第128話 小麦に栄光あれ
非常に意外だったことがある。小麦狂どものことだ。
奴ら……いや、彼らは整然と列を作り配給役のゴブリンから食事を受け取っていた。
水は近くの井戸から汲み上げ、大きな樽へ溜め込むスタイルの様子。
食事を受け取ったゴブリン達は、運動会のお昼みたいに思い思いの場所へ座りもしゃもしゃと食べる。
そろそろ並んだ列が終わりそうだから、この後に配給役が食事をとるのだろう。
驚いたことに配給役は幹部であるレッドキャプの二人だ。
これは、それだけ彼らの食事に対する思いが大きいことを如実に示している証左だと思う。
平等に配給すること。これが彼らのルール。
なるほど。一貫した軍事行動が取れるわけだ。
食事風景だけ見ても、彼らが集団行動に慣れていることが見て取れた。。
「キョウシュ。とてもうまい小麦ごぶ。感謝ごぶ」
「おう。明日の朝から移動する。あの塔が見えるか?」
拠点の砦を指差すとゴ・ザーはよだれを垂らしながらコクリと頷く。
「小麦タワー。知ってるごぶ」
「……忘れるなよ」
「もちろんごぶ。小麦に栄光あれ」
「お、おう」
突っ込みどころがありすぎて何と言ったらいいか。
「小麦に栄光あれ!」
「小麦の栄光こぷー」
ゴ・ザーにさよならを告げると、他のゴブリン達が立ち上がり、俺へ向けて彼らなりの敬礼をする。
あれだよあれ、ローマ式みたいな敬礼だよ。
◆◆◆
ゴブリン達の様子を見ている間にも他の仲間達が街の人たちにも炊き出しを行っていてくれた。
領主であるフェリックスは街の人へ食事を渡しながら、精力的に慰労へと励んでいる。
彼は本当に涙もろい……そこらじゅうでポロポロと泣いちゃうもんだから、目が真っ赤になっていた。
「姉様も成長したね」
「ほんとに街の人のことを思っているんだな」
横にいるマルーブルクは目を細め、フェリックスの様子を窺っていた。
そうだよ。人ってのは成長する。泣き虫だった少年が今では立派な領主をやってるじゃないか。
「それはサマルカンドへ来る前からだよ」
しかし、マルーブルクの思いは俺と違うところにあるようだ。
「ん?」
「キミの前に傅き口づけを行ったことだよ」
あ、ああ。そのことか。
相手が俺じゃなく威厳ある王様なら絵になったろうなあ。
うむうむと腕を組む俺へマルーブルクは天使の微笑みを浮かべる。
「アレは誓いの儀。かつての王国時代から続く自分が上位と認め敬愛する相手に行うものなんだ。今はまあ……形式化しているけどね」
「ふうん。古式な形式に則って感謝を示したってわけか」
「敵意を感じなかったかい?敏感なキミなら気がついていただろう?」
「あ、たしかに」
僅かに感じた俺へ対する僅かな敵意。なんだろうな恨めしいとかそんな感じの。
分かった。そういうことか。
フェリックスが俺と結婚するやらそんなことを考えた輩がいたとしよう。彼は俺との親密さを示したからな。
しかし、フェリックスは男……。男の俺とは彼らが嘆くようなことは起こりえない。
まてよ。
住民の皆さんが彼を女の子と思っていたら、嫉妬する気持ちも分かる。
そこで、あの儀式か。
フェリックスは敬意と深い尊敬を示した。なので色恋はないってね。
「……ま、まあ。全てうまくいったからよかったよ」
「そうだね。キミの采配は本当に興味深い。生かすでも殺すでもなく活かすこと。キミ以上にうまくやれる人なんていないさ」
「ほ、褒めてるの?」
「そうだよ。かなり全力でね」
その顔!
