第123話 そのネタは受けないからやめておけ

「……ワギャンの帰りを待とう」


 あんまり過ぎるゴブリン達の動きに頭を抱えそうになるが、油断してはいけない。

 総勢二百体と大軍を捕獲したわけだけど、進化種を一体とも確認していないんだ。

 レッドキャプとやらもキングもいなかった。奴らはおそらく街の中にいるはず。


 奴らが見える位置にいれば偵察に出たワギャンがその姿を確認してくれる。

 ソワソワしつつ窓の外とモニターへ交互に目を移していたら、ハトのシルエットが遠目に映った。


『パネエッス!』


 ハトのセリフからは事の次第を測ることは叶わない。

 あいつは大したことないことでも「パネエ」って言うからな。


「おつかれ、ハト、ワギャン」

『うっす!』

「戻った」


 一応ハトにも労いの言葉をかけておく。なんのかんのでちゃんと偵察任務をこなしているもんな。


「ほとんどのゴブリンは小麦袋へ向かったようだ」

「街のゴブリン達は?」

「中央広場に集合し、小麦の戻りを待っているようだった」


 広場にいるのが全ゴブリンではないだろうけど……。


「キングとやらはいたのかい?」


 マルーブルクの問いにワギャンは迷わず返答する。


「キングかどうかは分からない。だが、広場に玉座が持ち込まれ、座るゴブリンと周囲を固めるゴブリンがいた」

「特徴はどんな感じかな?」


 ワギャンは身振り手振りを加えながら、説明を行う。

 玉座に座るゴブリンは、額から長いツノが生えているのが特徴でホブゴブリンより更に背丈が高い。

 見た目こそホブゴブリンやゴブリンと変わらないが、漂う雰囲気がまるで違ったとのこと。

 仮にこいつをゴブリンキングとしよう。キングの脇を固めるのは、ホブゴブリンの情報によるとレッドキャプ達だ。

 ワギャンはレッドキャップ達の姿も確認していた。

 奴らは何処から奪ってきたのか分からないけど、赤いベレー帽を被っている。

 大きさは一般ゴブリンと変わらない。両頬に朱色の赤い三本線が入っているのと、両手の爪の色が紅色ってのが見た目の違いらしい。

 背中に弓を背負っていて、こいつらが弓矢を扱えることを示唆している。

 これまでゴブリン達が弓を使ったことがなかったけど、レッドキャプは例外みたいだな。


「方針は決まったか?」


 長考する俺へクラウスが声をかける。

 問いかけているけど、その顔を見りゃわかるぜ。確認したいだけだろう?

 決まっている。


「もちろんだ。正面突破する」

「ヒュー。さすがは大魔術師メイガスだぜ!」

「その呼び方……」

「導師より大魔術師メイガスのがカッコよくねえか?」

「ま、まあ。どっちか選べというなら……」


 何が面白いのか俺の背中を愉快そうにバンバンと叩くクラウスであった。

 しかし、彼はすぐに精悍な顔を引き締め俺の前へ立つ。

 彼につられるようにしてマルーブルク、フェリックス、そしてワギャンが一列に並ぶ。


大魔術師メイガス殿、号令を」


 マルーブルクが恭しく傅き、顔だけを上にあげ厳かに告げる。

 彼の様子にワギャン以外が習い、片膝をついた。

 一方でワギャンは胸の前で腕を真横に動かし、背筋をピンと張る。きっとこれが獣人式の敬礼なのだろう。


 コホンと咳をし目が泳ぐ俺であったが、みんな俺の言葉を待っている。


「え、えっと。だな。街の門まで我が土地を伸ばす。そのまま街中へも進もう」

「おー」


 みんなの声が重なった。

 

 ◆◆◆


「あれ……?」


 思わず声が出てしまう。

 街の入り口まで真っ直ぐに土地を購入し堂々と進んで来たわけだが……ゴブリンの一体たりとも出て来ないぞ。


「あいつら幹部以外は全員出払ったんじゃねえか?」

「いやいや、まさかそんな……」


 クラウスが頭の後ろで腕を組み、口笛を吹きながら横目で俺を見やる。

 ついさっきまで街の門からはゴブリンがわらわらと出て来ていたんだ。きっと俺たちを待ち構えているに違いない。

 

