第127話 一件落着
方針が決まったので、大量のパンと肉を準備して夜に挑む。
野菜? 振る舞うと言っていないから用意していない。俺はこうみえて結構悪い奴なのだ……ククク。
ともあれ、うまく奴らを言いくるめて街の人たちを救い出さないと。
覚悟を決めて宴を開催したんだけど、ゴブリンらは積み上げた食材の前に立つ俺の前に並ぶ。
ゴ・ザーが先頭にいて、半歩後ろ右手にゴ・プー。彼らから二歩離れてレッドキャップとゴブリンシャーマンが隊列を組み、残りはバラバラに彼らの後ろに集まっていた。
「この食べ物は魔力で出来ている。見よ」
クラウスの部下Aがあらかじめ準備していた宝箱(大)を開く。
タブレットを操作し、フランスパンを五十個発注。
続いてクラウスの部下三人がフランスパンを掲げて見せる。
『ご、ごぶうううううう!』
ゴブリンらの声が重なった。
どうやら見えない壁や一瞬で出現する建物より、こっちの方が遥かにゴブリン達に与える衝撃が大きかったようだ……。
前はともかく後ろのノーマルゴブリンや小柄なゴブリンらは地に膝をついて両手をバンザイさせていた。
ここで俺は彼らに宣言する。
「街の人たちを解放しろ。お前たちの住処まで連れて行く」
シーンと静まり返ったゴブリン達。
一度手に入れた人間達を手放すことを迷っている?
「約束しよう。収穫の時まで俺の魔法で小麦を供給する。たが、お前たちが畑を耕さぬのなら小麦の支給は止める」
ゴブリン達は隣同士で目配せし合い、コクコクと頷き合う。
ゴ・ザーがレッドキャップに指示を出すと、レッドキャップが小柄なゴブリン達を率いて街の中に消えて行った。
程なくして、街の人達が広場に集められてきて……って全員が広場に入るのは無理がある。
ある程度集まったところで、ゴブリンらは道を開け、住人達に前へ進むよう顎で指示した。
「約束は守るごぶ。キョウシュ、我らに恵みを」
「分かった。誓おう。諸君に小麦の栄光あれ」
『小麦の栄光あれ!』
うお。適当に言った今の言葉がいたく気に入ったみたいで……祈りの言葉みたくなってる……。
ゴブリン達に食材を運び出させ、少し離れた場所で食べるよう命じた。
彼らは「待ってました」とばかりに狂喜乱舞して、住人には目もくれずこの場から立ち去っていく。
一方で俺は残った住民へ向け、両手を広げ語りかける。
「ご安心下さい。私達はゴブリンをこの街から追い出しに来ただけです」
あれえ。
住人の皆さんがものすっごく悲壮な顔で俺の様子を窺っているんだけど……。
あ、あー。
客観的に見たら、俺は彼らの恐怖の対象であるゴブリン側に見えるよな。
「フェス」
俺の呼びかけに宝箱の後ろに控えていたフェリックスが前に出る。
彼の姿が目に入った住人らの多くは表情を明るくした。
おお、彼の容姿を住人が知らなかったらと懸念したけど、この分だと大丈夫そうだな。
「み、みなさん……」
フェリックスは消え入りそうな声で一言呟くが、すぐにうつむいてしまう。
う、顔をあげないなと思っていたら、背中を震わせてぐずぐずと泣いてしまっているじゃないか。
彼の背中をさすり、声をかける。
「落ち着いて、時間はたっぷりあるから」
気持ちは分かるよ。
最後まで残らず逃げた自分への罪悪感、住人が無事に戻ってきたホッとした気持ちと歓喜。
いろんなものが混ぜこぜになってしまったんだよな。
「……」
フェリックスが俺に縋り付いてきてそのまま俺の胸に顔を埋めた。
「大丈夫、大丈夫だ」と言う気持ちを込めて、彼の背中をポンポンと子供をあやすようにそっと叩く。
良かったな。フェリックス。君は住人にまだ愛されているようだぞ。
幸か不幸か、彼が俺にひしと縋り付いたことで住民の俺に対する緊張感が和らいだのだろう。
心なしか緩やかな空気になった気がする。
「良辰様」
「大丈夫。きっと」
