第125話 悟りを開いたごぶ

「魔術……ごぶ?」


 あれ、魔術のことを知らないのか?

 さっきのブロック塀も魔術ってことにしていたんだけど。さっきまでは俺の話を全く聞いていなかったから、何も覚えていないんだろうな……。

 しっかし、カッコよく手の平へ出現させたタブレットさんが虚しい……あ、いや、俺以外にタブレットは見えないんだけどな。


「見ていろ」


 投げやりに言い捨て、どこにしようかなと場所を物色する。

 コイツらを囲んでやるのもいいが、さっきのように小柄なゴブリンどもがまだ街に潜んでそうだし。

 「キング様の危機」とかで小柄なゴブリン達に人間を盾にとられたら元も子もない。


 タブレットを操作し映り込んだ土地を購入。

 続いてカスタマイズメニューを選び決定をタップする。


 すると、音も立てずに一瞬で女神像が出現した。

 女神像は肩に大きな甕を抱えていて、甕からは水がチョロチョロと流れ出ている。

 女神像の大きさは高さがおよそ三メートル。足元は半径七メートルほどの円形の水溜めとなっていた。

 そう、これは広場によくある噴水だ。場所はゴブリンキングから見て右手になる。


 水の流れる音で女神像に気がついたゴブリン達が一様に右を向き、驚愕で口が開きっぱなしになっていた。


『キョウシュ様に違いなイ』

『キョウシュ様、キョウシュ様』

『我らに力を』


 レッドキャップとゴブリンシャーマンらが口々に思い思い呟いている。


 キョウシュって奴は俺と同じような能力を持っているのか?

 それともゴブリンらには魔術を使う者の区別がついてなくて、不可思議現象は全てキョウシュの力だと考えている?


 真相は分からないけど、ゴ・プーとゴブリンシャーマンは祈るような姿勢で両膝をつき、レッドキャップらは直立不動で右腕を前方に出す敬礼ぽいポーズを決めていた。

 この敬礼の仕草って何かの本や映画で見た記憶があるんだよなあ。何かは思い出せないけど。


「キョウシュよ。ガーゴイル無き今、直接御身を現されたごぶ。我らゴブリン族はキョウシュへ多大な感謝と尊敬の意を抱いているごぶ」


 恭しくゴブリンキングことゴ・ザーが口上を述べる。


「俺がお前達だけの為に慈悲を与えるとでも?」


 適当に話を合わせただけなんだが、ゴ・ザーはとんでもなく動揺した様子で拳をプルプルと震わせているじゃないか。


「ま、まさか。野蛮なゴ・ソーもごぶ?」


 誰それ?

 どう応じたら良いものかと迷っていたら、ゴ・ザーは更なる言葉を呟く。


「それともゴ・ローごぶか? キングはごぶだけごぶ。あついらは野蛮で未だに奪うだけの生活を続けているごぶ。あんなのと我らを同じに扱うというごぶか?」


 ゴ・ソーとやらのことは知らんが、今こいつは聞き捨てならないことを言ったぞ。

 進化したゴブリンの集団はこいつらだけではない。少なくとも他に二つの組織があるってことだ。

 いっそこいつらを味方につけ、他のゴブリン族の動向を探ることはできないだろうか?

 俺をキョウシュと勘違いしている今ならいけるかもしれん。

 だけど、彼らを説得する前に一つ確認しなきゃならないことがある。


「そこに一体のお仲間が転がっているが?」


 俺たちは先ほど一体のレッドキャップの命を奪っているんだ。

 こいつらは、倒れ伏し頭から血を流して絶命しているレッドキャップのことについてどう思っているのか?

 死生観はどうなっているのか? 


