第126話 ごぶごぶ会議

 しばらく待っていたが、同じことを繰り返し叫び続けるだけで一向に騒ぎがおさまる気配がない。

 いい加減騒ぐのも疲れてくるところだが、こいつら無駄に元気なんだよな。


「静まれ! 我が天啓を与えてやろう」


 教祖っぽく大仰に両手を広げ、自信満々に言い放つ。

 ゴブリンらは一斉にこちらに顔を向け、固唾を飲んで俺の次の言葉を待っている。

 その表情は奴らにしては珍しく、不安気で縋るような様子だった。


「簡単なことだ。無いなら作ればいい」

「作る……ごぶ?」

「そうだ。土を耕し小麦を自ら作り出すのだ」

「な、何と……そんなことが……ごぶ」


 雷に撃たれたようにヨロヨロと一歩後ずさるゴ・ザー。

 まさしくこの発想はなかったって感じだ。

 少し考えれば分かるものなんだろうけど、狩猟文化しかない彼らからしたら畑を作ることなんて慮外のことなんだろうな。

 地球の人間だって、狩猟から農耕文明へ移行するのに長い時間がかかったんだ。


「お前たちゴブリンには力がある」


 だから宣言してやろう。奴らを根本から変えるために。

 何を言われたのか理解が進まないか?

