第121話 状況開始
それじゃあ、ゴブリンらを巻き込む心配が無くなったところで……決定をタップする。
すると、音も立てずに一瞬でプレハブ小屋が二棟現実世界に出現した。
「ぐおお!」
「ナ、ナニ?」
ホブゴブリンとゴブリンシャーマンは共に驚きから口をあんぐりと開けたまま固まっている。
「復唱しなくても分かるよ」
「あ、うん」
ゴブリン達の言葉はマルーブルク達に通じないからいつものごとく復唱していたんだけど、さすがにビックリした時の声とかは要らないよな。
「ほら、とっとと入った」
縛られたままだったホブゴブリンの縄をほどき(クラウスが)、二体を追い立てるように扉を開けさせる。
奴らにトイレのやり方だけ教えて、その場を後にした。
何やら奴らから感じる視線が変わった気がしたけど……気のせいだ、気のせいだと首を振る。
詮索するのはやめとこう。きっとロクでもないことだろうからな。
そんなことより、喉が渇いた。
復唱していると俺だけずっと喋り続けることになるからなあ。
◆◆◆
戻ったところでちょうどワギャンが空から降りてきた。
「ありがとう、ワギャン。ついでにハトもお疲れ」
「空からは安全だ。散歩みたいなもんだ」
「パネエッス!」
ハトの背中から飛び上がるようにしてヒラリと地面に降り立つワギャン。
彼とハトは普段どんな会話を交わしているんだろ。
「どうした?」
「いや、どんな感じだったか教えてくれないか。こっちもいろいろネタが集まったよ」
「それは楽しみだ。まずは僕から語ろう」
「おう」
「奴らは特に何をするわけでもなくグラーフまで逃げただけだ」
「途中に拠点みたいなのもないんだな」
「ああ。だが、一つ気になったことがある」
ワギャンは逃げ惑うゴブリン達のかなり近くまで接近して追跡してくれたみたいだった。
奴らは「キョウシュ様が」と嘆く者が多かったという。
「キョウシュ」ってゴブリンシャーマンもサマルカンドに来たホブゴブリンも言っていたな。
「キョウシュ様かあ。キョウシュ様がやられたってことだよな」
「おそらくな」
「となるとキョウシュ様はガーゴイルか」
ホブゴブリンもゴブリンシャーマンも「キョウシュ様」との発言をしていることからキョウシュではない。
となると消去法で残るのはガーゴイルになる。
アレは操り人形だから、ゴブリンらから崇められているのは魔族ってわけか。
「ふむ。推測が確定に変わったってことか」
「まだ裏で糸を引く者が出揃ったわけじゃないよ」
じっと話を聞いていたマルーブルクが口を挟む。
「確かに関係者がゴブリンと魔族だけだと、考えが固定されるのはよろしくないな」
キョウシュは魔族、信者はゴブリン。これは間違いない。
だけど、魔族とゴブリンを結びつけた者がいるかもしれないってことだよな。
……いないかもしれないけど。
「そういやワギャン。ゴブリンの言葉をどうやって?」
「ハトが教えてくれた」
「珍しく気がきくじゃねえか」
「パネエッス!」
そういやハトって俺と同じで誰の言葉でも理解するし、誰が聞いてもハトの言葉を理解できる。
俺と違ってハトはどこにいても言葉が通じるから、言語に関しては凄まじい能力を持っていると言っても過言ではない。
しかし、あの性格だからなあ。ハトを通じて言葉を伝えるのってかなり厳しいと思うぞ。
よくワギャンはこいつとうまく意思疎通ができたもんだ。
「街の様子はどうだった?」
「遠くから少し見ただけだが、特にざわついた様子はなかったな。落ち着いたものだ」
「ホブゴブリンらから話を聞いたけど、人間は過酷な労働をさせられているかもしれないけど殺されてはいないと思う」
「そうか。それは朗報だ」
憶測に過ぎないけどね……。そうあって欲しいという俺の願望が多分に込められている。
それでもワギャンは顔を綻ばせ、機嫌よく耳をぴこぴことさせた。
「そんなわけで、作戦を練り直したいと思っているんだ」
「分かった。やるなら早いにこしたことはない」
「うん」
よおっし、では作戦会議と行こうじゃないか。
◆◆◆
翌日――。
グラーフの街を覆う柵から徒歩で十五分もかからない距離に三つの広場を作成した。
あからさまに目立つ動きをしたわけだが、ゴブリンらがちょっかいをかけてこないでいる。昨日に敗走したから警戒しているのか、詳細は不明。
位置取りは街の入り口から見て前方、左、右に我が土地の広場がある。
各土地は同じ大きさで、十五メートル四方。左右の土地はパブリック設定で、中央はプライベートだ。
俺たちがいるのは中央になる。左右の広場まではもちろん中央と繋ぐ一本の道があり、行き来は可能だ。
そら、俺が土地を購入するのに道が無いと不可能だからこうなるよな。
中央には港にある灯台風ののっぺりとした円柱を建築している。円柱の直径は十メートルで高さは十五メートルと目立つもんてもんじゃないサイズにしてしまった。
いやあ、クラウスがさ、街を一望できる方がいいとか言うもんだから。俺としては、獣人側にかつて建築した狐像のような秘密基地風にしたかったんだけど……。
円柱は五階層になっていて、四角く切り取ったような窓を作ったから見晴らしがとてもいい。
「よく見えるな」
満足気に外を眺めるクラウス。彼はいつも陽気で飄々としている。
この状況でよくもまあ全く緊張した様子を見せないものだ。
フェリックスの部下二名をホブゴブリンのところへ残し、他のメンバーは全員中央の灯台風建物の最上階に集まった。
このフロアは円卓とそれを囲む椅子。他に巨大モニターとソファーがいくつか置いてある。
巨大モニターにしたのは、みんなにも見えやすくと思っての事なんだ。今回、このモニターは重要な役目を果たしてもらうつもりだからな。
「街の人達が心配だ。はやく動こう」
巨大モニターから目を離し、マルーブルクへ顔を向ける。
「今から急いでもそう変わらないよ」
「ま、まあそうだな。漏れが無いように確認しながら進めよう」
焦っていても早く状況が進むわけじゃあないよな。
作戦会議の結果、街の人達は小麦生産のために強制労働をさせられていそうだけど深刻な命の危機に瀕していないと結論を出した。
奴らは小麦を生産する拠点が欲しかったのだろうと考えたからだ。
ゴブリンらは自分達で畑を耕そうとうする発想が無いのか、種族的に道具を扱う事ができないのかは謎。
だけど、畑を耕し収穫しなければ小麦は産み出せないと分かっている。
自分達で担えないから来る誤解なのか、推論する力が足りないのかは不明だけど、ゴブリン達は人間の数と小麦の生産量は相関関係にあると考えている様子だ。
人間たちを殺すのは簡単だけど、自分達の食事のために殺さない。救出する俺たちにとっては本当に都合がよい。
あいつらの行動原理は分かった。過去のゴブリン達とは完全に変質しているが、ある意味平和的に変わってくれてよかった面もある。
その分、軍として機能する奴らの脅威は公国を食いつぶす勢いなわけだけど。
「それじゃあ、作戦準備を行おう」
「はい!」
フェリックスが両手を胸の前で組み、勢いよく返事をする。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます