第118話 かくほーー

「パネエッス! マジパネエッス!」


 ガーゴイルを斬り伏せたワギャンに向かって歓声をあげるハト。

 歓声だよな? 歓声ってことにしておいてくれ。

 

 煩いハトは放っておいて……。

 

「ゴブリン達が……」


 あんぐりと口を開け、思わず呟いてしまう。

 ハトの耳を塞ぎたくなるほどの囀りに残った雑魚ゴブリン達がお互いに顔を見合わせたんだ。

 そして奴らはハッとしたように低い唸り声を出し、算を乱して逃げ出して行った。

 

 ってこうしちゃおれん。

 雑魚ゴブリン達が逃げ出すことは想定の範囲内だ。逃げていく奴らを追う気はないし、そんなことをしている暇もない。


 タブレットを手に出し、クラウスの方へ目を向ける。

 彼は小脇にゴブリンシャーマンを抱え、肩にホブゴブリンを担いでいた。

 ま、マジか……。ゴブリンシャーマンはワギャンくらいのサイズだからまだ理解できるけど、ホブゴブリンはクラウスより少し背が高くがっしりした体形なんだぞ。

 涼やかな顔しやがって。

 

「クラウス。少し待ってくれ」


 クラウスの立つ右手に土地を購入し、決定ボタンをタップする。

 次の瞬間、十五メートル四方の土地が我が土地へと変わった。床材を選択していないから、赤茶けた土の土台だ。

 

「ヒュー。相変わらずとんでもない魔術構築速度だな」


 クラウスが口笛を吹きつつ、赤茶けた土の上にゴブリンらを転がした。

 あの土地はパブリック設定にしているから、誰でも入ることができる。

 

「ふじちま」

「ん?」


 斬り伏せたガーゴイルへ目を落とし、俺の名を呼ぶワギャン。

 彼が足先でコツンとガーゴイルを突いたら、奴の右腕がぐわんと上がったじゃねえか。

 

「まだ生きているのか?」

「分からない。斬った感じだが、こいつは生き物とは思えなかった」

「ゴブリン達のところへ動かせそうかな」

「翼も片方落ちているし、逃げられることもないはずだ」


 ワギャンは折れたナタをポイっとその場に投げ捨てると、膝を落としガーゴイルへ手を伸ばす。

 

「ちょっと待ったあ」

「そこは俺たちが」

「運びやすぜええ」


 クラウスの部下三人が、どたどたとワギャンの元へ駆け寄る。

 ワギャンだとガーゴイルを運ぶのは難しいのかなと思っていたところだったから、彼らの申し出はありがたい。


「気を付けてくれ。こいつはまだ動く」

「分かってやす。ワギャンの旦那」


 クラウスの部下が彼らのボスみたいにニヤリと歯を見せニヒルに決めた……が、致命的に似合っていない。

 彼らがやると……こう、得物を前にした犯罪者の笑みだよ……。小さい子が見たら泣くぞ。

 それはともかく、彼らは時折抵抗を見せるガーゴイルへ荒縄を巻き、そのままズルズルと赤茶けた土の上まで引っ張って行った。

 

「もうちょっと奥まで運んでくれないか?」

「あいさいさー」

「オーダー頂きましたー」

「喜んで―」


 彼らは俺の指示通り、二メートルほど奥までガーゴイルを移動させる。


「ありがとう。その辺で大丈夫だ」


 彼らに告げ、タブレットを操作し外側一マスをプライベート設定に変更した。これで、ゴブリンらは外に出ることが出来なくなるってわけだ。

 これにて捕獲完了である。


「うまくいったようだね」

「んだな」


 フウと息を吐く俺へマルーブルクが声をかけてきた。


「そういやさっきピカピカと光ったのってマルーブルクが?」

「うん。これさ。ワギャンが察してくれてよかったよ」


 マルーブルクは懐から小さな銅鏡を取り出し、掲げて見せた。

 鏡を使って太陽の光を反射させ、ワギャンへ信号を送ったってわけか。

 しかし、彼の言葉から察するに事前打ち合わせは無しでよくワギャンが動いてくれたものだ。絶妙のタイミングだったものなあ。

 凄いぜ。ワギャン。

 

 おっと、奴らが起きる前にやらねばならぬことが。

 

「運んだばかりのところすまない。そいつらを俺の指示する場所へ移動させてもらえないか?」

「あいよ」


 クラウスらに頼んで、ホブゴブリンを右側に、反対側にゴブリンシャーマンを。中央手前にガーゴイルを寝かせる。

 それぞれ接触できないように間を木の壁で仕切ることにした。

 壁は一応プライベート設定にしているから、完全に隔離されているってわけだ。

 

「ふじちま。グラーフの街を見て来るがいいか?」

「ハトと君の体力が許すなら……」

「任せろ。逃げたゴブリンどもを追跡する」

「ありがとう」


 ワギャンが自分から申し出てくれて助かったよ。

 できれば逃げた雑魚ゴブリンどもの跡を追いたかったからな。

 ん? 指示を出すのを忘れていたんじゃないかって? き、気のせいだ。

 

 ハトに颯爽とまたがるワギャンへ手を振った。

 一方でワギャンが右手を上にあげると、ハトが翼をばっさばっさと動かし始める。

 

『パネエッス!』


 ハトが一声鳴いて、空へと羽ばたいていった。

 

 よっし、俺も。

 右手にタブレットを出し、捕獲したホブゴブリンらの土台へ続く道を購入する。

 出来た道をマルーブルクと共にテクテクと歩き、ガーゴイルの前に立つ。

 

 袈裟懸けに斬られたガーゴイルは肩口から斜めにすっぱりと亀裂が入っており、片翼は半ばから落ちていた。

 もしこれが人間ならばすでに絶命しているはずだけど、ガーゴイルは未だに動く。


「どうやら、コアが無事なようだね」


 大胆にもガーゴイルの手の届くところでしゃがみ込んだマルーブルクがこちらを見上げ、目を細めた。


「マルーブルク。危ない。その位置だと奴の爪が届く」

「大丈夫さ。君の結界の中だから。それに」


 マルーブルクの視線の先には、口元を僅かに上げたクラウスが剣の柄に手を当てガーゴイルの様子を窺っている。


「お任せください。マルーブルク様には一切手を触れさせません」


 確かな信頼関係がそこにはあった。

 いいよな。こういうのって。

 マルーブルクにだけは敬意を払うクラウスだけど、俺も同じような態度を取って欲しいとは思わない。

 気さくな普段の彼の方が俺にとっては好ましいからさ。

 

 その時、ガーゴイルの残った方の翼が僅かに動いたかと思うと、床に突っ伏した奴の頭がグルリとこちらに回転した。

 

『公国の者か?』


 ひと昔前の機械が発するような音声が俺の耳に届く。


「ボクらは既に公国の者じゃあない。手出しはしないで頂きたいものだね」

「お、マルーブルク。君はこいつの言葉が分かるのか?」

「うん。魔族の言葉は研究されていてね。すでに解析が済んでいるんだよ」

「へえ」

「キミにも魔族の言葉が理解できているようだけど」

「うん。意味のある言葉なら、どんな言葉でも俺には理解できる」


 ただし、ハウジングアプリで購入した土地の中に限る。

 

『公国の者ではないと? 帝国や王国の人間か?』

「違うね。こんなところに帝国や王国の者がいるわけないじゃない? キミ達魔族ならすぐに分かるよね?」

『お前たちが何者だろうが些細な問題だ。私は確かめねばならぬ。お前と会話したいわけではない』

「ふうん。だってさ、ヨッシー。キミをご指名だよ」


 マルーブルクはコロコロと楽し気な笑みを浮かべ、俺の後ろへ回り込むと背伸びしてポンと俺の背を叩く。

 俺が前に出ると、あろうことかガーゴイルが体を崩しながらも起き上がりこうべを垂れたのだ!


 内心ドキドキしながらガーゴイルの様子を窺っていると、奴は顔をあげぬまま言葉を発する。

 

『まさかと思いますが、あなた様は魔導王様その人ではありませぬか?』


 え?

 誰それ?

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