第122話.ぜっくした。あんまりなかんじにぜっくした

「作戦名は『ゴブリンホイホイ』でいいかな……」

「いいんじゃない」


 せっかくだから、作戦名を決めようぜというクラウスの遊び心の結果頭を捻ったけど……我ながら酷い作戦名になってしまった。

 相談相手のマルーブルクは至極真面目な顔で応じるもんだから、余計微妙な気分になる。

 

「で、では。気を取り直して……状況開始だ」

「作戦名は言わないのかい?」

「……『ゴブリンホイホイ』の準備に取り掛かる……まずは右から行こう」


 こ、こいつこの瞬間を狙っていたな……。

 マルーブルクの天使の微笑みが憎い。

 

「そんなに嫌なら、AとかBとかでも良かったんじゃない?」

「あ、うん」


 言われてみればそうだよな。

 しかし、俺は過去など振り返らない。引かぬ。媚びぬ。顧みぬ。の精神なんだ。

 

 へ、へへへ。

 

 頭の中で不気味なことを考えている間にも、右側の土地へ到着する。

 タブレットを出して宝箱(大)を設置し、大量にズダ袋入りの小麦を発注した。

 っと。


「ちょっと待ってくれ。忘れてた」


 小麦袋を運び出そうとしていたクラウスと彼の部下に待ったをかけて、タブレットを操作し始める。

 ……。

 これでよしだ。


「じゃあ、小麦袋を積み上げよう」

「あいさいさー」

「ご注文承りましたー」

「喜んで―」


 相変わらずのクラウスの部下達が居酒屋風の掛け声が耳に届く。

 こいつらいつも練習してるんじゃねえかってくらい声が揃っている……。

 ともあれ、みんなで協力して小麦袋を運び出し、積み上げる。

 

 同じようにして左側も小麦タワーを設置し、中央の司令塔へ引き上げた。

 あとはゴブリン達を待つのみだ。

 

 ◆◆◆

 

「しっかし、こんなあからさまな小麦に引っかかるもんかねえ」


 外を眺めたまま、クラウスがぼやく。

 俺だって半信半疑だよ。

 でもゴブリン達の行動原理を分析した結果、奴らが誘引される可能性はそれなりにあると踏んでいる。

 砂糖に群がる蟻のように……だ。

 

 グラーフの街からゴブリン達が出てこないかなあと双眼鏡を覗き込み、今か今かと待つこと三十分ほど。

 ようやくゴブリン達が街の門から出て来た。


「……っつ」


 思わず声が出てしまう。

 門を開けるため鎖を巻いていたのは人間の男二人だったからだ。

 痩せてはいるけど、怪我は無さそうだ。顔にも青あざやら痛々しい様子は見当たらない。

 

「兄ちゃん、まだだぜ」

「分かってる」


 息を飲む俺を気遣ってかクラウスが声をかけてくれた。

 でも、俺は気が付いてしまったんだ。彼が血が出んばかりに拳を握りしめていることを。

 うん。そうだよな。

 マルーブルクは無表情、フェリックスは目に涙をため口の手を当てている。

 それぞれがみんな俺と同じように人の姿を見て思うところがあるんだ。

 だけど、まだその時ではない。すぐに同胞を助けたいって気持ちはみんな同じ。

 

 今はまだ待て。

 得物がかかるまで……。

 ぐっと唇をかみしめたところで、髪の毛が風で揺れた。

 風のした方向へ目をやると、ハトがばっさばっさと翼を震わせていたことが分かる。

 

「ふじちま。行ってくる」

「頼んだ」


 ワギャンがハトにまたがり、右手をあげる。

 彼には街の様子を逐一偵察してきてもらう。

 

 ワギャンが窓から出て行き、改めて街の門へ目を向けると――。

 お、ゴブリン達が続々と出て来るな。

 

 奴らは一番目立ち脅威を感じるはずの中央には目もくれずに、左右に分かれ小麦集積地に向かって行く。

 多少は中央にも兵を向けると思っていたけど、完全に小麦のことしか考えていないようだな……。

 