「牙を向けたら、どちらかが倒れるのは当然ごぶ。まさか人間にやられるとは思わなかったごぶ」

「仲間がやられたというのに、それで終わりなのか?」

「ごぶ達もキョウシュ率いる人間も牙をおさめたごぶ。牙を向け合った者同士は気が収まるまで戦うごぶ」

「えっと、要するに俺とゴ・ザーが殴り合ったなら、どっちかがボコボコにされるまで戦う。だけど、部下の者同士のいざこざには関与しないってこと?」

「戦いには組織戦と個人戦があるごぶ。今回は例外ごぶ。ごぶとキョウシュが会談を行い、戦いは中断されたごぶ」

「だから、個人戦として処理する?」

「そんなところごぶ」


 正直、まるで意味が分からない。

 だけど、少なくともゴ・ザーの集団は現時点で俺たちに恨みを抱いていないことは確かか。

 こいつらともし友好関係が築けたとして、後ろから刺されたらたまらんからな。

 他のゴブリングループと接触し、争うどころか逆に「ゴブリン族全ての力を結集し逆襲するごぶ」なんてやられたらいい気分にはなれないし。

 

 悩ましさ腕を組みそうになり、元の位置に戻す。

 右斜め後ろをチラリと見やると、マルーブルクが無言でコクリと頷いた。

 「キミに任せる」とでも言いたいのだろうか。

 

 信じるさ。

 君は俺に言ってくれたよな。

 「キミの意見なら支持するってさ」

 

 反対側へ目を向けると、フェリックスが祈るように俺をじっと見つけていた。

 彼と目が合うと、ポッと頬を染め俺から目を逸らす。

 分かっている。ここは君が管轄してきた街だってさ。

 

 こいつらの事情は分からない。

 だけど、俺には俺の事情があるんだ。

 

 ふううと大きく息を吐き出す。

 気合を入れるため頬を手のひらでパーンとしそうになり、さっきと同じようにハッなって手を引っ込めた。


「再度になるが、街の人たちを開放しろ」

「キョウシュの頼みでも、小麦は渡せないごぶ」


 小麦と人間は別物だと……。

 俺の希望はゴブリン達を皆殺しにすることじゃあない。やろうと思えば、クラウス達の力を借りたり我が土地で閉じ込めて干からびさせたりすることは可能だ。

 でも、それをしたら俺が俺じゃあなくなってしまう。

 邪魔だから、牙を剥けたから排除するじゃあ何も変わらない。

 俺が獣人と公国の争いを止めたのも、誰も傷ついて欲しくなかったから。

 

 ならば。

 

「フェス。マルーブルク。後から相談させてくれ。今は静かに俺の言葉を聞いていてくれ」


 後ろを向かず二人に言葉を投げかける。

 俺の結論は変わらない。

 街の人達は救い出す。

 

 だが、ゴブリン達も殺さない。

 俺は欲張りなんだ。

 両方やらなくちゃあなんないってことには骨が折れるが……。

 

「お前たちが我が物顔で住んでいる家、食糧。井戸があり広場がある。これを手放したくないわけだな?」

「一番は小麦ごぶ。二番は家ごぶ。肉は森で。子供は同族で。全ては順調ごぶ」

「一つ言うが、街の人たちは自分達の分を食べていくのに精一杯な生活をしている」


 公国に支払う税もあるだろうけど、タイタニアを初めとした公国の人たちをみていると総じて食糧事情が非常に厳しい。

 だから、俺の言ったこともあながち間違っているわけじゃあない。

 

「ごぶ達は小麦を作るから人間を生かすだけごぶ」

「分かっていないな。だから、お前らは進化し人こそ殺害しなくなったが根本は変わってないんだよ」

「どういうことごぶ? 何も不都合はないごぶ」

「いいか、結局お前たちは奪うことだけなんだ」


 婉曲的に言っても分からないか。キングだけじゃなく、他のゴブリン達にもてんで俺の言いたいことが伝わっていない。

 やれやれ。

 そもそも作るって文化がゴブリンに無いんだから仕方ない。収奪以外に物事を考えることができないんだろうな。

 

 黙ったままのゴ・ザーへ向け言葉を続ける。

 

「人間が小麦を作る。ゴブリンがその小麦を食べる」

「その通りごぶ」

「結果、人間は食べるものが無くなる。そして、最後には衰弱して死んでしまう。となると、小麦は作られずゴブリンも小麦を食べることができなくなる」

「……!」


 やっと分かってくれたらしい。

 キングだけじゃなく、レッドキャップもゴブリンシャーマンもあの毒々しいゴ・プーという名のゴブリンプリンセスらも恐慌状態になった。

 驚くのはいいんだが、ぎゃーぎゃー叫びすぎだろう……。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る