 ならば、もう一度。


「お前たちには力がある。小麦を作り出す力が」

「ご、ごぶ達が?」

「まさしくそうだとも。クワを持ち、土を耕し、小麦の種をまき、収穫する。俺が導こう。奪うだけの者から作り出す者へ」

「キョウシュ……」


 熱っぽく、まくし立てるように、奮い立たせるように。

 お前たちならできると断言しよう。


「まず道を示そう。その後、街の住人を解放しろ。そして、俺についてこい。小麦の作り方をお前たちに教えてやろうではないか」

「わ、わかったごぶ。本当に本当ごぶ?」

「ゴ・ザー。俺がこれまでお前たちを導けなかったことがあるか?」


 ゴ・ザーはブンブンと首を振る。キョウシュってやつはすげえな。

 まあ、分からんでもない。ゴブリン達を進化させたんだものな。


 俺がやるのはその仕上げだ。

 ゴブリンを真の意味で今後長く存続することができ、かつ他と共存できる種族へと変えてみせる。


「夜まで待て。この広場に全員を集めておけ」

「ごぶ?」

「俺がお前たちの門出を祝おうと言うのだ。たっぷりのパンと肉を用意してやるから楽しみにしておくといい」


 歓声があがった。

 全く、食べ物となると途端にテンションがマックスになるんだから……。


 右手を大きくあげ、踵を返す。

 後ろからは未だにゴブリン達の声が聞こえてくる。


「マルーブルク、だいたい分かると思うけどこの後説明させてくれ」


 彼の耳元に口を寄せ囁く。

 すると彼はコクンと首を縦に振る。


 ◆◆◆


 ところ変わってグラーフの街郊外にある俺たちの拠点。

 お茶菓子とコーヒーをテーブルに並べ、作戦会議の開催となる。


「そんで、兄ちゃん。餌で集合させて一網打尽にしようってんだな! さすが導師だな、頭が切れる」


 先程のゴブリン達との顛末を伝え切ったところで、クラウスが手を叩き俺を褒め讃えた。

 あ、いや……。

 戸惑う俺を見て、マルーブルクは面白いモノを観察するように薄い笑みを浮かべる。


「あはは。本気ってわけかい。いいね。その発想がキミらしい」

「は、ははは」

「なるほど。キミの案を実行するに三つの障害を乗り越えなきゃならない。特に一つ目は姉様とボクが必須だった。だから、『頼む』って言ったんだね」

「ま、まあ……」

「最初から想定していたわけかい。キミの深淵なる思考力には頭がさがるね」


 あ、いや。

 具体的にこう、何を頼むってハッキリ決めていたわけじゃなくてだな……。

 だ、ダメだ。この空気は言い出せない感じだそ。

 ま、まあいいか。何としても訂正しなきゃならないことでもないし。


「一つ、ゴブリン達の住む場所。二つ、奴らへの技術の伝達」


 俺が分かっている二つは先に述べてしまった。

 残り一つはマルーブルクが補足してくれるだろう。

 ゴブリンの住処だが、大草原に住まわせることは却下だ。将来的には考慮していいけど、現時点では無し。


 サマルカンドを拡張して住まわせるに、ゴブリンらは危険過ぎ、離れたところに住処を作るとグバア大戦争に巻き込まれたら全滅する。


 そこでマルーブルクとフェリックスがなんとかできるものなのか確かめる必要があったってわけだ。

 大草原がダメなら隣接する公国領しかない。

 ここもダメなら、サマルカンド南にある険しい崖を越えるのもアリかもしれない。

 ハウジングアプリの力を持ってすれば、切り立った崖なぞ物の数ではないからな。


「良辰様。ゴブリン達の住処でしたら、わたくしの領地とふじちまタウンの中間地点はいかがですか?」

「距離はちょうどいいかもしれないけど、その地は……」

「心配ないよ。今の公国の領土を説明しよう」


 フェリックスの提案に首をひねる俺へマルーブルクが口を挟む。

 二十一世紀の地球感覚だと、例え不毛の砂漠地帯と言えども国の領土となると他国の者を勝手に住まわせたりなんてしない。

 猫の額のような無人島を巡って国家間で血みどろの争いになるくらいなのだ。


 思考が横に逸れた。

 ハタと意識を外に向けると、口元を緩めたマルーブルクの顔が目に入る。


「ん?」

「長考は終わったかい?」

「あ、うん」

「じゃあ説明しよう」


 一度聞いた気もするけど、公国の領域は豊富な水量を持つ湖クリスタルレイクを中心に広がっている。

 大森林の大部分と沿岸地域、草原、山地と広い領域を支配するが、人の生活圏は領土のうち半分も無い。

 獣道でも通行ルートがあればマシなほうで、完全な未開の地も多々ある。

 フェリックスの領地もサマルカンドに向かう側はとても曖昧で、彼の示した「中間地点」辺りからはまず人が踏み入ることはないようだ。

 獣道があったのは、大草原へ進出するための調査が必要だったから。

 他にもフェリックスの領地の近くにはエルフの里があったり、魔物の住む巨大洞窟があったりするそうだ。


 やっぱり、聞けば聞くほど異世界は恐ろしい。


「まあ、一番近い集落や村から二日も歩けば完全に無人の地だね。名目上はフェリックスの領地だし、問題ないんじゃないかな?」

「お、おう」


 フェリックスと目を合わせると、彼はコクコクと小さく首を揺らす。


「誰も知る由もありませんし、モンスターの領域という認識です」

「なるほどな。フェス。うまく言うもんだ」


 分かっていない様子のフェリックスへ笑いかけ、大げさに肩をすくめてみせた。


「モンスターの領域に(モンスターと認識されている)ゴブリンを住まわせるってことだよな」

「はい!」


 ゴブリンは危険生物という扱いじゃあなくて、公国にとって憎むべき敵だったけどな……。

 そこはまあいい。鈴はつける。

 悪いことばかりじゃあない。ゴブリン達が住むことによって、周辺地域の危険モンスターは排除されて行くことだろう。

 奴らが公国の者へ手出ししないという前提が守られれば、悪い話でなない。


「ゴブリンの住む場所は俺が仕切りを作ろう。外敵からの防衛にもよいだろう」

「そうだね。キミならゴブリンどももうまく制御してくれると思う。問題は二つ目と三つ目だね」

「技術を伝えるにも言葉がなあ……」

「三つ目がクリアできれば、どうとでもなりそうだけどね」


 あ、ようやく三つ目が分かったよ。

 ゴブリン達の住処へ行く人だ。

 ……誰も危な過ぎて行かせたくないな。


 どうしよう。

 モノを伝える手段ばかり考えていて、肝心の伝える人について抜け落ちていた。


「でしたら、お呼びになってはどうですの?」


 コテンと首を傾げたフェリックスが疑問の声をあげる。


「それだ! それだよフェス!」


 フェリックスの両手を掴み、ブンブンと上下に振るう。このまま小躍りしてしまいそうだ。

 対する彼は戸惑ったように目をパチクリさせて、頰を僅かに染めた。

 

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