 いや、想定通りでありがたいんだけど、一目散に動かれると逆にゴブリン達が俺たちを引っかけようとしているんじゃないかって思ってくる。

 もし俺たちを油断させ一網打尽にしようとしている罠だとしても……一向に構わない。

 俺たちに目が向いているのならね。

 

「みんな、モニターの画面を左右に分割したから見てくれ」


 モニターの右には右の小麦集積地、左には同じく左側の集積地を俯瞰状態で映す。

 モニターの機能は忘れがちだけど、我が土地の範囲内ならどこだって上から見下ろす形で見ることができるんだ。

 

 さてと。

 

「え、えええ……」


 ゴブリン達の数は左右にそれぞれ五十体近く。

 ま、まあそれはいい。

 し、しかしだな。

 奴ら何も警戒せずに我先にと争うようにして我が土地に踏み込み小麦袋へ手を伸ばす。

 凄まじい形相だ……奴らの目には小麦しか映っていないのだろう……。

 

 殺到するゴブリン達が今まさに小麦袋へ手が届こうとした時――。

 ストンと姿が消えた。

 

「お、いい感じじゃねえか」

「だな」


 小麦袋は我が土地の中央部分に積み上げている。

 先ほど小麦袋を発注した後に全体を一段高くして、中央は更に一段高くしておいたんだ。

 そして、中央を囲むように深さ三メートルの落とし穴を作っておいた。

 奴らが踏み込んだら、床が抜ける仕組みである。

 実のところハウジングアプリにはカスタマイズメニューに落とし穴なんてものはない。なので、あれは扉の一種を床に設置していて中を中空にしたものなんだよ。

 我ながら上手く行ったもんだ。

 

「え、えええ……」


 またしても同じような声が出てしまった。

 先頭のゴブリン達が落とし穴にハマったまではいい。奴らにとって予期せぬことだから当然だ。

 小麦に目がくらんで無警戒にも突撃した結果、罠にハマった。

 うん、俺としても準備した罠にかかってくれて大満足だ。

 

 しかし、想定外の出来事が起こった!

 なんとゴブリン達は落とし穴があることが分かっているのに、そのまま小麦袋に突っ込んで穴の中に落ちて行く……。

 こいつらには穴なの中に埋まった仲間たちが見えねえのかよ。

 

「兄ちゃん、あれはあれでバカにしたもんじゃねえぞ。結果的に小麦袋を獲得できそうだぜ」

「う、うお」


 餌に群がるゴブリン達の執念を甘く見ていた。

 なんと奴らは数にものを言わせて落とし穴を仲間たちで埋めてしまい、同胞の頭の上を踏みつけ小麦袋を掴んだんだ!

 

『ごぶごぶ!』

『小麦ごぶ!』


 小麦袋を天に掲げ、勝利の雄たけびをあげるゴブリン達。

 そんなゴブリン達の横を他のゴブリン達が押し倒す。

 うん、雄叫びをあげたゴブリンは位置が悪かった。だって奴は小麦袋タワーの上に立っていたんだもの。

 欲望に駆られた他のゴブリン達が小麦袋タワーを放っておくはずないだろうに。

 

 落とし穴があったため、ゴブリン達が増員され左右にそれぞれ百体ほど集まることになった。

 ゴブリン達は小麦袋タワーを崩し落とし穴の外までチームプレーで運び出していく。

 このまま我先にと街に戻るかと思ったんだけど、意外や意外、埋まってしまった仲間たちを救いあげることを先に行うようだ。

 

「はあい。そこまでえ」


 タブレットを操作し、アクセス権の変更を行う。

 小麦集積地の外枠のアクセス権限をパブリックからプライベートにね。

 

『な、何ごぶ?』

『外に行けないごぶ』

『仕方ないごぶ。出られないから仕方ないごぶ。決して言いつけを守らないわけじゃないごぶ』

『そうごぶ。仕方ないごぶ』


 外に向けてアタックすること二度。

 ゴブリン達は外に出ることができないと分かるや……。

 小麦袋を開けて、小麦をペロペロし始めたじゃねえか……。

 

「え、えええ……」


 この日三度目の変な声が出る俺であった。

 

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