 しかし――。

 そのまま街の中央広場まで到達してしまった。

 

 街の中は火災の跡が残る痛々しいものだったが、家の窓からこちらの様子を窺う人達の姿も見える。

 よかった。街の人たちは概ね無事な様子だ。

 一方、中央広場にはというと。

 玉座に座って足を投げ出したゴブリンキング。頭には月桂樹の冠を被り手には錫杖を持っているじゃねえか。

 月桂樹はともかく、錫杖は棍棒と大差ないけどな……。

 キングの横に控えるは赤いベレー棒を被った小柄なレッドキャップ達が十体。後ろにはゴブリンシャーマンが同じく十体控えていた。

 前衛にはホブゴブリンが十五体いて、俺たちを睨みつけている。

 

 奴らがどうでるか。

 先頭に俺が立ち、クラウスとマルーブルクが半歩後ろに。ワギャンが俺の真後ろを固める。


 対するゴブリン達はいきなり襲いかかってくる様子がない。キングが悠々と右腕をあげ、レッドキャプの一体へ目配せしている。

 これなら会話を試みることができそうだな。

 よっし。

 む……。


 またしても見たことの無い種のゴブリン達が建物の影から顔を出す。

 普通のゴブリンより若干華奢に見えるけど、手足が少し長い。

 新たなゴブリンなんかより、俺の目を釘付けにしたのは奴らに連れられている老年の男だ。

 引っ張られるわけでもなく、自分の足で歩いてきていることに少しホッとしたけど、一体彼にゴブリン達は何をするつもりだ?


 レッドキャプの前まで引き立てられた老人は、背筋を伸ばししかとこちらを見つめ口を開く。


「キングは諸君らにここで労役につくことを望んでいる」


 老人はハッキリとした口調で朗々と続ける。


「キングは人々に慈悲を与える。働きさえすれば命は奪わない。女を犯さない。ただし、歯向かう者、逃げ出す者には容赦なく罰を与える」


 ここで言葉を区切った老人は悲哀の篭った目で俺たちを順に見つめていく。

 彼の目線がフェリックスの前で止まったが、首を振り達観したように正面へ顔を向けた。


「罰は死である。大人しく労役につき、小麦を献上すべし」


 ふむ。キングよ。

 お前の努力は認めよう。

 人族に言葉が通じないから、自分たちの意思を伝えるべくこの老人に教え込んだんだな。

 身振り手振りだと、この口上を伝えるだけでも時間がかかったことだろう。


「だが、断る」


 きっぱりと迷いなくキングに向けて言い放つ。

 苦労して老人へ自分達の意思を伝えたからといって、それが何だと言うんだ。

 街の人達はそっくりそのまま救い出す。


 俺の言葉にざわつくレッドキャプ達。

 平静を保っているように見えるキングも玉座に乗せた指先が震えているのが見て取れた。

 怒りか? それとも驚きか? 奴らの様子からはどっちなのか窺い知ることは叶わない。


「何を驚く? 我が言葉は何者であっても理解できる。こんなもの我が力のほんの一端だというのに」


 大げさに首を振り肩を竦めて見せる。

 久々の大物振りモードに一貫した口調が保てるか不安だ。


「お、お前は何者ごふ……」


 ホブゴブリンは普通の口調だったのに、より進化したキングが元に戻ってるとは……。

 奴の物言いに気が抜けそうになったけど、気を取り直し上位者たるカッコいい表情を作る。


「俺か? 俺は藤島良辰。探偵さ」


 ざわつくゴブリン達。

 そうだろうそうだろう。

 俺に恐れおののくがいい。そして、街の人たちをこちらに寄越すのだ。


『探偵?』

『聞いたコトないワ』

『キョウシュ様ならお分かりに?』


 おいおい、そっちかよ!

 ホブゴブリンを初めこれまで出会ってきたゴブリン達も含め、こいつらってどうも感覚がズレている気がするんだよな……。

 

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