第124話 絶世の美女(ごぶりんめせん)
「大人しく街の人たちを解放すれば、諸君らの悪業には目をつぶろうではないか」
未だに「探偵、探偵」と呟いているゴブリンらに向け
あからさまな挑発にゴブリンらは分かりやすく激昂した様子だ。
こいつらと街の人たちの言葉が通じていたとしたら、占領されることもなかったんじゃないか……。
マルーブルクほどではないにしろ多少弁の立つ者がいれば口先三寸で追い返すことだってできそうだよな。
俺は言葉だけでこいつらを言いくるめようとは考えていないけど……。
「おい、人間。随分と舐めた口を利くごぶ」
おいおい、そこでリーダーたるキングが直接語りかけたらダメだろう。
こっちにとっては好都合だがね。
「お前達が人を殺さずにいたことだけは評価しよう。それ故、今すぐここを立ち去るというのなら、命は取らない」
「牙を剥く人間は摘み取るごぶ。小麦を作る人間は生かし働かせるごぶ」
「お前らが俺を?」
何を言ってんだとばかりに腹を抱えて嘲笑する。
もちろん演技だ。
対するキングは怒り心頭で、玉座から立ち上がり拳を前に向けた。怒りのためか拳が細かく揺れている。
「いつでもいいぜ」
飄々としたクラウスの声。
ゴブリンらの様子を見てとったクラウスと彼の部下達が弓を構えた。
こちらの動きにレッドキャップらも慌てて背中の弓を掴む。
「どうする? 俺たちは別にお前達と戦っても構わないのだぞ」
「後悔するなごぶ」
レッドキャップらが横一列に並びはじめた。
対する俺は右腕を横に伸ばし、クラウスらに待つように指示を出す。
「射るタイミングは任せる」
後ろに向け呟きながら、左手にタブレットを出現させた。
すぐに前方の景色をタブレットに写し込みタイミングを見計らう。
レッドキャップらは……弓を引き今にも矢を射かけんとしている。
まだ。
もう少しだ。
来た。
矢が放たれ風を切る音を発しながら、真っ直ぐに俺目掛けて飛んでくる。
しかし。
我が土地の枠へ矢が迫ろうとした時、突如コンクリート製のブロック塀が道を塞ぎ、矢は地面に落ちた。
「こんなもの我が魔術の一端に過ぎないのだよ」
居丈高に言い放ち、ブロック塀を撤去する。
出すのも引っ込めるのも一瞬でできちゃうハウジングアプリはやっぱりとんでもないな。
ヒュンヒュン――。
ブロック塀が無くなり唖然とするゴブリンらの顔が見えた途端、クラウスらが矢を放ったようだ。
矢はレッドキャップの頭に突き刺さる。
矢が貫いたのは唯一体のみ。
頭に四本の矢が刺さったレッドキャップは、後ろにパタリと倒れこむ。奴は両足をビクビクと痙攣させた後、動きを止めた。
「何で一体だけに?」と少しの間だけ疑問に思ったけど、すぐに理由が分かる。
打ち倒す数を最小限にとどめたいわけではなく、こちらの弓の精度を見せつけるためだな。
同時発射でかつ正確に全てが頭を射抜く。
ゴブリン達からしたらいつでもヘッドショットされる恐怖感が生まれることだろう。
それでも奴らは仲間がやられたことに沸き立つものの、恐慌状態に陥ることはなかった。流石に街を落としただけのことはあるってことか。
「無駄な抵抗はよせ。立ち去るがよい」
俺の言葉に水を打ったように静まり返るゴブリン達。
よおし、一連の流れで奴らもようやく俺達のことを唯ならぬ敵だと認めたようだな。
「お前……本当に人間ごぶ?」
「俺が人間だとか、そうでないだとかどちらでもいい話ではないか?」
「ご、ごぶ……」
キングは感じ入ったようにワナワナと膝を震わせ、そのまま後ろへ倒れこむように玉座へ座り込んだ。
『キョウシュサマでハ?』
『まさか、キョウシュ様ともあろう方が、人間の姿をしているわけがない」
『ガーゴイルもいない!』
『騙されるナ!』
ゴブリンらは口々に好き勝手呟いているけど、事態を把握できたぞ。
なんだかこういった勘違いは久しぶりだ。
ワギャンと初めて会話した時もこんな風に彼が「俺は人間に変化しているだけ」だとかあったよなあ。
今となっては遠い昔の出来事のようだ。あの時は俺もワギャンも真剣だった。
でも、彼を助けることができて本当によかったよ。
今では彼のことを親友だと思っている。彼も同じように考えていてくれたら嬉しいな。
おっと、思い出に浸っている場合じゃあない。次の手を打たないと。
いつもはいい感じでマルーブルクがヨイショしてくれるんだけど、今回はキングの前ということもありこちらの言葉を俺が復唱するのはやめておこうとなったんだ。
ホブゴブリンらはともかく、キングはゴブリンらを統率する存在である。
みんなとの協議の結果、俺一人でキングと会話した方が成功率が高いと結論を出した。
大丈夫。方針は決めている。
ここまでいい感じに進んでいるのだ。
「キングで良いのか? お前の名は」
「ゴ・ザーごぶ。ごぶはゴブリンキングのゴ・ザーごぶ」
「名有りなんだな。ゴブリンの中で名有りは希少なのだろう?」
「そうごぶ。ごぶと絶世の美女であり俺の愛人ゴ・プーだけごぶ」
美女、美女ねえ……。
俺から見たらみんな一緒に見えてしまう。これが種族差ってやつさ。アヒルの顔を見ても区別がつかないようなもんだ。
「ゴ・プーは巫女ではないごぶ。ゴブリンプリンセスごぶ。美しさにかけて他に並ぶものがいないごぶ」
聞いてもいないのにペラペラと喋り続けるキングことゴ・ザー。
名前を聞いたのは……お前のノロケを聞くためなんかじゃねえ!
あまり食指が動かないが……ゴブリンプリンセスとやらはここにいるのか?
ゴブリンシャーマンらへ目を向けると。
一体だけ服装が異なるゴブリンシャーマンをすぐに発見した。
他のゴブリンシャーマン達は薄汚れた灰色のローブを纏っているのだが、こいつだけ鮮やかな朱色のドレス? に似た服を身に着けていた。
元々は人間のものだったのか、丈が明らかにあっていない。
スカートの裾が半ばほどで地面につき、あれじゃあ歩くとすぐにすっころびそうだよ。
あ、あと……特徴的なのが唇に塗りたくったサーモンピンクの紅だろう。
唇から大幅にはみ出すようにメイクを施しているもんだから……とても……不気味です……。
「醜いニンゲン! 妾に色目を使うとは生意気こぷー」
え、えっと……。
目を瞑って声だけ聞けばまだ堪えられるかもしれん。声だけならな。
これが若い人間の女性の声だと言われても全く違和感がない。
し、しかし……。
ビジュアルが。
くねらせるな! 目張りとつけまつげがヤバ過ぎる!
涎を垂らすんじゃねえ!
だ、駄目だ。
危うく当初の目的を忘れるところだった。
気合を入れ直せ、俺。
自分を叱咤し、前を向く。
「ゴ・ザー。未だに俺の力が信じられないようだな。どれもう一つ魔術を見せてやろう」
俺の結論。
ゴブリンプリンセスは無視して、ゴブリンキングとだけ話すことにした。
奴を視界に入れてはいけない。絶対にだ。
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