照れてる俺を楽しんでいるだろう。
全く、相変わらずなんだから。
ま、でも。
口元をほころばせ、マルーブルクを見やる。
日常が戻ってきた気がして、なんか和むよ。
「よし、缶ビールでも飲むか」
俺の声を聞きつけた既に出来上がっているクラウスが、すかさず缶ビールを俺に向け放り投げる。
「お、おっと」
手の中でお手玉してしまったが、落とさずにビールを受け取ることができた。
ぷしゅー。
さっそくプルタブを引っ張って、泡が噴き出すのも構わず缶ビールを口へ運ぶ。
うめええ。
一仕事した後はやっぱこれだよな。
お、ワギャンも帰ってきたみたいだな。彼のモフモフな毛皮が目に入り、片手を振る。
すぐに俺に気が付いたワギャンが左手を軽くあげた。ちょうどそこへ缶ビールがスポッと収まる。
「ありがとう。クラウス」
「おう!」
クラウスよ。素晴らしいコントロールだが、宝箱は椅子じゃあないからな。
彼は開いた宝箱の縁に脚を組みぐびぐびと飲んでいる。あの位置なら、少し手を伸ばせば宝箱から缶ピールが出せるって寸法だ。
「遅くまでありがとうな」
「問題ない。街にゴブリンの姿は見えなかった。街はお祭り騒ぎが続いている」
肉球な指先で器用にプルタブを開けるワギャンに微笑ましい気持ちからニヤつきそうになり、慌てて顔を元に戻す。
彼には休息を挟みながら、街の様子をずっと観察してもらっていたんだ。彼の実直で真面目な仕事ふりに感心したけど、それ以上に驚いたのがハトの馬鹿みたいな体力だ。
鳥類が飛ぶのにはパワーがいると聞く。
人間でいうところのジョギングを続けている状態に等しいと仮定しても、ハトは餌の時間を除く半日の間飛び続けたんだよ。
それもワギャンを乗せたまま。
あいつの目からは狂気しか感じ取れないけど、あれでも一応グバアの眷属ってことか。
規格外の力を持っているってことだろうな。
◆◆◆
翌朝から撤収を開始する。
フェリックスをこのままグラーフの街に残してくるつもりだったけど、彼は領民を迎えにサマルカンドまで来ることになった。
ゴブリン達を我が道の横から行軍させ、奴らを道中に建築したログキャビンと段ボールハウスを直径とした範囲に住むよう指令を出す。
畑で実りが収穫できるまでは一定量の小麦を彼らに提供することを改めて約束する。
残りは森の恵みと狩猟で賄ってもらうことにしよう。
五体のゴブリンを我が道の中に引き入れ、俺たちは段ボールハウスで撤収してから二回目の夜を迎えようとしていた。
欠けて来た太陽と木々の様子は美しく、景色を眺めながらんんーと伸びをする。
そろそろ夕食の準備かなあと思っていたら、既にクラウスの部下達があくせくと竈の準備に取り掛かっていた。
――バサバサア。
彼らを手伝おうと一歩前に踏み出した時、ハトに乗ったワギャンが後ろに降り立ったようだ。
ハトが着陸の際に出す風が俺の背中を撫でたので、彼らに気が付いた。
「お疲れ様。いつもありがとう」
「問題ない。それより、報告がある」
「ん」
ワギャンから深刻さを感じ取った俺は、マルーブルクとクラウスへ大きな声で呼びかける。
「サマルカンドに『ゴブリン』がいた」
「ゴブリン? ゴブリンとはさっき別れたじゃないか」
言った後にあることを思い出す。
ゴ・ザーは彼以外にも進化型ゴブリンを率いる集団が二組あるって。
彼から見て「野蛮」だとも言っていた。
そいつらか?
「心配しなくてもいいよ。明日、堂々とサマルカンドに帰還すればいいさ」
焦る俺へ駆けつけたマルーブルクがなんてことはないと首を振る。
「で、でもだな」
我が土地の防御力は絶対無敵。そこは変わらない。
だけど、外に出てしまったら加護は無くなってしまう。
その時、ポンと背中を誰かに叩かれる。少し威力が強すぎてむせてしまいそうになったことはご愛敬。
「何のためにフレデリックを残したと思ってんだよ」
クラウスがニヒルな笑みを浮かべ指先をグッと突き出した。
フレデリックは書類仕事にも長けているから、マルーブルクがいない間にクラウスを置くよりはよいとかじゃなかったか?
「フレデリックは文官じゃないよ。文官もできるけど、彼の本質は兵を率いること。ボク達が草原へ戦争をしに来たことを忘れちゃいないかい?」
「君達の部隊は精鋭ってこと?」
「ボク達は無軌道なゴブリンを駆除しにきたわけではない。悪魔族と同等の軍団を制すことを想定していたんだよ」
ん、イマイチ理解が進まない。
要は敵が烏合の衆ではなくなったゴブリン達であっても、撃退できるってこと?
「兄ちゃん。フレデリックは……俺より強ええぞ。特に守勢だと右に出る者はいない」
「え、えええええ!」
あの穏やかなフレデリックが……紅茶を優雅に飲む姿がこの上なく似合う白髪の紳士が……。
信じられないけど、クラウスが言うのだから本当のことだろう。
「ふじちま。リュティエ達もいる。大丈夫だ。彼らを信じて」
ワギャンもクラウスと同じように親指をギュッと前に突き出した。
不安が残るが、夜通し進んでもサマルカンドの街までは辿り着かない。なら、今日は寝て、明日の早朝から動くことにするか。
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