笑顔でフェリックスの肩を軽く叩く。
「はい!」と目で訴えたフェリックスは俺から離れ、住人の方へ体を向けた。
「みなさん、無事で、本当によかったです。逃げてしまって……本当に本当にすいませんでし、た」
ハッキリと住人達を見つめ、フェリックスは彼なりに精一杯声を貼りはげた。
対する住人達は彼の言葉へ静かに耳を傾ける。
「襲撃の最中、火災やゴブリン達、郊外で……多数の人が、な、そ、その……」
うつむき、拳を小刻みに震わせ言い淀むフェリックスだっが、語りかけることをやめようとはしない。
天を仰ぎ、薄っすらと目を瞑った彼はぎゅっと拳を握りしめる。
次にチラリと俺に目をやり、真っ直ぐに前を向く。
「多数の人がわたくしの不甲斐なさで亡くなってしまいました。ここにいる導師様にわたくしと逃げ延びた人たちを救っていただいたのです」
ざわつく住人達。
フェリックスが逃げたことや亡くなった人たちのことに対してではない。俺のことが話に出たからだ。
分かりやすく俺に彼らの視線が移っているからな。
「ゴブリン達のことで誤解があるかもしれません。このお方は生きとし生けるもの全てに慈悲を与える方なのです」
「し、しかし、ゴブリンですぞ……」
あれは小柄なゴブリンに引き立てられた壮年の男か。
「ジェレミー。ご無事でなによりです。導師良辰様はゴブリンに共存を解き、奪うことをやめ農業を営むよう導きくださいました」
「フェリックス様……」
「わたくし達がここから逃げ出し、かのお方のお膝元である『ふじちまタウン』にほうほうのていでたどり着いた後、治療と食事の施しを受けました」
戸惑うジェレミーへ、フェリックスは朗々と言葉を続ける。
「導師様のお優しさと偉大なる力を忘れることはできません。癒してくださっただけではなく、街を救うと言って下さったのです。そして、導師様はゴブリン達を街から立ち去らせて下さいます」
フェリックスの必死の訴えに住民達の空気が変わってきた。
彼らから敵意は感じなくなったけど、何かこうなんとも言えない不安げ? な視線を感じるんだよなあ。
「助けてもらってばかりのわたくしですが、愛するグラーフへ戻っても宜しいでしょうか。またみなさんと一緒に暮らして、領主の勤めを果たしてもよろしいでしょうか……」
後半またしてもトーンが低くなってしまったが、彼が口をつぐんだ途端に住民達は一斉に大歓声をあげる。
「もちろんです! 貴女様以外に誰にグラーフの領主が務まりますか!」
「フェリックス様! フェリックス様!」
「貴女様こそグラーフだ! グラーフには貴女様がいてこそ!」
いい住民達じゃないか。フェリックスの治世の素晴らしいものだったんだろうな。
彼はお人好しが過ぎるけど、素直で誠実だ。そんな彼を住民が愛し、彼もまた応じようと精一杯頑張ってきた。
ん、トコトコとフェリックスがやってきて俺の真横に立つ。
彼はその場で片膝をつき、俺の右手をとって自分の両手を添えた。
「本当に感謝しております。良辰様。このたびはグラーフの街を救っていただき、一同みなあなたさまに感謝しております」
「できることをしただけだ。ゴブリン達は一体残らず街から退去させる。安心してくれ」
「はい!」
フェリックスが俺の手の甲へ口付けし、くるりと住民達へ体を向ける。
おや、一部住民から感じていた謎の不安気な視線を感じなくなった。
「みなさん、これからもよろしくお願いたします! 怪我が癒えた人たちもすぐに戻ってきます。一緒にグラーフを復興させましょう!」
割れんばかりの拍手が鳴り響き、フェリックスはペコリとお辞儀を行う。
こっちは彼に任せておいて大丈夫そうだな。ならば俺は小麦狂どもの相手をするか。
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