歯ぎしりが止まらないのも分かるだろう?

 対照的な二人だけど、どっちも大人の魅力が溢れカッコいい。


「僕はオレンジ……いや、アップルで頼むよ」


 そんな二人の主がさらっさらの金髪を持つ丸い目をした少年だ。

 喋らなければ天使のような彼は、一度口を開くと悪魔になる。


「なんだい? ヨッシー」

「いや、なんでも……」

「ふうん」


 だからその笑みをやめろと言うに。

 俺には邪悪な笑みにしか見えないが、世間だとマルーブルクのこの笑顔は受けが良いらしい。

 そうな。黙っていれば……。


「フレデリック殿。お手を煩わせ申し訳ない」

「いえいえ。リュティエ様は何になさいますか?」

「では失礼して。トマトジュースを」


 この中で一番大柄な虎頭は固いところがあるけど、心の内に熱いものを持つ。

 俺の主観だけど、彼が一番情に厚く感動屋なんじゃないかなと思う。


 たまにおどけて小さく肩を竦めたりすると癒されるんだよな。


「僕は自分でとってくる」

「わたしもワギャンと一緒に」


 すっと立ち上がったのは俺が最初に出会ったコボルトであるワギャンとこの中の紅一点タイタニアだった。


「ブーもいくぶー」


 食いしん坊のオーク、マッスルブも続く。

 彼の場合は移動したらそのまま戻ってこないだろうな……。

 飲んだらすぐに次が取れる位置は彼にとってベストポジションだもの。


 ――バサバサー。

 お、カラスがようやく俺の頭から飛び立ってくれた。


「くあ」

「ぶー」


 よく分からんがカラスとマッスルブは仲が良いらしい。

 マッスルブの肩にカラスがとまる。謎の意気投合を見せている彼らは、そのままドリンクコーナーこと冷蔵庫へ向かう。


 そんな和やかなムードで始まった会談だったけど、話された内容は結構殺伐としたものだった。


 ゴブリン達が襲撃して来たことは聞いたけど、まさかフレデリックとリュティエが単身突撃して群のボスを張り倒すとは……。


「ふじちま殿?」

「あ、うん」


 心の中で戦慄していたら、リュティエが俺の名を呼ぶ。

 

「えっと、月並みだけど二人に怪我が無くてよかったよ」

「ふじちま殿らしい労いの言葉ですな。ガハハ」


 リュティエは顔を上に向けて大きく口を開き豪快に笑う。

 彼の口から大きな鋭い牙が見えた。

 

 彼はまあ見るからに強そうだから、ゴブリン達をちぎっては投げをしたんだろことは想像できる。

 二メートルを超える大柄な体躯は筋肉ではち切れそうだ。

 

「リュティエはどんな武器を使うんだ?」


 興味本位で聞いてみると、彼は片目をつぶり「斧ですぞ」と嬉しそうに答える。

 

「リュティエ様は斧を使われなかったそうですよ」


 おかわりを注いでくれていたフレデリックが目だけをリュティエに向け口元を少しだけ上げた。

 

「なら一体何で……?」

 

 聞くところによるとゴブリン達は大量にいたみたいだし、いくら奴らでもボスを護るくらいはすると思うんだが……。

 

「腹に力を入れてですな、吠えたのですぞ。ゴ・ローなる者はこの拳で」

「……な、なるほど……」

「リュティエ殿は本当にお強い」


 唖然とする俺と対称的にフレデリックは彼を褒めたたえる。

 

「フレデリックがそこまで認めるとは……すげえんだなリュティエの旦那」


 クラウスが手を叩いているけど……。

 そうだよ。リュティエならまだ理解できが、フレデリックが無茶な突撃をするなんて思いもよらかなった。

 普段の彼はさざ波がまるで立たない深い海のような静かな雰囲気しか感じないんだもの。


「フレデリックさんはとっても強いんだよ」

「クラウスから聞いてはいたけど……」


 タイタニアが目を輝かせて両手をグッと胸の前で握りしめた。


「藤島様、マルーブルク様。この度は少しばかり熱くなってしまいました」


 自分へ話が向かったことで、フレデリックはテーブルの前でポットを片手に持ったまま口を挟む。

 

「フレデリックさんが無事ならそれで……そうせざるを得ない理由があったんでしょうし」

「いえ、私の我がままでした。申し訳ありません」


 謝罪の言葉を述べるフレデリック。

 

「ヨッシー。彼もまたキミとサマルカンドを愛しているってことさ」

「よかれと思ってやったのなら、まあ……うん」


 主人であるマルーブルクからもお咎めなしなら、俺からこれ以上言うことはないかな。


「フレデリックさんの足技はすごかったの!」

「足って……フレデリックさんも素手ってこと?」


 こんな細身の紳士が武器も持たずに……。

 彼ならフェンシングな武器とか似合いそうだけど。

 

「お恥ずかしながら、つい昔のように」

「マジかよ。俺も見たかったぜ」


 クラウスはバシンとテーブルを叩いて悔しそうな表情を見せる。

 対するフレデリックは眼光鋭く彼へ一瞬だけ目を向けた。

 

「そんな怖い顔をしないでくれよ。生きる武術の伝説たるフレデリックの本気とあれば誰だって見たいもんだろうに」

「昔のことです」


 話はこれでおしまいとばかりにパンパンと両手を叩き、二人の応酬を止める。

 

「タイタニアの弓もなかなかだったと聞いているぶー」

「藤島。はやく、食べ物を寄越せ」


 全く、この一人と一羽は……。

 飲み物を飲んだら飲んだで次は食べ物かよ……。

 

 弓のことは後からタイタニアに聞くとして、もう一つ確認したいことがあるんだよ。

 

「カラスの魔法で三人は言葉が理解できるようになったと聞いたけど、本当なのか?」

「間違いなく、正真正銘、私はゴブリンどもと会話できておりましたぞ」

「そうだよな。じゃなかったら名有のゴブリンの名前を知ることもできないし……カラス」


 うん、言われてみればそうだった。

 ゴ・ローとゴ・ソーってどっかで聞いたことのある名前だけど、今はそれはいい。

 

「くああ?」


 カラスの名を呼ぶと奴は威嚇するように返事をしやがった。

 

「マルーブルクとクラウス、あとマッスルブとジルバにもその魔法を使ってやってくれないか?」

「ん。ぶーの奴は既に魔法をかけている」

「え、そうなの?」

「そうだぞ。ぶーには袋を開けるのを手伝ってもらったりしたからな」

「……袋って何だろ……」

「そこはどうでもいいじゃねえか。藤島。魔法は使ってやってもいい。だが、一つ条件がある」

「何だろ?」


 カラスの出す条件か……一体どんな要求が突きつけられるのかゴクリと喉ど鳴らす。

 

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